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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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34 アオギス食べたらアオリイカ

「では早速——」


 リィンが箸を手にとってアオギスを口元に運ぶ。

 出会ったときはおれが釣った魚なんて食えないって感じだったけど、だいぶくだけてくれるようになったよな。

 さくっ。

 リィンがアオギスを噛む、軽い音が聞こえる。


「んっ……んんっ!?」


 咀嚼を始めて1秒後、リィンの目が開かれる。


「ほふぅ……なんでしょう、これは、ふわりとして優しく、それでいて華やかな白身の味……」


 リィンが頬に手を当てる。

 にっこにこだ。

 そんな顔されるとうれしくなっちゃうだろ。


「うん。おいしい」


 スノゥはストレートだな。

 よし、おれも食べよう——。


 さくっ。


 おお、これだよ、これこれ。このさっくさくなのがいいよな、天ぷらは。

 キスは身も柔らかいから天ぷらのさくさく感とは相性抜群だ。

 そしてすぐにやってくる、白身の肉汁。ふわりと広がる魚の味。ああ、リィンはこれを「華やかな白身」って言ったのか。ともすれば油とともに弛緩しがちな味わいを、岩塩がきゅっと締めてくれる。ああ、たまらん。

 アオギスはシロギスより「味はいまひとつ」なんて聞いたことがあったけど、めっちゃ美味い。異世界に来てから天ぷら食ってなかったから、その補正もあるのかな。


「…………」


 おれが口の中を白身の幸福で満たしていると、そこには伏し目がちなカルアがいた。


「カルアも食べてよ」

「……でも、カルアは」


 さっきの、リールを傷つけたことを気にしているんだろう。


「カルア」


 おれはちょっと真面目な顔を作った。


「おれはお前のご主人様だよな?」

「は、はい」

「命令だ。食べなさい」

「は……はい」


 カルアはのろのろと箸を手にすると、アオギスの天ぷらを——いちばん小さなヤツを、つまんだ。それをぱくりと食べる。


「!」


 白身は淡泊だ。だけどキスの天ぷらは淡泊な奥に奥行きのある味わいを見せてくれる。

 カルアは鼻がいいからな。おれよりもずっと美味しく感じられるはずだ。


「美味いだろ?」

「あぅ、はひ、おいひぃですぅ……」


 咀嚼しているからか、カルアの話し方が変だ。


「カルア。おれはこれをお前に食べてもらいたくて作ったんだ」

「……カルアに、ですか……?」

「キスの天ぷらは確かに美味い。でもさ、美味くてもひとりで食ったら美味さも半減だよ。これが美味しいのはリィンに、スノゥに、カルアがいっしょにいるからだ」

「…………」

「なあ、カルア。おれはこれからもいっぱい釣りをする。いっぱい魚を釣る。道具だって壊れるときもあるだろう。だけど、道具だけが釣りじゃないんだ。いっしょに釣りに来てくれる仲間がいて、釣った魚をいっしょに食べてくれる人がいるから楽しい」

「……ご主人様」


 おれはにっこり笑ってカルアの頭をそっとなでた。


「だからな…………肉ばっかじゃなくてたまには魚も食えよ?」

「——ふぇ!?」


 そんなことを言われると思わなかったのか、カルアがびくりとした。


「わはは、しんみりさせるようなことは言わないよ。道具の破損なんてよくあることだ。だから今日は気にせず天ぷらを食おうぜ!」

「ご、ご主人様……」

「ほら、食え食え。天ぷらは冷めたらまずくなるからな」

「は、はいっ!」


 カルアの調子が戻ってきたように感じられた。よかったよかった。スノゥもうんうんうなずいてるし(天ぷらを食べる手は止まらないけど)、リィンは天ぷらを食べたときのにっこにこを継続しておれとカルアに向けている。


「——ご主人たちも、食べてみますか?」


 食堂の入口でちらちらこっちを見ていた宿の主人たちに水を向けると、


「い、いいんですかい!?」

「ちょっとアンタ、お客さんに悪いよ」


 遠慮はしつつも興味は隠しきれないという感じだったので3尾ほど差し上げた。

 おれも尺ギス1尾食べればかなり満足だったしね。


「うまっ、なんだこれは!?」

「こんな食べ方知らないねえ」

「こりゃ食堂の新しい料理として出せるかな?」

「バカ、魚なんてどうやって仕入れるんだい」


 天ぷらを食べて大騒ぎしている主人たちにおれは伝えた。天ぷらなら野菜を使ってもできるし、このアオギスはこれから「キャス天狗」の会長ががんばっていっぱい釣れるようにしてくれるはずだよ——と。

