表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

傍観者



 黒田くんは授業開始直後、科学室の後ろの戸を無遠慮にガラリとあけ、のそのそと教室に入ってきた。そしてそのまま、何事もなかったかのように一番後ろの空席に座る彼を、白髪頭の先生が板書していた手をやすめてちらりと一瞥し、興味なさげに短く注意した。


「黒田、遅刻だぞ。時間は守れよ」

「……はい、すいません」


 低い声で、案外素直に謝罪の言葉を口にする黒田くんの声が地声なのか、それとも不機嫌な声なのか、わたしは彼と言葉を交わしたことがないから知らない。

 先生は、気にする様子もなく再び板書に戻り、淡々と授業は進んだ。


「それじゃ、いまやったところを二人一組で実験してもらう。道具は前に用意しているから、各々で取りに来て開始してくれ」


 その言葉をきっかけに、がやがやと教室中が騒めく。

 科学教室に整列された六つの長机に座る席順は、特に決まりがない。だから自然と、仲のいい者同士で固まっている。隣に座る柚希と顔を見合わせ、アイコンタクトで頷きあった。


「うちが道具取ってくるから机片づけといてー」

「はーいっ」


 道具を取りに行く柚希の言づけに従って、机の上に開かれたノートや教科書、筆記用具をまとめて足元の下棚に片づけていると、さざ波のようなひそひそ声が鼓膜を打った。


「──ピグレットにピノキオのコンビ?」「ここは夢の国かっての」「はぐれ者同士、仲良くやってんねー」


 悪意に満ちた押し殺すような笑い声が、次々と聞こえてくる。

 視線をやると、黒田くんと細川くんが組んで実験に取り掛かっているのが見えた。

 黒田くんは聞こえていないのか無視しているのか、全く気にしていない様子で実験に集中している様子だ。細川くんのほうは、気まずそうに俯き、足元を見つめている。

 細川くんが「ピグレット」だなんて呼ばれるようになったのは、入学から二週間が経ちほとんどグループが出来上がった頃、あるイケイケグループの男子のひとりが彼を弄ったのが始まりだった。


「おいー、お前さあ、細川なのに太いってどういうことだよ、ギャグかよー!」


 深い意味なんてなかったのかもしれないその言葉と、どのグループにも馴染めず、言い返すことも出来なかった彼の内気な性格が災いした。

 他の男子と総合しても身長の低い、ぽっちゃりとした彼。それがまるで例のキャラクターのようだ、と面白がったクラスメイトの誰が言い始めたのかは知らないが、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。

 最初のうちは、嗜める声もあった。


「もー、弄るのやめなよー。可哀想じゃん」


 同じく目立つグループの橘さん。

 呆れた口調で注意する彼女に、言い出しっぺの男の子がムッとした感じで言い返した。


「でもお前だって、思うだろ?」

「…………」


 彼女は答えなかった。

 やがて、止める者はいなくなった。


 同じクラスの空気が悪いのは、あまり居心地のいいものではない。それでも、止めることは出来ずにいた。ここでもわたしは傍観者だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