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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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45 プロアングラーになりたかったんです

 コルトが用意してくれた配送用の馬車、その荷台に長板を渡して急ごしらえのイスを取り付け、おれたちは揺られていく。

 ラズーシでは今日と明日でアオリイカ例大祭の釣り大会が終了する。

 コルトから聞いた情報だと、1位がディルアナの15杯、2位がランディーの11杯だそうだ。ランディーはおれたちと別れてから1杯しか釣れていないことになる。どうしたんだよ、ランディー。おれのラインを切ったことを気にしてるんだとしたらおれのほうこそ気にしちゃうだろ……。


「……すぅ、すぅ……」

「……すゃぁ、すぴー……」


 おれの膝を枕にして、スノゥとカルアがそれぞれ寝こけている。左右に少女だ。幼すぎておれのストライクゾーンじゃないけどね。どっちがどっちの寝息なのかは想像にお任せしよう。

 しかしまあ、ずいぶん気に入られたもんだな……。

 日本にいたとき、これくらいの年齢の女の子と接点なんてなかった。あったとしてもおれに好かれる要素はないし、おまわりさんの目を気にしなければならないだろう。


「……ハヤト様……ごめんなさい……」


 寝言か。

 カルアはまだおれのタックルを傷つけたことを気にしているんだろうか。こればっかりは時間がかかるかもしれないな。


「……捨てないで……」


 捨てるわけないだろ……。

 その頭をそっとなでてやる。

 もしも。

 日本に帰る手段が見つかったら……おれはどうするだろう。

 カルアを連れて行けないとなったら。いや、そもそもイヌミミの女の子を日本に連れて行けるか? 大騒ぎになるだろう。でも、うまく立ち回ってマスコミを味方につけて科学者を取り込めば大丈夫……か? そしてカルアにはテレビに出まくってもらいそのまま芸能人として活動してもらう……いかんな、おれの発想がどう考えてもヒモだ。目端の利いた芸能事務所に取り込まれて食いつぶされるのがオチな気がする。


「ハヤトさんは、好かれていますね」


 向かいのイスもどきに座るリィンが話しかけてきた。

 その目の奥に「ロリコンでは……?」という疑念が見え隠れする気がするのはおれが疑心暗鬼なだけですかね?


「リィン、前に言っていた大賢者の主催する釣り大会ってどこであるんだ?」

「ノアイランの隣国であるジャークラ公国ですね」

「毎年そこで?」

「いえ、持ち回りです。来年はなんと、ビグサーク王国ですよ。ハヤトさんは大賢者の釣り大会に参加するおつもりですよね?」

「うん、そのつもりだけど……なにかマズイかな?」

「マズイことはありません。ただ大賢者の釣り大会では、開催日に釣るべき魚が発表されるのです。そのため釣り人たちは多くの装備を持ち込みますが……ハヤトさんはその釣り竿しか持っていませんよね」

「うん」

「なにかこだわりがあるのでしょうか?」

「あー……こだわりというか、実はおれが釣りをやっていくにあたって影響を受けた釣り人がいて」


 いわゆるプロアングラーという人だ。

 釣りのプロ。メーカーに所属したりフリーでいたりするんだけど、かくいうおれも過去に1度プロを目指したことがある。まあ、大会に出てもそれほどいい成績を収められなかったし、本気度……覚悟が足りなかったんだけどな。


「ハヤトさんが影響を受けたということは相当の凄腕では……」

「うん。あの人はすごかった。『チェリー藤岡』という名前でさ」


 プロアングラーって本名でやる人が多いけど、たまに本名をアレンジして変な名前つける人がいるよな。


「シーバスを中心に釣ってたけど、その人はなにを釣るにしても同じロッドだったんだ。で、こう言ってた……『男が魚を釣るのなら、シーバスロッドがあればいい』って」

「えぇと……釣りのことはよくわからないのですが、万能な竿なのでしょうか?」

「割と応用は利くけど、万能な竿っていうのは一応存在しないんだよね。まあ、無理くり工夫して釣る感じかな」


 チェリー藤岡がいつも同じロッドでばしばし魚を釣っていく動画を見て「シーバスロッドだけあればいいんだ!」と勘違いした当時中学生のおれは悪くないと思う。

 ともかく、おれの釣り観に最も影響を与えたのはチェリー藤岡で間違いない。

 その後は全然見なくなっちゃったけど、アレか、やっぱりシーバスロッドしか使わないアングラーってことで「使い勝手が悪い」とスポンサーから仕事が干されちゃったのかな。世知辛いな。


「……ふふ」


 不意にリィンが小さく笑った。


「えっ、なに?」

「あ、すみません……なんだかハヤトさんらしいと思いまして」

「おれ……らしい?」

「ひとつのことに夢中になってしまって、不器用なところとか……そのくせ、夢中になったことでなんとか問題を解決してしまうところとか」


 そうかな。

 そう……だったらうれしいな。

 中学生だった当時のおれは、チェリー藤岡をめっちゃ尊敬していた。

 あの人もきっと不器用だった。でも不器用なまま突っ走っていた。

 それがとんでもなくまぶしくて……カッコよかったんだ。


「おれはそんなに多くの問題を解決できないよ」

「わかっています。ですが、ハヤトさんにしかできないことがきっとあります」

「……リィンにしかできないことだってあるよ」

「わたくしはそんな——いえ、わたくしも、そうでしょうか?」

「おれを守ること、とかね」

「ふふ、そうですね。ハヤトさんの予想もつかない行動に鍛えられて、ちょっとやそっとでは驚かなくなりましたし」

「褒められてるのかけなされてるのかわからないな」

「さて、どちらでしょう?」


 イタズラっぽく笑ったリィンは、小悪魔かな? いやそんな小悪魔的笑顔すら天使に見える。

 おれはなんだかとてもうれしい気持ちになって、ラズーシの街へと揺られていった。




 ラズーシに着いたのは日が沈む直前。

 アオリイカ例大祭の本会状である広場——そこには人だかりがあった。


1位(16杯)

