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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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44 力を合わせること、紡ぐということ

「……ここ、だよな?」

「……ここ、ですね」


 おれとリィンは帝国首都に戻っていた。

 アオリイカ例大祭の釣り大会期間も残り1週間となった。

 フワフラを持って帰る先は、もちろん「糸流細細工房」。あの、小さくて薄汚れた工房だった——はずなんだけど。


「こんなにぴかぴかだったっけ……?」


 曇っていた看板は、磨かれてきんきらきんに輝いている。

 壁だってつややかだ。

 古ぼけた木材だった扉も使い込まれた重厚感にチェンジしている。


「そ、それよりもこちらの装飾でしょう!?」


 星や球形のオーナメントが扉を飾っている。「しりゅうさいさいこうぼう☆」って書いてあるんだけどおれがまだボケていないのだとしたら確実にこんなかわいげのある看板はなかった。


「どういうことでしょう……あ、屋根にも小人の飾りがいますよ」


 リィンがおれの袖を引く。リィンとはなんかちょっと気まずい距離感ができていたんだけど、この異常事態を前になくなっていた。

 異常事態、やるじゃん。


「と、とりあえず中に入ってみよう」


 おれが扉を開けると——。


「——紡ぐは単なる糸にあらず」

「——紡ぐは人との縁なり」

「——そう、ここは——」


「「「糸流細細工房!!!」」」


 てってれー。

 中央に工房長が腕を組み、左右にカルアとスノゥも同様に腕を組んで仁王立ち。カルアに至っては恥ずかしいのか顔を真っ赤にしてぷるぷるしているがスノゥは涼しい顔だ。


「おかえり、ハヤト」

「……平然とおかえりと言ったスノゥよ、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

「あたしたちは工房再生事業を通じて交流を深めた。もう、この工房は大丈夫」

「な、なぁ、スノゥちゃんよ……このかけ声はほんとに必要なのかぃ?」

「必要。絶対帝都でも流行る」


 スノゥがムフーと鼻から荒く息を吐く。

 彼女の入れ知恵らしいことはわかったけど、おれとリィンのいない数日でなにがあったというんだ……工房長も半信半疑じゃないか。

 工房内がぴかぴかなのはもちろん、商談スペースにクマのぬいぐるみまで置いてあるぞ。


「それでハヤト。例のものは?」

「あ、ああ……入手できたよ。ほら」


 おれは運んできた布袋を広げてみせる——。


「うおあ!? お、おいっ、お前、こんなに大量に仕入れたのか!?」


 工房長が唸る。

 一抱えあるほどの袋には大量のフワフラがぎっちり詰まっていた。


 おれは、見つけた場所や、潮の流れによってたどり着くらしいことを説明する。海魔がいるかもしれないから注意したほうがいいことも付け加えてな。

 海竜のことは言わないでおいた。スノゥやカルアになら話してもいいかもしれないが、工房長には関係ないしな。


「…………」


 説明している間、リィンがもの言いたげにこちらを見ている。

 なにを言いたいのかはわかる。クロェイラがおれに「お願い」した、アレだろう。


 ——イカを釣って欲しい。


 どうやらイカに執着があるようで、言い方には結構切実な響きが含まれていた。

 そんなにイカが食いたいのかな……。

 おれにはわからなかったけど、リィンはこの「お願い」を重要視していた。リィンが言うには「これは『お願い』ではなく『交換条件』でしょう」と。もしもイカを釣らなかったらあのフワフラの漂着場を荒らされるかもしれない——。


