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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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釣り大会3日目・真剣勝負

 おれは立ち上がり、海面を見据える。西から差し込む夕焼けが揺れる海面にキラキラ反射していた。

 静かになった海——魚の気配さえなくなったかに思える海。


 ——海が死んだら、もうなんもできねえよ。ヤツ(・・)がいるんだ。


 ベテラン漁師たちは口をそろえてそう言った。

 反応がなくなったのは、魚にとっての敵が現れたからだ。

 そいつは捕食者(くうもの)だ。

 逃げ惑う魚を追って、食う。この時間帯はヤツにとって食事の時間だ。

 回遊魚も裸足で逃げ出すほどの存在なのだ。


 ——ヤツに挑んだ人間は山ほどいる。だが、ヤツはまだ海にいる。それがどういうことかわかるだろ。


 あらゆる漁師が敗北したのだ。エサを食わせられなかったのではない。食わせても固い歯に針が刺さらなかった漁師もいる。糸を切られた漁師もいる。


 ——小舟に乗って釣りをしてるわけだろ、ワシらはよ。ヤツを掛けたときには——引きずり込まれるかと思った。興奮よりも恐怖が先に来た。そうして、ブツン、だ。糸が切れてくれて良かったと心底思った。


 そう。

 そいつこそがモンスター。

「夕闇の巨大魚(モンスター)」なんだ。


「……行くぞ」


 竿先から垂れているルアーよし。ベイルも開いている。フワフラ糸も絶好調だ。


「よっ」


 おれはルアーをキャストした。先ほど放り込んだ場所と、30センチと違わぬ位置に着水し、波間に波紋が広がった。



『おや? ハヤト選手が仕掛けを投げ入れたようですね』

『もうあきらめた、というわけではなさそうですが……この時間帯は釣れないんですよねえ』



 実況と解説がそう言うと、


「おいおい! 今になってあわてて釣ろうとしてるヤツがいるぜ!」

「ゴマサバはもういねえよ!」


 他の釣り人に散々ゴマサバを釣られたアガーの釣り人たちがやけ気味にあざ笑う。


「ハヤト……」


 離れた場所で、座り込んだランディーのつぶやきが——なぜだか聞こえた。

 おれはちらりと視線をそちらに投げて、うん、とうなずいて見せた。


「!」


 ランディーが立ち上がる。

 きっと、朝から仕掛けを投げ続けて疲労困憊のはずだ。

 しかも魔魚とのファイトまでこなしたあとだ。

 にもかかわらず——ランディーもまた釣り竿を手にした。最後の最後までチャレンジするのだ。


 そうだよ。仕掛けを投げ入れるのを止めたら、絶対に釣れない。

 いつだって魚を釣り上げるのは、仕掛けを投げ込んだ釣り人なんだ。


 おれのルアーが海中に潜っていくのを感じる。

 この釣り大会は、正直いろんなことがありすぎておれの頭の中もどうにかなりそうだ。


 海竜との約束がある。


 アガーのムカつく釣り人たちがいる。


 気持ちのいいオッサン釣り人たちもいる。


 さっさと負けてったゼッポたちやザンゲフさんも会場のどこかで応援してくれてる。


 頼もしい仲間のスノゥが作ってくれた武器(・・)がある。


 眺めているだけでなにもできないのはつらかっただろうけれど、待ち続けてくれたカルアがいる。


 疲れ果ててもまだ戦おうとしてる、ランディーがいる。


 それに——リィンに伝えたい想いがある。


 こんなに切羽詰まって釣りをしたことなんてなかった。こんなに重たいものを背負って釣りをしたことなんてなかった。こんなにマジになれる釣りがあるなんて知らなかった。

 おれの目には海の中がはっきりと見えるようだった。

 ヤツは、腹を空かせて泳いでる。ひっそりとしている湾に入ってきて物色しているんだ。

 そんなヤツの目の前に落ちていく——キンキラに輝くシンキングペンシル。

 魅惑の光がヤツを虜にする。


 さあ、食えよ。


 食ったときが勝負だ。おれと、お前の、一対一。


 その感触はフワフラ糸を伝って、すぐにわかった。


「かかっ……」


 ガツン、という固い手応え——なんて言える余裕はなかった。

 巨大な手でひったくられたかのような衝撃が手元に走った。


「ッ!?」


 竿を立てた瞬間、ジイイイイイイとリールから吐き出される糸。

 マジか。

 そこそこきつめにしてるのに……!


「こいつが、夕闇の巨大魚(モンスター)かっ!」


 釣り竿がしなる。ぐん、ぐんぐん、と竿先が海に引き込まれる。

 始まった。

 おれとヤツの勝負が。



   * 貴賓席 *



『おおおおおおっ!? ハヤト選手、なにかをかけたようですよ!?』

『あの反応! まさか、夕闇の巨大魚(モンスター)と呼ばれている魚かもしれません!!』

『なんですかそのすごそうな名前!』

『首都港の漁師たちが戦いを挑み、破れ続けた伝説とも言える魚です! もし、もし仮に、ここで釣り上げられたとしたら快挙どころじゃありませんよ!』


 会場が、沸きに沸いている。

 それは貴賓席も同じだった。ゴマサバの釣果で優劣がつかなくなり、釣果が団子状態になったために誰が1位なのか怪しくなってきたのだ。

 それを面白く思わないのはアガー君主国の君主代理であり、先ほどから舌打ちしてイスを蹴り飛ばしている。

 各国代表はゴマサバラッシュのおかげで逆に一息ついた感じだ。アガーの独走を防げそうだから——とはいえ、それも集計結果を待たねばならないが。


「おぉ、やってるなあ」


 そんな、様々な思惑が飛び交う貴賓席に響いたのは渋い声だった。


「あらぁん。ようやくいらしたのぉ?」


 この国のトップであるジャークラ公爵がくねりんくねりんしながら立ち上がり、そちらへ向かう。

 が、やってきた人物の周囲は5人の美女で固められており、ジャークラ公爵のくねりん具合を脅威と取ったらしく、警戒心もあらわに現れた人物の腕を取って胸を押しつけている。


「おいおい、大丈夫だっての。俺だって公爵相手に心が揺れ動くような趣味はねぇ」

「あらぁ、つれないのねぇ。——それで、今は面白いことになってるわよ。大賢者様(・・・・)


 各国代表も立ち上がり、その人物を迎える。

 美女を侍らせたその人物——男こそが、大賢者。

 この世界に釣りを広め、大陸に平和をもたらした人間なのだ。


「おお、実況が聞こえてきたぜ。なんかデカイのかけたみてぇだなあ」


 そして彼は、一般観客を見下ろす高さにある貴賓席の手すりから身を乗り出す。

 港を一望できるそこから、釣り人を見やる。


「——ああ、やっぱりなぁ」


 ふふ、と笑う彼に、公爵が、


「なにが『やっぱり』なのよぉ?」

「公爵サンだってわかってんだろ? ——あいつは」


 黒髪黒目の大賢者は、言った。


「俺とおんなじ世界(ところ)から来た、釣り人だ」

ちょっと短くてすみません、キリがよすぎたのと私の頭痛がマッハなので……!

とりあえず週末は寝ないとヤバそうです。

そしてここまでお読みならおわかりかと思いますが、物語のクライマックスでもあります。

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