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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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閑話 女騎士のひとりごと(前)

 驚かされてばかりです。

 この、奇妙な格好をしている釣り人――ハヤト=ウシオと名乗る方。


 辺境のフゥム村で魔アジが釣り上げられたという信憑性の低い情報を確認するべく、わたくしは派遣されました。

 一報を受けた騎士団の全員が全員「デマだな」と断じた一件です。「王都の釣り名人(マイスター)ですらこの2年釣っていないんだぞ」という根拠とともに。

 とはいえ報告があれば、中央も確認しなければなりません。官僚たちは遠出を嫌がります。書類仕事が滞りますからね。遠出でモンスターに襲われる可能性もある以上、確認は騎士団の仕事となりました。


「リィン、貴様が行け」

「はいっ!」


 騎士団長の一言で、決まりです。わたくしが選ばれるのでしょう、とは思っていました。辺境へのお使いなど女騎士の仕事だ――そんな空気が騎士団にははびこっているからです。

 不遇だとは思いません。

 女騎士の仕事は姫の警護や要人護送、式典参加といった、人目に触れるものがほとんどです。

 一方で軍の最前線には男しかいません――わたくしはそっらを目指していました。剣の道を極め、最前線で戦いたかったのです。

 でも、いまだに騎士団長には剣で勝てません。団長は、自分に勝てば一人前として扱ってくれると約束してくれました。

 この約束が不当だとも思いません。

 なぜならそれくらい、女が騎士を務めることに対する偏見があるからです。


 にもかかわらず――ハヤトさんは、平等でないことに怒りました。

 これはわたくしが初めて、ハヤトさんから驚かされたこです。

 え、えーっと、アジの干物の妙なる味にも驚かされましたが……心から驚いたのは、ハヤトさんの訴え、でした。


 ハヤトさんの口ぶりはまるで男女平等が当然であるかのようですらありました。

 確か、ハヤトさんは遠国の出身であるとか。どのようにフゥム村に流れ着いたのかは知りませんが、ハヤトさんの故郷では男女は平等なのかもしれません。


 次に驚かされたのは、奴隷だったカルアちゃんの解放です。

 魔イワシで奴隷を解放したのです。

 ハヤトさんがカルアちゃんを解放したことは、その場しのぎです。奴隷制は古くから根付いている制度であり、この制度がなくなったとしても、似たような方法で人身は売買されるでしょう。

 糊口をしのぐために売り手がいて。

 人を買うという享楽にお金を払う者がいる限り。


 ハヤトさんとて、そのことはわかっているようでした。

 ですからわたくしはそれ以上は言いません。「カルアが喜んでくれた。美味しそうにご飯を食べてくれた。今はそれでいい」というハヤトさんのスタンスは、ある意味現実的であり——わたくしも、心のどこかでカルアちゃんが解放されたことにほっとしていたのですから。


 そしてわたくしは、またも驚かされようとしています。


「あ、リィン。遅かったな? これから釣り勝負することになったから」

「……はい?」


 彼の、世間知らず加減に。


 それは王都へ向かう途中で立ち寄った宿場町。

 街の出入りには国の発行する身分証が必要ですが、ハヤトさんもカルアちゃんも持っていません。

 持っていないならばかなり高いお金を払えば入ることができるのですが、ハヤトさんは現金を持ち合わせていません。そのためわたくしが先に街へ入り、衛兵と話をつけてくる――という話になっていたはずです。

 そうしてわたくしが話をして戻ってくるまで、およそ15分。


「あそこの商人が、おれの代わりに金を払ってくれるって言うからさ――釣り勝負で勝ったら」

「はい、左様で。しかし驚きましたね。ほんとうに騎士様とお知り合いとは――このようにお美しい騎士様と」


 ふくよかな商人は二重あごどころか三重あごになっています。顔はにやついていますが、目は油断なく光っています。同行者は部下でしょうか、3人ほどいます。

 騎士としてのわたくしの直感が働きます。この男、信用できません。


「ちょっと待ってください。ハヤトさん、勝負に勝てばといいますが、負けたらどうするのですか?」

「おれの釣り竿が欲しいみたいだから、これを賭ける」

「なんですって!? や、止めてください! 話はつけてきましたから、街へは無料で入れます!」

「あれ、そうなの?」

「き、騎士様! 横やりを入れるのはお止めください。すでに勝負することが決まっているのです。ねえ、ハヤトさん?」

「え、あー、うん、でも意味がなくなっちゃったなあ……」

「意味ならありますとも。お金を払うことは同じですから、勝てば、ハヤトさんの手にその金額が残ります。まったく現金をお持ちではないのでしょう? そちらの可愛らしいお嬢さんに服を買ってあげることもできますよ?」

「あ、それもそうだ。やろう!」

「ハヤトさん!!」


 それ以降はわたくしがなにを言っても聞いてくれませんでした。

 釣り勝負。確かにハヤトさんが負けることはないように思えます。

 ですが商人が――儲かっていそうな商人が、負ける勝負をしかけるなんてこと、あるのでしょうか? あり得ません。


「おい、釣り勝負だってよ」


 そのときわたくしの耳が、通りがかった旅人の会話をとらえました。


「げっ、あの商人、俺知ってるぜ……釣りにかこつけて金品巻き上げるクソヤローだ」

「そうなのか? でも釣りなんて運勝負だろ?」

「このあたりの釣り場は知り尽くしてるんだよ。自分に絶対有利な条件で勝負してくるから負け知らず――」


 ちょちょちょっとハヤトさん! やっぱりこの勝負ダメですよぉ!!




