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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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102/113

釣り大会3日目 波乱

   * 会場 *


 ディルアナが50センチオーバーを釣り上げたことで大会の空気が確かに変わった。

 女性だから、とか、美人だから、とかいう色眼鏡をかけていた参加者は少なからずいた。

 ディルアナはもともと10位以内に入っていたが、それも「初日に回遊魚に遭遇したから」「あれはラッキー」のように考えていたのだろう。

 だが、暫定1位——確実に実力で釣り上げたクロダイ。

 これによって彼女を見る目は——彼女のみならず、隣でタモを使って引き上げたランディーを見る目は、変わった。


「やるじゃねえか!」

「チクショウ、負けられねぇ!」

「くう〜〜! 俺もあれくれぇ釣らねぇと」

水深(タナ)は? ベタ底か?」


 話しかけてきたり、彼女たちをライバル視する釣り人が現れた。

 話しかけてくるのはまず間違いなく貴族や貴族の直接のお抱えではない一般参加の釣り人たちだ。

 ディルアナはノアイラン帝国の貴族だったが、彼女がクロダイを釣って無邪気に喜んでいる姿を見たから、気安く声を掛けてきたのだろう。

 逆にノアイランの他の貴族はまったく話しかけてこない。むしろ無視していた。ここでディルアナに話しかけたら負け——そんな雰囲気すらあった。


(まだまだ、貴族の意識改革は進まぬのだろうな……)


 相変わらず釣り竿を振るランディーは、横目でディルアナを見ながらそう思った。

 ディルアナにかけすぎた負担を緩和したいと帝国皇帝は言っていたはずだが、なかなかうまくはいかないのだろう。


(いけないいけない。こちらはこちらで集中しなければ)


 朝から釣り竿を振り続けてそろそろ腕の限界だった。

 先ほど一度、コツンと当たりがあったあとは続きが来ない。


(どうしてだ? 魚がいるのは間違いない。ディルアナが釣ったのだから。そして私の狙っている場所も問題ないはず。ちゃんと魚が反応(バイト)している)


 考える。考える。考える。


(チヌ釣りの名人は「釣れなければ場所を変える」と言っていた……堤防釣りではそれができない。あの老人の仕掛けと私の仕掛けはさほど変わらないはずだ。——待てよ。同じ仕掛けでも「釣れる日もあれば釣れない日もある」ということだよな)


 その違いはなんだ?


(季節。天候。——ふだん食べているもの……?)


 ハッ、とする。


「ディルアナ!」


 係員が来て、クロダイの計測をしているところでランディーは言う。


「すまないが——チヌの腹を割かせてくれないか」

「なっ!? そんなことできるわけ——」


 驚いたのは係員だ。しかしディルアナは係員を手で制する。


「私は構わないわ。必要なのは魚の全長だし、今計測は終わった。腹を割いても構わないでしょう?」

「し、しかしこれは公国に納められるべきもので……」

「釣り人が魚の腹を割くのは当然なのよ。クロダイの腸なんて誰も食べないんだから——ほら貸して」

「あっ」


 ディルアナは係員からクロダイを取り上げ、地面に置く。


『おおっと? ディルアナ子爵がチヌを地面に置いていますが、なんでしょうね?』

『胃を割いて内容物を見るのではないでしょうか』

『そんなことをするんですか? 血抜きですか?』

『いえいえ。それまでなにを食べていたのか確認するんですよ。そうすることで情報を得て、さらに釣ろうということです』

『なるほど! ディルアナ子爵、暫定1位になってなお釣ると! 貪欲ですね!』


 客席から歓声が上がり、他の釣り人も集まってくる。


(……違う。ディルアナは私のためにそうしてくれたのだ)


