68 ウ●コの山は宝の山
下世話な表現があります(直球)
タックルを確認するが、淡水用のルアーはもちろんない。メタルジグみたいな「イワシ」なんかの海の小魚を模したものはブラックバスには反応しない。
……反応しないよな?
ブラックバスってなんでも食ってくるイメージあるけど、反応しないよな?
一応淡水でも使うルアーは、ミノーとかジグヘッド——リグか。
リグっていう大型の釣り針にははぷにぷにのソフトルアーをくっつけるわけだけど、淡水用のものをおれは持ってない。小さいザリガニみたいな形だったりいろいろあるんだけど……。
「む?」
そうか。
なにもルアーにこだわる必要はないんだ。
「ハヤトさん。なにか思いつきましたか?」
「ああ。これならいけるかも」
おれは意気揚々と言った。
「ウ●コだ」
リィンとカルアにはたっぷり引かれ、ちびっこジミーと婆さんに疑わしげに見られたおれはあわてて「ウ●コはウ●コでも牛のウ●コだよ!」と言ってさらに引かれた。
誤解が解けて、連れていってもらったところは牛糞の堆積場。
ほら、こっちの世界は牧畜が盛んだろ? だからあると思ったんだよな。こうして、牛糞を集めて肥料を作る場所がさ。
人間のウ●コはそれを溶かす「ウ●コ溶かし棒」(命名:おれ)があるんだけど、動物のものは再利用しているんじゃないかなと。人間と比べて量がすごいし。農業がいまいちな世界ではあるが、それでも工夫はしているようだ。
「♪〜」
おれがスコップを持ってウ●コの山に向かうとますますリィンとカルアが引いていくのがわかったが気にしてはいられない。時間に余裕があるわけでもないしな。
おれの目の前には高さ2メートルほどのウ●コ山。おうおう。めっちゃハエ飛んでるわ。臭いは臭いんだけど、吐き気が出るほどじゃないな。人間と違って食ってるものが草だけだからかな?
スコップをつっこむ。
掻き出すと——いたいた。
「でっけぇなぁ……」
おれがつまみ上げたのは小指ほどの太さの——ミミズだ。
長い。30センチくらいあんぞ。
「懐かしい」
おれが小学生のころ、ばあちゃんちに行ったときにこうしてミミズを取ったんだよな。
で、竹に釣り糸を結んだだけの原始的な延べ竿に、ミミズをエサとして川釣りをした。思えばあれがおれの釣り初体験だったかもしれない。
「ウ●コの山にはいるんだよな。しかも簡単にでっかいのが見つかる。釣り人にとっては宝の山だよなあ」
異論は認める。まあ、腐葉土かき分けてもいるし、でかい石をひっくり返してもいるし。
ただなんとなくウ●コの山でノスタルジーを感じたかっただけだ。
おれは餌箱にミミズを5匹ほど確保した。
リィンとカルアとの距離が若干開いたままなのが気になる。
おれの思い出はちょっとばかし臭いのだ。
ため池に浮かべた小舟に、おれとリィン、ジミーが乗った。ジミーが舟を操れるのだ。
いちばん深いところでもここは3メートルもないらしい。モンスターの類もいない。
「なあ、兄ちゃん。ほんとにそんなので釣れんのか……?」
めっちゃ疑わしそうにジミーが聞いてくる。
「ていうかジミーはどうやってブラックバス……オオグチを釣ったんだ?」
「そりゃぁ、小麦粉をこねて」
おお、練り餌か。日本だとフナ釣りに使うよな。
すべての釣り人は最終的にヘラブナ釣りに行き着くらしい。そんなことがまことしやかに言われるほどにヘラブナ釣りは奥が深い……みたいなんだけど、ほんとかね?
今のところおれは海釣りだけでも全然究められる自信がないんだけど。
「この辺りで一度止めて」
ため池というこのフィールド。
葦が生えている場所がいくつかある。
流木が入ってくることもないから、他に魚が隠れられそうな場所はない。
おれはジグヘッドにミミズを差す。「むう」とリィンが可愛らしくしかめっ面をしたが、我慢していただく以外にない。
「よっと」
ひょろひょろ〜っと飛んでいく。
むう、だいぶ手前に落ちたな。力加減が難しい。
ゆるゆるとリールを巻いてエサを手元に戻していく。無反応である。
ぴーひょろひょろと鳶が飛んでいる。
「移動しよう」
何度か投げてみたが反応はなかった。
このサイズのミミズとなると稚魚たちは興味がないらしい。まるで反応のないところに投げ込んでいるのは修行感がある。
ポイントはいくつかあるのでしらみつぶしに回ってみるしかない。
……よく考えたら、さほど広くないとはいってもたった1匹を狙って釣るなんて不可能じゃね?
