釣り大会3日目・強烈な引き
「う、くっ——あう!?」
「ランディー、どうした!? かかったか!?」
「す、すさまじい……」
あえぐようにランディーが言うと、横で釣っていたディルアナはすぐさま仕掛けを回収する。
「私が玉網をやる!」
そうディルアナは言ってくれたのだが、ランディーにはそれを聞いている余裕はなかった。
未知の引きだ。目に見えてわかるように竿先がぐんぐん引っ張り込まれると思うと、急に力が開放される。
糸のテンションが緩まないようにランディーはリールを巻く。さもなければ釣り針が外れる可能性があるのだ。
だが引く力が強い。強すぎる。ジィィィとリールが鳴って道糸が吐き出される。
(なんだ、この魚は、なんなんだ!?)
元々釣り人として名前を知られる程度にはランディーも釣りをやりこんできた。しかし、これほどまでに強い引きは体験したことがない。
今までの糸ならば切れていてもおかしくない。だがこれだけ引かれてもなおまったく切れる気配がない、フワフラ糸——ハヤトやカルア、スノゥにリィンが作ってくれた糸はとても頼もしい。
あとは体力勝負だ。
『おおっとぉ! ランディー選手がなにか大物をかけたようですよ! 隣にはディルアナ選手がタモを持ってスタンバイ。いやぁ、麗しい友情ですね!』
『釣り友、いいですねぇ』
実況の声で会場中の視線がランディーに集中する。
そう——その視線はすべてがすべて好意的なものではない。
「……ランディー、がんばれ」
隣でディルアナが、いつでもタモを入れられるよう待機している。
ランディーはすでに、魚と自分、1対1の世界に突入していた。
引き込まれる手の感覚。
見えない海の中に、確かに感じる生き物の鼓動。
釣るか、逃げられるか、自分自身を試される感覚——。
「私は……」
隙を突いて一気に巻き上げる。だが魚も負けじと下へと突っ込んで行く。
「負けないぞッ……!」
一進一退のように感じられた。このまま行くとどちらの体力が尽きるかの勝負だと思われた。
だが、確実にランディーは引き寄せていた。
背ビレが、海の中にちらりと見えた。
『うわああああああああああああああああああ!!』
実況が吠えた。
『淡いブルーの光が背ビレに見えました!! これは、つまり』
『魔魚ゥゥゥゥゥゥ!!』
これまで冷静だった解説も、双眼鏡を見ながら吠えた。
すさまじい歓声が地響きのように沸き上がる。
水面に魚体が現れる。ばしゃりと水しぶきが上がる。
ランディーの目にもはっきりと見えた。
尖った背ビレ、大きい鱗。
本来はピンク色の魚体が、今はブルーの魔力に覆われている。
魔鯛だ。
その魚体は優に40センチを超えている。
『すごいすごいすごいすごい! 信じられません! この大会で魔魚を釣った記録は今までないんですよ! これを釣り上げたらとんでもない記録ですよ!?』
『わ、私も、本物を見たのは初めてです……』
『えっ。タガリさん、解説ですよね? 魔魚初見なんですか!? いや、私もですけども!』
『美しい……この世のものとは思えないものに……是非釣り上げて欲しいです……』
『そ、そうです! ここからの釣り上げが肝心です!』
横ではディルアナの持つタモが、カタカタと震えている。
「ディルアナ! タモを!」
「————」
「ディルアナァッ!!」
「——ハッ」
まさか魔魚が上がってくるとは思いもしなかったのか、ディルアナは茫然自失だった。手前まで魚体は寄っていたが、突っ込んだタモは全然違うところに落ち、魔鯛は一度海中に潜る。
「ご、ごめんなさいっ」
「大丈夫! 次もまた上げる! いいか!?」
「ええ、問題ない——」
ランディーが竿を立て、リールを巻いた——時だ。
彼女のすぐ横に誰かが立っていた。
その手に、ギラリと光る刃が見えた——。
「ランディー!!」
ディルアナはランディーを突き飛ばした。
誰か——男の釣り人が持っていた刃は宙を切った。
「っが!?」
ディルアナが即座に男の膝に蹴りを入れると、男が前のめりに倒れた。そして手から離れた刃が滑っていく。
「お、おい! なんだこりゃ!」
「こいつ刺そうとしたぞ!」
「警備兵はどこだ!!」
釣り人たちが騒然とする。
『な、なにかあったようですよ!? 他の釣り人がランディー選手に斬りつけようとしたのでしょうか!?』
『ディルアナ子爵がランディー選手を妨害したように一瞬見えましたが、彼女はランディー選手を救おうとしたようですね』
『警備兵が突入します!』
先ほどとは全然違う興奮が会場に広がる。
突入してきた警備兵が男を取り押さえる。釣り人たちもランディーたちの周りに集まる。
そして——ディルアナは見た。
その場にへたりと座り込み、自分の両手を見つめているランディーを。