 タモを使ってくれたそのお返しだろうか。借りは作りたくないということだろうか。

 いずれにせよありがたかった。


「割くよ」


 ディルアナは刃渡り10センチ程度のナイフを取り出した。すでに周囲は釣り人で人垣ができている。


「おい、テメーは来るんじゃねえよ! アガーのヤツだろ!」

「そうだそうだ! アガーは散々邪魔しやがってよ!」


 人垣に割り込もうとした釣り人を巡ってケンカが起きている。

 どうやら他の釣り人もアガー君主国のやり方に腹を立てているらしい。


「嬢ちゃん。アンタも連中には気をつけな」


 揉めているほうを見ていたランディーに、他の釣り人が言う。ランディーはうなずいて返した。

 そんなことを気にせずディルアナは腹を割いていく。


「これだ」


 胃袋を掻き出すと、刃を入れて内容物を取り出す。

 ほとんどがランディーのまいたコマセのようだったが——。


「ん……このエビはコマセじゃねえな」

「モエビか?」

「んー。川エビにも見えるが、モエビみたいだな」


 半透明のエビが出てくる。


「結局のところ、コマセとアミエビでいいってことだな」


 結論は、それだ。チヌはエビを食っている。そして釣り人たちのエサはほとんどがアミエビというエビを使っている。

 釣り人は納得して散っていく。


(……モエビ。エビか……)


 ランディーはそこからひとつ、ヒントを得た。

 それを見たディルアナが微笑んだが、ランディーはそれには気づかなかった。

 すぐに自分の装備品(タックル)ケースに向かう。

 そして取り出したのは——。




『さあ、手元に届いた情報によりますとやはりディルアナ子爵はクロダイの胃の内容物を確認していたようです。コマセやアミエビをしっかり食べていたということですが、他にはどういった可能性があったんでしょうか?』

『そうですね。カラスガイや小魚などがあるでしょうか。クロダイは雑食として知られていますからね、地域によっては野菜をエサにしたりもするんですよ。トウモロコシ、スイカ、虫のサナギ……』

『それはすごいですね。用意している釣り人はいるんでしょうか?』

『ははは。さすがにいないでしょう』

『おっとぉ? ディルアナ子爵を手伝ったランディー選手ですが、新たな仕掛けを用意したという情報が入ってきました……が、え?』


 実況の声が止まる。


『どうしました? スイカを用意していたんでしょうか?』

『ち、違います。あのーそれが……どうやら彼女が使ったのは、その、化粧品のようで』

『ええええ?』


 解説が上げた驚きの声は、観客たちも同様だったようで、どよめきが広がっていく。


『解説のタガリさんも意外でしたか?』

『それは、そうですね……私は男なもので化粧品には疎いのですが、どうでしょう、食べられる化粧品もあるんですか?』

『いやあ、ないですよ! どう見ても食べ物じゃないですよ!』

『そうですよねえ……一体なにをどうしたのかが気になります。釣り方は変わっていないんですよ』

『さぁてランディー選手、なにをどう考えたのでしょうか。結果は出るのでしょうか?』




 すでにランディーの耳には実況解説の声は届いていなかった。


(これなら行ける……かもしれない。これで釣れたら——)


 彼女が使ったのは、化粧品としてはさほど一般的ではないが、持っている女性もいるはいるという——ラメだ。

 ラメを疑似餌全体にまぶした。

 ランディーが思い出したのは、こんな話だった。夜、足下に白い小魚がいると思ったら、それはエビだった。その日はふつうのルアーではまったく反応がなく——金色のラメが入ったルアーだけ反応があった、と。

 その釣りをした場所はランディーも知らない湾——トウキョウ湾という場所。


(——ハヤトにはまた頭が上がらなくなる……なっ!!)


 着底して、ずるりと引いて——すぐ、反応があった。

 コンコン——ゴツン、という衝撃。


(食ったッ!!)


 ランディーは合わせて竿を立てる。途端に襲いかかるとてつもない力。


「!? な、なん、なんだ、これ——」


 竿ごと引き込まれそうなほどの重さ。

 それはランディーが今まで経験したこともないような引きだった。

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