 そうかなあ。考えすぎだと思うけどなあ。ただあの子がイカを食べたいだけじゃないかなあ。

 ともあれ、なるべく近いうちにイカを釣りに行きたいと思う。


「工房長、これで糸を造れますか?」

「お、おお……もちろんだ。だがいいのか? お前さんが見つけたフワフラの場所を簡単に教えちまって」

「構いませんよ。工房長がこれでフワフラ糸を安定的に造ってくれることのほうが大事ですから」

「……わかったよ。嬢ちゃんたちの言うとおりだったな」


 工房長はスノゥとカルアに顔を向けた。


「? どういうこと?」

「ハヤトはきっと戻ってくる、フワフラがいっぱいあるところを見つけてくる、ってカルアがずっと言ってた」

「あ、あうぅ、スノゥも同意したじゃないですかぁ」

「あたしはカルアを信じただけ」

「同じことですぅ!」


 真っ赤になってカルアがスノゥに言う。

 おお……おれのことをそこまで信じてくれてたのか。これは胸アツだな。


「材料を持ってきてくれ」


 工房に入ると、機材もぴかぴかになっていた。


「道具は職人の腕の一部。きちんと手入れしておけば裏切らない」

「いやあ、嬢ちゃんには助けてもらったぜ。あちこち磨り減ってガタが来ていたところも直してくれてよお」

「たいしたことじゃない。工房長が大事に使っていることがうかがえた」

「かーっ、うれしいこと言ってくれるねえ」


 拳と拳をぶつけ合うふたり。拳のサイズが4倍くらい違うけど。

 どうやら職人気質の工房長は同じ職人であるスノゥに心を許したようだ。


「どうだい? 嬢ちゃんさえよけりゃあ、このままウチの工房を継ぐってのも……」

「あたしはハヤトについていくから」

「だよなあ。だが気が向いたらいつでも来るんだぞ? がっはっはっは」


 いつの間にかそんな話まで! でも迷うことなくスノゥがおれとの旅を選んでくれたのはうれしい! いいのかな? ま、いいか!


「か、カルアも、カルアもハヤト様といっしょですから! ずっといっしょですから!」

「ああ、もちろんだ」


 しばらく会っていなかったせいで甘えたい気持ちがあるのか、カルアはさっきからおれのズボンをつかんで離さない。

 その頭を軽くなでてやった。


「さて、それじゃあ始めるとするぞ。紡ぎも手伝ってくれるんだよな?」

「もちろん。すぐにやりましょう」


 こうしておれとリィンの持ってきたフワフラを、糸として紡ぐ作業が始まった。

 なるべく早くランディーに会いに行って安心させてやりたい。




「おお、やってるじゃねえか!」


 工房に姿を現したのはコルトのオッサンだった。

 おれとリィンは「核」となっている「糸の塊」をほどいている真っ最中だ。

 核の部分にはなんらかの物質があるんじゃなく、単に繊維が絡まっているだけらしい。

 とにかく大量のフワフラだから、繊維質をほぐすのに手数がかかる。


「約束通りフワフラを持ってきたからさ。フワフラ糸を作ってもらってる」

「しっかしこんなに持ってくるとは……まさかハヤト、フワフラの巣でも見つけたか?」

「あー……巣、というかなんというか。とりあえずその辺は工房長と話してよ」

「なんじゃ? コルトが来たのか」


 タイミング良く工房長が奥から現れた。

 ほぐれたフワフラの繊維を流水にさらす工程があり、その説明をさっきカルアとスノゥにしていたはずだ。


「工房長。フワフラ糸をどんどん造ってくれよ。『キャス天狗』が全部買わせてもらうぜ」

「…………」


 難しい顔をする工房長。


「……この糸を扱えるのか?」

「ハヤトほどうまくはできないが、扱えるようなリール、竿を準備する。今、急ピッチで『投げ釣り』専用タックル『ハヤト』シリーズを造ってるからよ。もう試作品もできそうなんだ」


 ちょっと待って、今聞き捨てならない言葉が!


「違う。『ハヤト&スノゥ』シリーズができるのが先」


 奥からやってきたスノゥとカルア。

 ちょっと待って、今また聞き捨てならない言葉が!


「『ハヤト&スノゥ』? そんな言いにくいシリーズは、ダメだ、ダメダメ。『ハヤト』シリーズで決まりだ」

「そんなことはない。竿とリールで分ける。リールはあたし、『スノゥ』シリーズ。黒くて硬くて長い竿は『ハヤト』で、『ハヤト』の竿から白いアレがぴゅーって……」

「はいストーップ! そこまで! それ以上はダメ!」


 おれ、大声でスノゥを止めた。

 それ以上はいけない。小さい女の子が口にしていいフレーズじゃない。


「とにかく、おれの名前はダメ、いいね!?