 ディルアナ:ノアイラン帝国帝都釣り人ギルド所属

2位(11杯)

 ランディー:ビグサーク王国王都釣り人ギルド所属


 うお……ディルアナがさらに釣果を伸ばしている。

 ランディーは変わってないな。

 どうやら群衆のお目当てはディルアナらしい。飾られているアオリイカを取りに来たディルアナに、歓声を上げている。


「……?」


 だけどディルアナの表情は浮かなかった。

 彼女は群衆に見向きもせず、アオリイカを受け取る。ん……だいぶ小さいアオリイカだな。おれが伊豆で釣ったときに地元のおっちゃんに「んなサイズはリリースだろ」と言われて渋々リリースしたサイズよりも二回りくらい小さい。

 彼女はそんな、ちっちゃいアオリイカをお付きの人に渡した。


「??」


 ますますわからない。

 お付きの人はそのアオリイカを持ってディルアナとは違う方向へと歩いて行く。ディルアナから離れていったのだ。


「ディルアナは食わないのか……? そんならリリースしてやりゃいいのに」


 おれがぽつりとつぶやくと——まさか聞こえたワケではないと思うけど、ディルアナがちらりとこちらに視線を向けた。

 ディルアナの目が驚いたように見開かれ、それからすぐに顔を背けると、そそくさと逃げるように去って行った。


「なんなんだ……?」

「ハヤトさん、ランディー様のところに行きましょう」

「お、おう」


 おれはリィンに引率され、あくびをかみ殺しているカルアとスノゥを連れて宿へと向かった。

 ランディーの部屋をノックしつつ、「おーい、ランディー」と声を掛ける。


 がちゃんっ、「うあああ!?」、がたっ、「あ……あっ」、どたどたどた——と音がして、扉が勢いよく開かれた。


「ハヤトっ!」


 予想通り、室内ではワインのボトルが割れていた。


「ランディー……」

「す、すまん、驚いたのとうれしかったのとであわててしまって……」


 ばつの悪そうにしているランディーは、どこか疲れているように見えた。前回、この街で会ったときにも疲れているふうだったけどそれ以上だ。


「——なにかあったのか?」


 おれがたずねると、渋い顔で彼女は小さくうなずいた。


「聞いてくれるか? あと1日しかないが……私はこの大会で優勝したいんだ」




「なるほど……ディルアナとの因縁ってそういうふうなんだ」


 部屋の掃除が終わるとカルアとスノゥの眠気が限界のようだったので、先に眠ってもらった。リィンは騎士団で鍛えていたからか全然眠りそうな気配もない。ランディーの部屋には、おれとランディーとリィンの3人がいた。

 ランディーの話を聞いたおれは、広場にいたディルアナの表情に合点がいった。

 満足していないのだ。

 数釣り勝負で「とりあえず数が釣れればいい」と考えて勝つことに、ディルアナは納得していないのだ。

 もちろんランディーに対する嫌がらせには頭にくるけど、それでもなお、


「勝ってディルアナの気持ちを楽にしてやりたい」


 と言うランディーの心意気は果てしなく男前だった。実は男なんじゃないのかな、ランディーは。


「ランディー、それならいいものがある」

「む? ——なっ、こ、これは……ハヤトと同じものか!?」


 おれは、コルトから託された「キャス天狗」新作スピニングリール(試作品)を取り出す。

 鈍い金色に光るそれは、なかなか派手だ。こんな派手なもん使いたくねーよという気持ちはあるけど、それ以上にランディーに今回の釣り大会で勝って欲しい気持ちのほうが大きい。是非使っていただきたい。こんな派手なもん使いたくないのは間違いないし、「ハヤト」シリーズという名前を回避できるなら「ランディー」シリーズになっても構わないと思っているくらいだが。


「ふぅむ、これは、なかなか……」

「重いよな。全体的にごついし。でも、ちゃんと投げ釣り用のリールになってる」


 ハンドルの位置が横じゃなくて下についてて、めっちゃ巻きにくい。

 横ハンドルをギアによって縦回転に変えるほどの技術がないから、直接くっつけてるだけなんだ。

 でも、投げ釣りには向いている。

 おれのタックルを貸すことも考えたけど、さすがにラインが切れた前回を思えばランディーだって借りにくいだろうし。


「道糸はこれだ」

「おおっ、ハヤトが造った糸か!?」

「いや……違うよ」


 おれはにやりとした。


「おれたち4人と、工房長で力を合わせて造ったんだ」

「……そうか、うらやましいな。私もその場にいたかったよ」


 まぶしそうにランディーは目を細めた。


「ハヤト、これで投げれば明日1日で5杯……いや、6杯、行けるだろうか?」

「難しいだろうな」

「や、やはりそうか……しかしこれで戦うしかあるまい……」

「だから秘密兵器を用意した」


 おれが取り出したのは——エギ。蛍光ピンクラメゴールドだ。


「こいつでディルアナに、勝つ」


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