 だけれどハヤトさんはもう釣りモードになっていて、わたくしの声は届きませんでした。カルアちゃんがわたくしの不安につられたのか、きょろきょろしています。

 わたくしたちがやってきたのは宿場町にほど近い磯場。釣り人がちらほらといますが……いる場所が偏っているように見えますね。


「ではハヤトよ、釣り勝負のルールを説明する」

「おう、どんとこい――」

「ま、待ってください。ルールはどうやって決めたんですか?」


 わたくしが口を挟むと、ハヤトさんは、


「ん? 釣り勝負とかおれほとんどやったことないから、全部お任せ」


 はいダメ――!!

 さっきの旅人の言ったとおりです!


「それいちばんダメなヤツです!」

「え? そうなの?」

「いやいや騎士様。なにをおっしゃいますか。私が今から言おうとしたルールはここビグサーク王国でも非常にポピュラーなものですよ?」

「……え? そ、そうなのですか?」

「はい。ルールは単純。30分で多く魚を釣ったほうの勝ちです。同数だった場合はいちばん大きな魚のサイズで勝負となります」


 あれ……? それなら問題ない、のでしょうか?

 わたくしが迷っていると、商人はハヤトさんに告げます。


「ではこの岩を挟んで東側が私の釣り場、西側がハヤトの釣り場ということで、勝負開始!」


 そうしてのっしのっしと商人が部下を連れて離れていきます――岩より東側、釣り人たちが多いほうへ。

 対して西側には釣り人がまったくいません。わたくしの目からすると同じ磯場なのですが。


「あー、なるほど、そういうことね」

「……ハヤトさん、どういうことですか? このルール、平等なんですよね?」

「いや、平等じゃないよ。向こうのほうがずっと有利」

「は!?」

「釣り人が多いってことは釣れる実績があるってことだよ」

「で、で、でも、ハヤトさんは釣りの名人ですよね?」

「釣りってのは、腕が左右するのは3番目の要素だからね」

「……1番目と2番目は?」

「2番目がエサって言われてる――1番目は、場所」


 終わった。終わりました。戦わずして負けたということでしょうか。

 あの商人がこのあたりを熟知しているというのはほんとうのことのようです。すでに部下を使って釣りの準備を終えています。

 1投目――あっ、いきなり釣りました!


「ハヤトさん! いいんですか、向こうはもう釣り上げてますよ!?」

「ほんとうだ。ネンブツダイだ。いるんだな……この世界にも……」


 ハヤトさんがぶつぶつ言いながらニヤニヤしています。ちょっと気持ち悪いです。


「あっちは小魚がいっぱいいるんだろうね。それじゃあこっちはどうかな」

「急ぎましょう!」


 わたくしが急かしたのもあってハヤトさんが釣り場へと向かいます。

 そこは磯場でした――そんなに大きな違いはなさそうに見える、磯場。


「……なんでしょう? 渦を巻いていますね」

「そうだねえ」

「さ、魚がいないように見えるのですが」

「うん」

「なんで落ち着いているんですか!?」

「いやー、こっちの釣りのレベルがわかるなぁって。この釣り場だと釣れないんだろうね」


 こっちの、というのは、ビグサーク王国の釣りのレベルということでしょうか?

 近隣諸国に比べると海岸線は長く、釣りのレベルは高いはずなのですが。


「は、ハヤト様、ここではお魚が釣れないのですか?」


 カルアちゃんも不安そうにたずねます。


「見てごらん。潮が速いだろ? 磯がきゅっと狭まっているから、ここに潮が絞り込まれて潮流が早くなっているんだ。これじゃあ小魚は落ち着いて暮らせない。しかも底の形状が厄介だ。岩が多くて根掛かりしやすいんだろう。釣り人がいないわけだ」


 あっはっはっは、と笑うハヤトさん――って、


「笑ってる場合ですか!? 負けてもいいんですか!?」

「いやよくできてるなって思って、あのルール。数釣り勝負ってのが肝だよね。サイズ勝負だったらデカイの1尾釣り上げられて大逆転もあり得るから、確実にネンブツダイを釣るってことじゃないかな。ネンブツダイならそこにいるのがわかってればアホほど釣れるし」

「い、今からでも勝負を中止に――」


 走り出そうとしたわたくしの手を、ハヤトさんがつかみました。


「もうひとつの疑問には答えてなかったね。――負ける気、ないから」


 その笑顔は、信じられないくらい自信にあふれたものでした。

釣り人にも悪い人がいます。そういう人のせいで釣り禁止の漁港が増えるのです(実話)。

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