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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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36 逃した魚はいつだって大きい

 朝日が昇る前に起き、宿の裏手にある定食屋で軽い朝食をいただく。

 ランディーはお昼のお弁当もここで包んでもらっている。

 それから、堤防へと向かった。

 おれ、ランディー、カルア、リィンの4人だ。スノゥは寝ている。


「朝はちょっと肌寒いな」

「なに、すぐに暖かくなる。昨日も一昨日もそうだった」

「釣り日和ってわけか」

「くくく、そのとおり」


 おれたちが堤防に向かう途中、通りがかったのはラズーシでも随一のホテルだった。

 そう、ホテルだ。宿じゃない。

 明らかに他と建物の趣が違うんだよな。でっかくてゴージャス。いやほんとおれの表現力が皆無。


「!」


 そこから出てきたのは——ネコミミ子爵釣り美人であるディルアナだ。

 彼女の後ろにはお付きっぽい人たちがぞろぞろついていた。

 そのうちのひとりが大事そうに抱えているカバンがあるが、あそこに釣り竿が入っているんだろうな。10メートルの釣り竿とはいっても1本そのまま10メートルというわけじゃなく、何継ぎにもバラせるのがふつうだ。


「……あら、ランディー。今日も小物を釣るの?」


 数で言えば1杯ぶん、ランディーが勝っている。

 だけれどサイズで言えばディルアナが圧倒的だという。

 せせら笑うように言われたランディーだったが、


「今日は大きいものを釣る」

「そう? 私は数でもサイズでもあなたに勝つわ」


 ちら、とおれたちへと視線を向けたディルアナはお付きの人たちを連れてぞろぞろと去って行く。


「ふん、小物ばかりで1位を狙うとは、卑怯者」「ビグサーク王国の釣り方だの」「いかにも。かの国の姑息さがにじみ出ている」


 お付きの人たちはわざとこっちに聞こえる声量で言っていた。

 それに憤慨したのはリィンだ。


「なんという嫌みでしょうか。ノアイランの人たちのみながこうだとは思いたくありませんね」

「まあ、事実は事実だから仕方ないところもある……」


 ちょっとしょんぼりしているランディー。


「ランディー。これからでかいの釣ればいいじゃないか。な?」

「——そうだな。ハヤトのタックル、期待しているぞ」


 にっこりと笑ったランディーは、いつもの釣り大好きお姉さんに戻っていた。よかった。


「にしても、あの人ってランディーのこと元々知ってたのか?」

「あー……まあな。一応、因縁があるというか」


 ほう。因縁。実に気になります。


「女の釣り人で、私くらいのめり込んでいる釣り人はやはり少ない。ゆえに、国同士の付き合いでも話題によく上がる——らしい。私が知らないところで勝手に話されているんだ」

「貴族たちのうわさ話にちょうどいいってことか」

「うむ。お互い独身だし、それに……『美人釣り師』ということでやたらとヨイショされるのだ。わ、私が自分から言っているんじゃないぞ? そういうふうに話されていた、と人づてに聞こえてくるだけだ」