とは思ったものの、とりあえず一通りやってから泣き言は言おう。調子に乗ってウ●コの山を突き崩して結果ゼロってのも泣けるし。
「んん?」
それは4つ目のポイントに挑戦していたときだ。
おれがミミズを放り込んでたぐり寄せていると、ゆらりと水面に黒い魚体が見えた。
「あぁっ——むぐっ!?」
「騒ぐな」
ジミーが叫びそうになったのでおれはその口を手で塞いだ。
「〜〜〜〜!?」
「大きな音を出すと魚に聞こえる。警戒させるから。いいな?」
うんうんと涙目でうなずくジミー。
おれが手を離すと、はぁっ、はぁっ、と息をして、
「くせぇ……」
と唸った。失礼な。手は洗ったぞ。まあ、そのあとミミズを触ってるから意味ないかもしらんけど。
ブラックバスがいそうだとわかって——しかも反応しているとわかって、おれは俄然やる気が出た。
キャスト。
しーん。
キャスト。
……おっ、動いた?
キャスト。
…………お、食っ——。
「おうふ……」
ミミズの端っこだけ食いちぎられた。
でも反応があるのは確かだ。
「ハヤトさん」
おれが次のミミズを針につけているとリィンが聞いてきた。
「釣り上げたオオグチはどうなるのですか?」
「ああ、そりゃぁ……」
キャッチ&リリースとはいかないよな。
おれがちらりとジミーを見ると、難しい顔でうなだれていた。
「釣れたら、たぶん殺すことになるぞ」
「!」
びく、としてジミーがおれを見た。
「わかりました」
なにをわかったのか、リィンもうなずいた。
さあ、ブラックバスとの戦いだ。
反応はある。あとは魚の機嫌を伺いながら——。
「食った!」
がつん、とくる手応え。
これがバス釣りを止められない皆様の、お楽しみであるらしい。
確かにこれは海釣りとはまた違う楽しみだ。そしてぐいぐい引くパワーもすごい。
「だけど……このタックルを相手にするには力が足りんなぁっ!」
おれ、調子に乗ってぐいぐい引きまくった。くっくくく。ブラックバスよ! 海でフィッシュイーターと戦うこのロッド、リール、ラインの組み合わせにひれ伏すがよい!
ざばぁっ。
水面にブラックバスが現れる。
一気に引き抜いてやる——。
「あ」
ぶっこ抜こうとしたとき——針が、外れた。
宙を浮くブラックバス。
それは放物線を描いて小舟を超える。
きらきら——水滴が宙に散る。
反対側の水面へと落ちていく。
「シッ」
瞬間、白刃が閃いた。
リィンの抜き放ったショートソードがブラックバスの身体を貫いた。
「…………」
「…………」
唖然とするおれとジミー。
「ふう。間に合いましたね」
水面すれすれ。
刃に貫かれて身体をびくんびくんさせているブラックバスから、血が垂れた。
すでに事切れたブラックバスを両手で持って、うなだれているジミー少年。
おれたちは岸へ戻っていた。
そこへ、集落の人間を呼びに行ったオッサンが数人連れて戻ってくる。
「おい! ジミーがここにオオグチを放したってのか!?」
「あー……それなんですけど」
興奮するオッサンたちに説明する。
と、
「なんだなんだ、もう駆除したのか!? お前さんすげーな! それに引き替え……こら、ジミー! お前、なにバカなこと——」
「ちょっと待ってください」
ゲンコツを作ってジミーに歩み寄ったオッサンのひとりをおれは止める。
「なんだい? これはうちらの集落の問題だ」
「それはそうなんですけど、彼も彼なりにこたえてるんですよ。自分が初めて釣った魚を生かしておきたいって気持ち、おれにもわかるし……」
おれもそうだった。初めて釣った魚は持ち帰って水槽に入れた。フナだった。だけどしばらくして死んじゃってなぁ……お墓作ったっけ。
「むう」
オッサンも理解できるのか、口をへの字にした。
「……親父、ごめんなさい」
すると当のジミーがやってきた。
「おいら、バカなことしたんだね。ギョタローを殺しただけだった」
ますます渋い顔をしたオッサンだったが、
「……それだけわかってりゃいい。一歩間違えれば大事になってたが、この釣り人さんたちのおかげでなんとかなったみてぇだし」
オッサン——どうやらジミーの父親が、節くれ立った分厚い手でジミーの頭をなでた。
「なあ、そのブラックバス……オオグチ、どうするんだ? 墓を作るか?」
おれが聞くと、ジミー少年は小さく首を横に振った。
「食べて供養する」
お、おう……。
それはなかなかいい心がけ——と言いたいところなんだけど。
ブラックバスだぞ……。
いいのか?
見ろ、ジミーの親父さんも微妙な顔してるぞ。
その後、ブラックバスを塩焼きにして食べたジミーは、「もう二度とオオグチなんて釣らん!」と言ったらしい。
集英社さんのサイトで特設サイトを作ってもらいました。
釣りアイドルの「つりビット」さんにインタビューまで取ったらしい(10/5公開)ですよ……集英社の営業担当はどこへ行こうとしているんだ……。
ご覧いただければ幸いです。
http://dash.shueisha.co.jp/feature/tsurigurashi/