 数年後、帝都の名物料理として「天ぷら」がまず挙げられるようになる——なんつって。


「ハヤトさん。新たな食べ方や料理のメニューは、それだけで価値のあるものですよ。もうちょっと気をつけて教えたほうが……」


 リィンが呆れたように言った。

 でもなあ、料理はおれが苦労して編み出したわけでもなし、お金にも困ってないからね。

 みんなが幸せになったほうがいいじゃないかと思うのだ。


 こうして翌日、おれたちは帝都を出発してラズーシへと向かった。

 アオリイカ例大祭の会場——ランディーが1位タイでがんばっている会場へ。

 馬車で6時間の距離。近いんだか遠いんだか。おれの腰にとってはなかなかしんどい距離でした。




 ラズーシがアオリイカ例大祭の会場になるのもわかるというものだった。

 丸い湾状になっていて、ところどころに堤防がある。

 そして堤防の足下からすぐ水深が10メートルあり、ほんのちょっと離れるともう水深は15メートル以上になるらしい。

 そう、海竜が出る可能性があるのだ。

 だけど堤防から竿を伸ばせばすぐに水深があるというメリットは大きい。

 深いほうが魚の生態が豊かになるんだ。


 土の魔法で補強された堤防周りには海藻が生え、小魚が集まる。

 小魚を捕食するべく大型の魚も来る。

 海底にはカサゴやソイといった根魚も集まる。

 サーフと違って、かなり濃く海藻が生えているからキスやカレイはいなさそうだな。


 で、この海藻がいい。

 アオリイカは春と秋に接岸する。秋は特に個体が大きく、この海藻に産卵するためだ。

 海藻は根掛かりの原因にもなるんだけど、アオリイカを釣るなら海藻がある場所が圧倒的に有利だ。

 まあ、もう初夏だから居着きのアオリイカを狙うしかないな。


「しっかし人いっぱいいるな!」


 ラズーシに着くと、堤防には釣り人が鈴なりだった。

 みんなで海面にウキを浮かべている。


「えぇ〜いらんかね〜氷水いらんかね〜」

「さあさあ、昨日までのトップランカーへのインタビュー情報はこちら! 銅貨5枚でいいよ!」

「イカを食べるなら今だよ! イカ定食が食べられるよ! なんと2きれも載ってんだよ!」


 お祭り騒ぎだった。ていうかお祭りだ。例大祭だもんな。

 ラズーシは漁村……と言うより、釣り人に開放された街、というイメージだ。

 湾の外周に建物が密集し、それらは宿屋、定食屋、釣具屋が多い。キャス天狗だけで2店見たぞ。出店しすぎだろ。

 海竜の危険があるせいで船を浮かべることができない。だから釣り人ばっかり。


 街の中央にある広場はアオリイカ例大祭の本会場だ。

 大々的に釣果ランキングが貼り出され、釣られたアオリイカが恭しく並んでいる。

 う、うん……4杯だけだけど。

 あんだけみっちり釣り人がいるのに、4杯か……。


「今日釣ったイカがここに置かれ、夕方に釣り人に返されるようですね」


 おれの嘆息に答えるようにリィンが立て札の文字を読んだ。

 夕方……そろそろ日が傾いてきている。

 1日に4杯か……。

 なかなかシビアっぽいな。


「おお……ユウではないか! 来たのか!?」


 その日の夕方、アオリイカを引き取りに来たランディーと、出会うことができた。

 数日見ないだけだったけど、なんだかやたらと懐かしい。

 帽子をかぶっているのは相変わらず。

 ちょっと日に焼けただろうか?「美人」は日に焼けても「健康的な美人」に進化するだけだからお得だよな。

 にっこり笑う彼女は、すこし疲れているように見えた。


 なぜランディーがここにいるのか。

 そう、ランディーは今日1杯釣り上げたのだ。


「調子はよさそうだな」

「いやぁ、1週間遅れて参加したのだが、なかなか難しいな。ユウはアオリイカを釣ったことがあるのか」

「あー、うん。ただおれの場合は——」

「なによ、この人たち。王国の人間? ランディーの知り合いなの?」


 ムスッとした顔のつり目美人がやってきた。


「……ディルアナ」


 ランディーのつぶやいた言葉でおれは知る。

 この人が、ランディーと1位を争う釣り人なのだ。


「マジか……」


 そして俺もうめいた。

 耳……。

 ネコミミィッ!!!!

 ネコミミでしかも釣りが上手とか完璧じゃないですかァ!!!!!


ネコミミ釣り人(至高)

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