彼女の竿は、もう曲がってはいなかった。釣り糸もだらんと海中に垂れていた。
つまり、
『騒動は鎮圧されたようですが……ランディー選手、魔鯛を逃してしまったようですね』
『ノォォォウ! 魔鯛、魔鯛! 見てみたかったのにぃ!』
『タガリさん、興奮しすぎです』
ディルアナは自分の体温が数度、一気に落ちたように感じられた。
魔鯛がバレた——釣り針が外れたのは、釣り糸のテンションが緩んだからだ。つまり自分がランディーを突き飛ばしたせいなのは、明らかだ。
あれはしょうがない、とは言えない。
なぜなら自分がタモを使うチャンスは1度あった——自分が茫然自失していたせいで、タモに失敗した。
自分のせいでランディーの釣果を、ぶち壊しにしてしまった。
「ランディー……ランディー」
自身の両手を見つめているランディーへと歩んでいくディルアナ。
ランディーの顔を見ることができなかった。
逆の立場だったらきっとランディーは、ちゃんとタモですくいあげてくれたはずだ。魔鯛であっても、驚いたとしても、プロフェッショナルにすくいあげてくれたはずだ。
「……ディルアナ」
ぽつり、とランディーは言った。
ハッ、としてランディーの顔を見る——と、
「ラ、ランディー?」
ランディーは、笑っていたのだ。
「見たか、今の……見たか!? 魔鯛、魔鯛だよ! いまだに信じられん。私が魔鯛をかけたのだ。手が震えているんだ。あの強烈な引きが、まだ手に残っているんだ」
「——ランディー、ランディーっ!」
気づけばディルアナはランディーに抱きついていた。
ランディーは、ディルアナの非を責めるどころか、喜んでいたのだ。
魔魚と戦えた幸せを噛みしめていたのだ。
そして、口にはしなかったが——ランディーの気持ちは痛いほど伝わってくる。
次は絶対に釣り上げる、と。
彼女の顔にはそう書いてあったのだ。
「ごめん、ごめんなさい、私がしっかりしていれば……ちゃんとタモですくい上げられれば……!」
責めてくれたらどれだけ気持ちが楽だったろうか。
「ど、どうしたんだ、ディルアナ? お前泣いてないか?」
「泣きもするよ……! 貴重な魔鯛を逃してしまったのよ! 私がタモを使わなければ……!」
「なにを言ってる。私の両手は完全に塞がってたんだ。あそこで、タモを誰かに使ってもらう必要があった」
「でも……!」
「ディルアナなら任せられると思ったし、ちゃんとやってくれたじゃないか」
「でも……逃してしまった。1度目で入れられれば上げられたのに!」
「いやいやいやいや、魔鯛なんて見たら誰でも動揺するさ。私は先に手応えを感じていたから、魔魚と知っても『やっぱりそうか』って感じだったし」
「ランディー……」
「今の仕掛けで釣れることがわかったんだ。また、釣り上げるぞ」
にっこりと笑ったランディーに、胸が詰まってしまい、逆にまたディルアナの涙腺が緩む。
「お、おいディルアナ……ずるいぞ、そういう顔は。釣りに集中できない」
「……バカね! まだまだ心の鍛え方が足りないのよ! ——ちょっと気持ちを落ち着けてくるから」
ディルアナは目元を押さえながら釣り場から離脱していく。
他の釣り人たちは、ランディーの肩を叩いて、「がんばれ」「ナイスファイト」「いやあ、すげぇ魚だったな」などと口々に励ましながら去っていく。
「……ふう」
ランディーは自分の手をもう一度見た。
震えている。
もう、力の限界だ。
次に大物をかけたとしても引き上げる力は残っていないだろう。
「……参ったね、これは」
『先ほど、ランディー選手を妨害した選手の詳細が判明しました。アガー君主国所属のルーゴル選手です。ルーゴル選手は、今後一切の、公式で開催される釣り大会への参加資格を剥奪されます。また傷害未遂で、ジャークラ公国の法律にのっとって処罰されます』
『それは当然でしょう……魔鯛を逃した罪は大きいですよ』
大会に参加している釣り人たちは「アガー君主国」という名前に反応していた。
ピリッ、と空気が張り詰めていく。
「んん?」
そんな中、
「なんか……緊張感とは違う、変な感じがするけど、なんだろ?」
ゆるい声とともにやってきた釣り人がいた。
「それよりも急いでください!」
「そう。ハヤトはのんびりしすぎ」
「わ、わかってるって」
牛尾隼斗は残り4時間というタイミングで、ようやく大会会場へとやってきたのだ。
真打ち登場です。
魔鯛はクロェイラではないです・笑
先週飲み屋で「今日釣りたてのキンメですよ、どうですか?」と言われたので「何匹くらい釣ったんですか?」と聞いたら「4人で100は行きましたね」と言われ目玉飛び出ました。キンメはうまかったです。




