8 昼寝をしようとしてた集会場で天使と出会った
おれが異世界にやってきて5日目。
釣りが楽しいということを再認識する日々を送っていた。
生命の宝庫である海。
釣り人は、己の知恵と腕を駆使して魚を釣ろうとする。
「魚釣りって釣り糸垂れてじっと待つんでしょ? そういうヒマそうなのちょっと無理」とか言ってた友人もいたが、ヒマをもてあましてスマホいじくってるお前が言うのそれ? おれといっしょにいるのそんなにヒマ? 会って10分でスマホいじるとかよほどじゃない?
いや、おれが言いたいのはそこじゃなかった。
釣りって忙しいから!
ぼんやりじっとしてる余裕なんてマジでない。
魚の反応が悪ければルアーを変える、餌を変える、釣り場を変える……いろいろとやる。
結構せわしないんである。
フゥム村ではサッパを釣っても美味しく食えるということがわかったせいで、子どもたちが釣り糸を垂れる光景がそこここで見られるようになっていた。
大人は仕事があるからなー。
まあ仕事って言っても隣町と交易したり、農業やったり、牧畜やったりってところだけども。のどかだ。
1日でよく魚の釣れる時間帯は2回あって、明け方と夕方なんだ。
これを「朝マヅメ」「夕マヅメ」って言う。
だから夕マヅメに合わせて仕事終わりのおっちゃんたちを相手に釣り講座を開いてやるとこれまた大盛況だった。
朝マヅメに釣って、昼は釣った魚をさばいたり昼寝したり、夕マヅメで釣り講座して……おれ働きすぎじゃね?
って思ったけどよく考えたら「遊びすぎ」の間違いだったわ。
毎日が楽しくてしかたない。
ノーストレスな毎日、最高です。
釣った魚と交換でみんな飯も食わしてくれるから他に仕事をやる必要もない。
手を替え品を変えガチャの中身を更新する必要もない。
5日目にして「もとの世界に帰る」という目的を忘れそうになってヤバイ。
ただ気をつけなくちゃいけないのは……釣り具だ。
おれの持っていた釣り竿、釣り糸、リール、ルアーなどの釣り道具一式。
もともと釣り具ってのはさ、海水につかるもんだから錆びやすいし壊れやすい。
現代のテクノロジーで耐久性は上がっているものの油断するとすぐにダメになる。
もうね、毎日手入れしてる。
井戸から汲み上げた水で海水を洗い流し、水気を拭き取る。
これだけで全然保ちが違うからな。
そんなこんなで異世界釣りライフを満喫してるおれ、5日目。
あっちの世界はどうなってんだか……おそらく心配をかけているだろう両親には申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、当面帰れそうもないのでなるべく考えないほうが精神衛生上よい。
海からの柔らかい風が吹いてくる集会場で、昼寝でもするかよ~って感じでごろごろしていたときだ。
ちなみにこの集会場で寝泊まりしている。
旅人で釣り人のおれ、泊まるところなんてもちろんないし、村は宿屋がないほどに小さいから、ここ集会場で寝ていいよってことになっていた。
「――魔アジを釣ったという男を捜しております」
集会場に響いた――女性の声は、凜としていた。
そうしておれは、運命と言える出会いをするんだ。
天使だと思った。
天使が銀色の鎧を着ているんだ。
くせのない金髪は額の上で左右に分かれ、すとんと下りている。
エメラルドグリーンの瞳はウソみたいにきれいで、切れ長の目に収まっている。
長いまつげは愁いを含んでいた。
すっとしたあごも、薄ピンクの唇も、芸術品レベルに整っていた。
マジで、神が造った生命体だと言われても信じそうだ。
ただ、着込んだ鎧――鉄製のプレートメイルは無骨な光沢だったし、腰に吊ったショートソードもものものしい。
それさえなければ天使としか言いようがなかった。
「わたくしはリィン=ロールブルク。王国騎士です」
天使――リィンは腰に吊った紋章を見せた。
吠える獅子の背中に翼が生えている紋章である。
「ふむ。貴男……この村の者ですか?」
「あ、う」
「ふむ。口が利けないのですね。他に誰かいませんか?」
「しゃ、しゃべれます」
あんまりきれいなので、見とれてしゃべれませんでした。
「そうですか。では教えてくださいますか。魔アジを釣った男を捜しているのです」
魔アジを釣った男……おれのことだよな?
これってランディーが言ってた「王都に報告した」っていうのとなにか関係があるんだろうか。
……待てよ?
ランディーのヤツ、魔アジを食うのになんかやたら遠慮してたよな?
ひょ、ひょっとして釣っちゃいけなかったのか!? 犯罪なのか!?
