33 アオギスさんが油にダイブ
うおおおランディー1位きたー!
釣ってんなあ、ランディー!
おれが心の中でガッツポーズをしていると、
「まったく、ディルアナ様のぶっちぎりかと思っていたのに、ビグサークの釣り人が入ってくるなんて……」
つまらなさそうにウサミミさんが言った。
ああ、そうか。ウサミミさんからしたら地元の釣り人に勝って欲しいもんだろうなあ。
「ん、ディルアナ……様?」
「ええ。ディルアナ様は子爵の爵位もお持ちですから。釣り人から貴族になった、帝都でもいちばん人気のある女性釣り名人なんですよ!」
熱っぽく言う。
ほう、ランディーと同じく貴族の女性か。あ、ランディーはもう貴族じゃないか。
おれがもうちょっとアオリイカ例大祭について聞こうと思ったときだった。
——きゃあっ!?
表で、カルアの小さな叫び声が聞こえた。
「カルア!」
チラシをもらって釣具屋を飛び出たおれとリィンは、「皇家のフィンガーボウル」へとダッシュした。
リィンの足が速すぎてぐんぐん離される。
だけどおれにも見えた。
水が湧き出る岩のそばでうずくまっているカルアと、海の家の建築作業員らしい青年たちがそばに立っているのを。
「あなたたち、カルアになにをしたのですか!!」
ぎらりとショートソードを抜いたリィンに、青年たちが青くなって後じさる。
「あ、そ、その、別になにかしたわけじゃ!」
「あうぅぅ……」
カルアの目からぽたぽたと涙がこぼれている。
これはふつうじゃない。
「カルア、もう大丈夫です。わたくした来たからには彼らを近づけさせませんから」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、俺たちがなにかしたわけじゃないって!」
「こんなに泣いているのですよ!」
気迫を持って詰め寄るリィン。
男たちはさらに後じさり、逃げようとする——。
「待て、リィン」
おれ、ようやく追いついて、はあはあ息しながらリィンと青年たちの間に立った。
「なにがあったの?」
おれが間に立ったのでほっとしたのか、青年たちは口を開いた。
どうやら、割と簡単な話らしい。
青年たちは海の家の建築作業員で、汗をぬぐうために「皇家のフィンガーボウル」にやってきた。
そのときカルアは屈んでタックルの手入れをしていた。
ただでさえ小柄なカルアだ——彼らはカルアに気づかなかったらしい。そして、どん、とぶつかってしまった、と。
「そ、それだけなのですか?」
拍子抜けした顔でリィンが聞くと、
「ああ。……だよなあ?」
「うん」
「そうだな」
青年たちがうなずく。特にウソをついているというふうでもない。
ならば、なぜカルアが泣いているのか——。
「ご、ご主人様ぁ……」
泣き顔でカルアが見せたのは、おれのリールだった。
ベイルの金属部分がこすれている。巻いたラインも毛羽立っている。
「ああ、転んだタイミングで岩にぶつけたのか」
「は、はいぃ……ご、ご主人様の、貴重な釣り具をこのようにしてしまい…………か、カルアは……」
真っ青になってぼろぼろになって泣いている。
「カルア、ケガは?」
「……カルアは、大丈夫です。でも、ご主人様の……っ!?」
おれは地面に膝をついて、カルアの頬を両手で包んだ。
「よかった。お前がケガしたのかと思って急いで来たんだよ。でも無事だったならいい。よかった」
「で、で、でも、ご主人様の……傷をつけてしまって……それにカルアは放っておけば傷は治りますし……」
「傷ついて『痛い』って思うのなら、傷がすぐに治ろうが治るまいがおれには心配なんだよ」
「カルアは……お詫びのために命を絶たなければならないと……」
「大げさだな。道具は道具だ。いつかは壊れる。カルアのほうがずっと大事だ」
「——いても、いいのですか……? カルアはご主人様のそばに、まだ、いても……?」
「そりゃそうだ。今さらお前を手放してどこかにやるなんて、思えないよ」
頭をなでて「よしよし」としてやると、カルアが声を放って泣いた。
……あれ? おかしい。泣き止ませるために励ましたのに。
リィンに小さくうなずいて見せると、彼女は剣を納め、青年たちにも剣を向けたわびをした。
青年たちも「ぶつかってごめんな」と言って去っていく。
おれたちはスノゥと合流して、宿の厨房を借りた。
アオギスを食べるためだ。
相変わらずしょんぼりしているカルアを、スノゥとリィンが慰めている。
ここは食って元気にならなきゃな。
「うーん……しかしどうしようかな。アオギスだったらやっぱり天ぷらか?」
シロギスしか食べたことないけど、天ぷらでいいよね?