「わかってるって。でもランディーは美人だと思うから、あながち間違ってないだろ」

「ば、バカもん! これから大事な大会だというのにからかうな!」

「そもそも期間の最初から参加していないのに大事な大会もなにもないだろ。——リラックスできたか?」

「むっ?」


 肩に力入っている感じだったからな、ランディー。


「ハ〜ヤ〜ト〜……今の軽口は緊張を解くためだったのか」

「へっへっへ。おれがタックルを貸すんだから、ベストの状態でやって欲しかっただけだよ」

「はあ……お前にはかなわないな。無駄な力は抜けたよ、ありがとう。でも人の容姿に関することででたらめを言うのはいただけないぞ? これでも女なのだからな」

「え? いや——」

「む。まずいな。急がないと始まってしまう」


 いや、ウソじゃない……ランディーは美人だと思うんだけど。

 否定する前にランディーが先を急いでしまった。




 ずらりと堤防に並んだ釣り人たち。

 朝焼けが東側——山の稜線に現れたころ、ジャァァアアン、ジャァァアアンという銅鑼の音が聞こえてきた。

 釣り大会開始の合図だ。


「うおっ!?」


 びゅうびゅうびゅびゅびゅうと竿のしなる音があちこちから聞こえる。ついで、ぼちゃんぼちゃじゃぼぼぼぼぼぼんと次々に着水する音。一斉に釣り始めた。

 何人もの係員が堤防の後ろで歩き回って、不正がないかを確認している。

 釣り人と同じように、海面にもずらりとウキが並んでいる。

 なかなか壮観だ。


 おれも大変参加したい気持ちで一杯なのだが、残念ながらもう参加枠はないらしい。まあ、無制限に増やしても釣り座がぎゅうぎゅうになるだけだもんな。


「よし……」


 他の釣り人たちからは一歩で遅れたランディーが、釣り竿を構えた。

 おれが貸した釣り竿(ロッド)とリール。

 ただ仕掛けはランディーが用意した、エビを模したエギ(餌木)に鶏のササミを針金でぐるり巻いたもの。


「はぁっ!」


 ランディーがキャストした瞬間——エギはびゅおうっと風を切って遠くに飛んでいく。

 他の釣り人がせいぜい20メートル程度の距離だというのに、ランディーは優に50メートルは飛ばしている。

 投げ方、軽く教えただけなのに一発で成功させるとは。


「おおおっ!?」「なんだあの釣り竿は」「いや、リールの形がおかしい」「あれってビグサークの釣り人じゃねえのか?」「なんだと?」


 釣り人たちが騒ぎ始める。

 湾の入口にいたディルアナ——かなり離れていたにもかかわらずこちらの騒ぎに気づいたようで、驚いたように瞳を見開く。すぐに、憎々しげな表情へと変わる。


「…………」


 そんな周囲とは裏腹に、ランディーの集中していた。まるで動じずに、水面にただよう1個のウキを見つめている。あの距離にあるウキは他にない。ランディーのウキのひとり旅だ。