「えぇー……」

「ケチくせーな……」

「ダメなもんはダメ!」


 大体このロッドにリールはおれが造ったんでもなんでもないしな。ちゃんと開発した人の名前をつけるべきだ。


「……コルトよ、お前んとこでフワフラ糸を扱えるタックルを準備するというのならそれはそれでいい。だが、ワシがしばらくがんばったとしてもそう長くはねえぞ」

「けっ、工房長ならあと30年は現役だろ」

「30年もワシから搾取する気か。守銭奴め」

「まあ、工房長の言うこともわかる。……とりあえず、今ハヤトたちがやっているそのほどく作業。これは誰でもできるよな? そのくせ時間がかかる」

「まあ、そうだな。それがなんだ?」

「こういうところから任せられるヤツを入れてかねえか? 最初はほんのちょっと仕事をやらせる。それで目があるヤツだけ残せばいい」

「…………」

「『キャス天狗』だってそうやっている。簡単な仕事から始めて、できそうなヤツは売り場をひとつ任せ、仕入れを任せ、店を任せていく。人材を育てるという点ではいっしょだ。最初から完璧にできるヤツはいねえ。だから時間をかけてもいいじゃねえか」

「……この工房はもう閉じるつもりだったんだがな」


 掃き清められた床。汚れの落ちた壁。磨かれたテーブル。

 つい先日までいなかったクマのぬいぐるみに壁の絵画、花瓶の花。


「ま、なにが起きるのかわからねえのが人生だ。10日前のワシに、今の工房を説明したところで信じるワケもねえだろう。わかったよコルト。ちっとは次の世代のために働こうじゃねえか」

「そうかい! そうと決まれば何人か探してみる! それじゃな!」


 スキップでもしそうな勢いでコルトは出て行った。


「……工房長、愛されてるじゃないですか」

「あいつはワシのもたらす金が好きなだけだ」


 憎まれ口を叩きながらも、工房長は楽しそうだった。




 それからおれたちはフワフラ糸を造る作業を進めていく。

 流水にさらしたフワフラの繊維からは汚れがすっかり落ちている。

 ここから魔力を抜き、繊維を補強する液剤に3時間ほどつけ込む。魔力が残っていると「釣り魔法」を使うのと同じ効果になってしまい、魔魚を釣ったときに腐らせてしまうらしい。