「……どうしました? 貴男は、なにを怯えているのです?」
「あ、い、いえ」
「なにを隠しているのです?」
「かっ、隠してません!」
「ウソはいけません。目が泳いでいます」
「あ、あのっ、魔アジを釣るのは犯罪なんですか!?」
思わず聞いてしまった。
これで……「犯罪だ」と言われたらどうしよう。
おれ、思わず逃走経路を確認してしまう。確かここの裏口は……。
「釣るのは犯罪ではありません」
犯罪じゃないの? あー、よかった。
ほっとした。
「ん? 釣るのは? どうかしたら罪になるんですか?」
「釣ったと偽証することは犯罪です」
「ああ、なるほど……よかった」
「なにがよかったのですか?」
「釣ったのはおれです」
ランディーが言うには魔魚を釣るってすごいことらしいからな。それでホラを吹くヤツもいるんだろう。
そりゃあ罪にも問われるよな。
「ふむ」
すると……どうしてですかね? 彼女は手を剣にかけたんだ。
「偽証するなと言ってすぐ偽証されるとは。わたくしも侮られたものですね?」
「え!? ぎ、偽証じゃないですよ! 釣りましたよちゃんと! みんなが証明してくれますって!」
「村人の証言は必要ありません。証拠を出してください」
「証拠……?」
「魔アジを見せてくれればそれでかまいません」
「食べましたよ」
「そうですか、食べ――食べた!?」
目が見開かれる。目がぱっちりしても天使だ。
「……ふむ、考えましたね? 食べたと言えば言い逃れができると」
「違いますって! ほんとに食べたんですよ。アジは青魚だし日持ちしないから早めに食べたほうがいいでしょ」
「ふむ、理論武装もしておいたというわけですね?」
「全然信じてない!?」
証拠を出そうにも身は全部食べちゃったし、骨も猫がくわえてどこかに行った。
「あ、うー……ええっと、そうだ! これならどうですか?」
おれはリィンを連れて集会場の裏手へと回った。
金網が斜めに立てかけてある。ずらーっとね。そこに、2枚開きにしたアジ、サバが並んでいる。
数にして50少々。
そう、干物を作っているんだ。
「待ってください、これはすべて魚ですか!?」
え、そっちに驚くの?
おれとしてはサイズを見て欲しかったんだけど。
アジは30センチ超えの尺アジもちらほら、サバは40センチがアベレージだ。
でかいのよ。
釣るとき引くのよこいつら。
超楽しくて釣りまくった。
そこに魔アジはいなかったけどね。魔魚はレア。おれも覚えた。
「村人総出で釣ったのですね? ふむ、フゥム村は釣り大会がありましたね……いえ、それにしてもこれだけの量の魚を……」
「魚っていうかアジとサバだけです。青魚は足が早いので、食べきれないヤツだけここで干物にしてますね。『サバの生き腐れ』なんて言葉もありますし」
「……ちょっと待ってください。今の言い方だと、ふだんから貴男は魚を食べているように聞こえるのですが……」
「いや、肉が多いですよ」
だって美味いんだよ、ここの肉。ブタも鳥も牛も。どうしよう、太っちゃう。
リィンはほっとしたように見えた。
「そ、そうですね。さすがに魚を常食などあり得ない……」
「村の人たちは毎日喜んで魚食ってますけどね」
「えっ!?」
よほど肉に飽きてたんだろう。
みんな大喜びで毎日刺身やら塩焼きやらで食べてる。
美人の喜ぶ姿こそがおれの幸せだよ。どうして人妻しかいないんですか?
「ウソを吐かないでください! そんなに魚が釣れるわけないでしょう!」
「い、いや、ウソじゃないですって。ここに魚いっぱいあるでしょ」
「それは……でも、これらは保存食です。村の備蓄である可能性が高いです」
全然おれのこと信じてくれないなこの人!
ていうか干物を保存食て。
「干物って、そりゃまあ生よりかは保存できますけど、そんなに長くは無理ですよ。乾燥させきったら旨みも飛んじゃいますし。ある程度湿っている今くらいがいちばん美味いんですよ。食べてみます?」
「た、食べっ……!? い、いえ、無理です、わたくしの給金では魚など贅沢品で……」
その割りにはお腹に手を当ててちらちらと干物を見てる。
天使も腹が減るのだ。大発見だ。
「ここの魚は全部おれのだからお金なんて要らないですよ」
「…………」
「なんですか、その寝ぼけたような顔は……」
「ね、寝ぼけてなどいません。この魚をすべて貴男が釣ったと……そんなふうに耳が錯覚しただけですから」
「錯覚じゃないですよ。そのとおりです」
「あり得ません!」
「いや、そんなに力強く否定するものじゃなくないですか?」
「あり得ません! 大体っ、これだけの魚があればいくらの値が付くと思っ――なにをしているのですか」
おれは火をおこしていた。
ふっふっふ、この頑固な天使に、アジの干物を食わせちゃる!
今日2話目です。
ブックマーク、感想、評価、ありがとうございます。
しばらくは1日2話ペースで行ければと。