 あとはアオリイカが湾内に入ってくれれば——。


 ただ待つだけの時間はそう長くなかった。

 太陽が徐々に昇り、赤みがかった空はほとんど消えて金色の光が海面にちらき始めたころ。


「!?」


 ギュンッ、とすさまじい勢いでランディーのウキが海中に消し込んだ。


「ランディー!」

「わかっている!!」


 即座に釣り竿(ロッド)を立てるランディー。

 若干、だらんとしていたラインはぴんと張り詰める。


「重ッ……重いぞ!!」

「ランディー、ドラグを緩めろ!」

「ドラグ!? なんだそれは!?」

「あああああ、教えてなかったっ」


 やばい。ドラグの概念がこの世界にはないんだった。

 ドラグは、リールについている機能だ。よく釣りの番組とか魚を釣るゲームとかでジイイと音が鳴るアレだ。

 釣り糸は、ラインそのものの張力と、ロッドの弾性で魚を御する。

 ドラグはそこにさらに加わる機能で、あまりに強く魚がラインを引っ張ったときに、釣り糸が切れないよう自動的に糸を送り出す。

 このドラグの強さはリールで調整できる。今、ドラグはかなりきつく閉まっているのだろう。釣り竿が「つ」の字を描くように曲がっているのに、ジイイという音が聞こえない。


「いいか、ドラグってのは——」

「ちょっと君! 参加者以外が手助けするのは禁止だ!!」

「えええ!?」


 係員がこっちに走ってきて、おれとランディーとの間に入り込む。


「手助けじゃないですよ!? リールの使い方を教えるだけ——」

「だ、大丈夫だ、ハヤト、これくらい自分でやらなくてなにが釣り人だ!」


 ランディーの声がほとばしる。

 そうまで言われてしまえばこちらもなにも言えない。

 幸い、アオリイカは釣る最中に暴れたりするものではない。ただひたすらに重い。だから慎重に引き寄せれば問題なく釣れる——はずが、


「!?」

「えっ!?」


 誰しもが目を疑った。

 ぶつんっ……と、ラインが切れたのだ。

 手元から。


「え……え……」


 するするとラインが海に落ちていく。海面を漂う。

 ぷかり、と浮かび上がったウキは横倒しになった。




「すまない、ハヤト……ラインを切ってしまった……」

「こっちこそすまない。まさか切れるとは」


 シーバスどころか5キロのワラサだって釣れるはずのラインが、切れた。まあ釣れるって言っても堤防の上にぶっこ抜けるわけじゃなくて、玉網(タモ)は必須だけどさ。

 切れた長さは40メートルくらいだろうか……やばいな。

 もともと巻いていたラインは150メートル。40メートル切れてしまうと、100メートルの遠投をすると長さが足りなくなるだろう。


 しかしなぜ切れてしまったのか。PEラインは、岩場をこすったりするとダメージを受けて切れやすくなる。だが今回の釣りでは岩場を通していない。

 たぶん、これは……。


「は、は、ハヤト、様……も、もしかして、カルアが……」


 そう。「皇家のフィンガーボウル」でリールとラインに傷をつけてしまったときのこと。

 あのタイミングで小石か何かを巻き込んでいて、ラインにダメージを与えていた可能性が高い。


「ま、気にすんな」


 おれはカルアの頭をぽんぽんと叩いた。


「でもぉっ!?」

「カルア。おれは言ったよな? 道具はいつか壊れるって。いつまでもくよくよしない。いいな?」

「うぅぅ……」


 納得できない、という顔でうつむくカルア。

 でも道具が壊れるのは、ラインが切れるのはどうしようもないんだ。

 おれもチェックしなかったのが悪い。いや、カルアにいろいろ言った手前、傷がついてないか確認するような動きはカルアを刺激しそうで悪いなあって思っちゃったんだよな……。

 リール自体の破損、ギザギザになったところはスノゥにお願いして磨いてもらったんだけど。

 反省。


「ランディー、どうする? ちょっと時間をくれれば先端に別の糸を巻いて釣りが再開できるようにするけど」


 こっちをめっちゃ見ている係員。

 直接の釣りに関わらなければ作戦会議くらいは認めてくれるようだ。


「い、いや、お前のラインを切ってしまって釣りを続行などできない。お前のタックルだ、きっと高価いものだろう?」


 そりゃ、まあ……なんでPEラインってあんなに高いんだろうな? しかしそこは1年もの間釣りに行けなかったおれ。釣具屋でいちばんいいヤツを買った。確かに飛距離は伸びたけど高かったぜ……。


「いや、ほんと気にしなくていいから」


 どうせもう買えないしな。


「それよりここで釣り大会止めるとか、本末転倒もいいところだろ? むしろランディーが止めたらおれがつらいよ。おれのタックルのせいで辞退なんて」

「ハヤト……」

「頼むから大会は続けてくれよ。な?」

「……わかった」


 ランディーの目に光が戻った。


「であればなおさら、負けるわけにはいかない」


 おお、その意気だ。


「やはり自分のタックルで勝負するべし、ということだな。なに、あれだけの大物をかけたのだ、希望を持てるというものであろう。切ってしまったラインの埋め合わせは今度必ずする。だから今は……」

「ランディーは勝負に集中してくれ。おれたちはちょっと離脱するよ」


 うなずいて、ランディーは自分の釣り竿に仕掛けをつけ直した。

 その周囲では他の釣り人たちが、


「さっきの当たりすごかったな」「あれ根掛かりなんじゃねえのか?」「バカ、ウキが消し込んだだろ。見てなかったのか」「あれを釣ったらどれくらいでかかったんだろう……」「間違いなく今大会いちばんだったよな」


 好き勝手に話している。

 逃した魚は大きい、という言葉がある。

 ほんと……こういうときに「今のでかかったよな」と言われるのつらいんだよ……そっとしておいてあげてよ……。


「ハヤトさん」

「うん、おれたちは宿に一度帰ろう」


 ランディーがいちばんショックだったはずだ。

 集中させるために、おれたちは撤退しよう。

 ……つーかラインどうしよ。


おそれていたタックル破損。

PEに代わる異世界ラインを探しに行きます。

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