 そこから紡績の作業に入っていく——。


 おれが持って帰った大量のフワフラ。

 だけどこれだけあっても150メートル巻きを3本造れるかどうかというくらいなのだそうだ。


 5日間、おれたちは作業を続けた。

 そして6日目——。


「あと10メートル……9メートル……8メートル……」


 白銀のように白い糸。

 太さはもともとおれの使っていたラインと同じ、1.5号相当。

 細い繊維をより合わせるときには工房長の指示のもと、おれたち4人が協力して紡いでいった。


「7メートル……6メートル……5メートル……」


 飛距離を確認するためのカラーマーカーは今後の検討となった。フワフラ糸は色を入れにくい素材らしい。

 まあ、キス釣り専用ラインで1色25メートルとか、船釣り用のラインで色がついていたりとかはあるけど、今のおれにはそこまで必要な機能じゃない。

 今重要なのは——。


「4メートル……3メートル……2メートル……」


 みんなで造った、ということだ。


「1メートル……はい、終了」


 スノゥの声とともにおれたちは、口々に快哉の声を上げた。


「よおおおっし! これは達成感あるなー!」

「やりましたね、ご主人様ー!」

「騎士の鍛錬よりよほどこたえますよ」

「がっはっは! うまくできたじゃねえか!」


 いやー……疲れた。

 睡眠時間を削ったもんな。

 おれたちの前には白く輝く糸が2つ。

 おれのぶんだけじゃなくて、なんとランディーのぶんまで造っていいと言ってくれたんだ。


「工房長、ほんとうにありがとうございます」

「バカモン。それはワシのセリフだ。またこの工房でフワフラ糸を造れる日が来るとは思わんかったぞ……」


 感慨深そうに糸を見つめる工房長。


「あともう1巻きはこっちでできるから問題ねえ。仲間のところに持っていってやるんだろ?」

「はい。それでお代ですけど——」

「かーっ。なに言ってやあがる。嬢ちゃんたちが整備してくれ、お前さんたちが素材を持ってきて、みんなで力を合わせて糸を縒った。どこに金をもらうところがあるんだ」

「……わかりました。ありがたくいただきます」


 掃除の部分は、だいぶ飾り付けとかしちゃってアレな気もするけど……。

 おれは工房長の気持ちを素直に受け取ることにした。


「もう行くんだろう?」

「ええ……ってカルアとスノゥは寝ちゃったか」

「寂しくなるが、まあしようがねえ」

「ははは。また来ますよ。糸、いくつあっても足りないし」

「ワシをこき使う気か?」

「長生きしてもらわなきゃ」

「言うようになったじゃねえか」


 にやりと笑うと工房長は右手を差し出した。

 おれもそれを握って返す。がっちりした、職人の手だった。


「できあがったか!?」


 とそこへ、ちょうどいいタイミングで入ってきたのはコルトのオッサンだった。


「おおおおおお! これか! 相変わらず美しいな……それにこの長さ……」


 手にとってフワフラ糸を眺めている。


「そうだ! 人員だがとりあえず5人こっちに来させようと思うが、工房長、どうだい?」

「5人だあ!? ずいぶん多いじゃねえか」

「『キャス天狗』の店員ばっかりだが、連中は釣りが大好きでなあ。釣り糸を造る工房、と聞いたら『どうしても働いてみたい』って言いやがって」

「はっ……騒がしくなるな」


 どうやら工房長には、寂しがるヒマはないようだ。


「そうだ、ハヤト。お前にはこれを渡しておく」


 コルトは俺にひとつの革袋を差し出した。


「? これは——」


 袋を開けたおれは驚いた。

 そこにあったのは、どう見ても投げ釣り用のリールだったのだ。

 おれのスピニングリールによく似ている。


「試作品だ。誰が使ってもいいが、感想は絶対に欲しい」

「わかった」

「あと名前なんだが……」

「『ハヤト』以外なら好きにしていいよ」

「チッ」


 舌打ちしているコルト。まだあきらめてなかったか。


「とりあえずラズーシに行きたいけど……もう乗合馬車は出ちゃったよなあ」


 時刻は正午を回っている。


「おっ。それならウチの配送馬車がそろそろ出る時間だ。それに乗っていくか?」

「え、いいの!?」

「もちろんだ。なぁに、安くしといてやる」

「こんの守銭奴が……」


 苦虫をかみつぶしたような顔で工房長は言ったけど、


「工房長、これはコルトのオッサンの軽い冗談だから」

「なんでえ、ハヤトには通じねえか」

「それよりお願いします」

「ああ、急ぎな」


 おれは船を漕いでいるスノゥとカルアを起こして、急いで荷物を片づける。


「ああ、いい、いいから。片づけなんざ『キャス天狗』の若いのをこき使うからいい。さっさと仲間のところに行ってやれ」

「——ありがとう、工房長」


 おれが先に工房を出ると、リィンが続き、カルアが出てきて——最後にスノゥが工房長と拳をぶつけ合ってから出てきた。


「気をつけてな——また来いよ」

「ああ!」

「また。工房長」


 おれとスノゥが手を振る。

 工房長は腕を組んで仁王立ちしながらも、にかっと笑っていた。

 その姿は、これから工房をたたむ男ではまったくない。

 これからも工房を続ける、自信に満ちた職人の姿だった。


 おれたちはラズーシへと向かう。

 工房長と4人で、力を合わせて造ったラインを持って。

糸流細細工房再建計画(魔改造ともいう)


ちなみに2日連続サーフに挑戦してボウズでした。いいんだ……俺、海が好きなだけだから……。

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