「おい」
「なんだあの量の魚は……」
「あの客、実はすごい金持ちなのか?」
「ていうかあんな魚見たことない」
宿の人たちがおれのことをちらちら見ている。
まあ、いきなり「厨房貸して」って言ってきたら驚くし気になるよね。
だがそこは気にせずに行くッ!
おれはじゃじゃじゃじゃっとアオギスの鱗を落とす。
鱗を落とすのは包丁を使ってね。
「鱗落とし」みたいなのがあれば楽なんだけど、もちろんない。ちなみに最近は鱗落としも100円ショップに売ってるんだよな。需要あるのかな? まあ、メタルジグとかのルアーも大量に売ってたりするから需要はあるんだろう……。
ちなみにペットボトルのフタも鱗落としに役に立つ。しかも鱗がフタの中に入り込むから飛び散らなくていいという。
もちろんペットボトルのフタもここにはないけどな。
ちなみに、鱗はキレイに落としましょう。
ここで手を抜くと後でつまらない思いをするからな。なんか食感が変になるんだ。柔らかいが明らかに異物の鱗が口の中に残って。
鱗を落としたら、頭を落としつつ内臓を取る。
ここからが重要だ。
3枚開きの要領で背中に包丁を入れる。
そのまま中骨に沿ってじょりりと中央に包丁を走らせると、2枚開き(尻尾と腹の部分でくっついている)状態になる。
反対側の身の、中骨をそいでいく。中骨がぶらんとなったところで尻尾の手前で切り落とすと、天ぷら用の開きができあがり。
慣れてくるとものっそいスピードでできるようになる。
「えーっと……天ぷらの衣を作るのには氷が必要だけど」
氷はなくともマジックアイテムがある。ボウルの中の水をキンキンに冷やしてくれる優れもの。
ほんと魔法便利。
この便利さは科学と違う方向に発達してるんだよな。理論立ってないというか。
「ふんふんふ〜ん」
天ぷらの温度は180度! もちろん温度計なんてないから——菜箸の先にちょちょいと衣をつけて、油につける。小さなあぶくが立っていればオーケー。
いくぞぉ。
じゅわあああ〜〜。
「ああっ!?」
「あんの客人、油に突っ込んだぞ!」
「魚を!?」
外野が騒いでいる。
「よし、こんなもんだろ」
菜箸でアオギスを油の海からすくい出し、金網の上に載せていく。油が切れたら金網を皿の上にそのまま載せる。キッチンペーパーがあればなあ。
10尾もあるし、尺ギスもいるからな。なかなかの山盛りだ。
ぎょっとした顔で宿の人たちが皿を見ている。
「できたぞ〜」
食堂で待っているリィン、スノゥ、カルアたちのところにおれは向かう。
時間も3時だから、おれたち以外に客はいない。
「これがアオギス……なのですか?」
「うん。食べるのはおれも初めてだ」
「ハヤトさんも?」
リィンが意外そうに聞いてくる。ちなみに釣ったのも初めてだけども。
おれは魚博士ってわけでも魚料理の達人ってわけでもない。ただの釣り好きなんだよ。
「ハヤト。これはどうやって食べる」
「んー。岩塩がいいんじゃないか?」
天つゆはこの世界にはないみたいだ。ポン酢もなかったしな。出汁醤油と合わせればいいのかな? 今度調べてみよう。
おれはぱらぱらと粉になった岩塩を振りまいた。
よしよし、こんなもんだろう。
好奇心たっぷりという目のリィン、スノゥ、いまだに落ち込んでいるカルアにおれは言った。
「そんじゃ召し上がれ」
魚はたいてい天ぷらか唐揚げにすれば美味いという法則。
小魚なんかはまるごといけちゃうんで、さばくどころか鱗も内臓も落とさなくていいから楽ちん。
……まあ、胃袋にオキアミつまってんだよな、とか思うと食えないけど。




