2-39 強大で厄介な敵とビームは斬り捨てるもの ……はっ、冗談きついぜ。まったくよぉ
まだか、主人公の出番はまだなのか!?
それは、あまりにも強大で。
そして何より、厄介だった。
「……はっ、冗談きついぜ。まったくよぉ」
口元に浮かべた不敵な笑みはそのままに、シズカの額からは冷や汗が流れ落ちる。刀を握る手には力が入り、無意識に一歩後退していしまう。
シズカの視線に先には、イベントがもう少しで終わりだというタイミングで現れた化物、邪物がいた。いや、より正確に言うならば、邪物の頭上のHPゲージをにらみつけていたのだ。
時間は。邪物が出現した少し前に巻き戻る。
邪物が出現した瞬間。シズカたち夜桜とユリィとリルは、契約した精霊の力を加えた最大火力の遠距離攻撃を、邪物に向かって放った。自分たちの攻撃がどのくらい通るのか。それを確認する意味合いもあった攻撃は……邪物のHPゲージをほんの少し、本当にミリ単位で削っただけだった。何の痛痒も与えられてないのと同義なこの結果に、シズカたちは敵への脅威度を数段階引き上げた。
まず、先陣を切ったのはユリィだった。契約精霊のパールドを従え、草原を疾駆し、あっという間に邪物との彼我の距離を詰めると、アーツを発動させた斬舞で邪物の体表を覆う触手を切り刻んだ。パールドは、邪物の注意を主には向けさせまいと上空から魔法をぶつけ、邪物の注意を一心に引いていた。
剣を振り切ったユリィの表情は、険しい。ユリィの放った斬撃乱舞は同レベルのモンスターなら瞬時にHPを散らすような攻撃だった。しかし、邪物はユリィの斬撃など気にもならないとでもいうように、無反応。飛び散った触手が粒子に変換される。それだけだ。邪物本体は、今まさにユリィに気づいたかのようにパールドに向けていた頭部をユリィのほうに向けた。
ユリィは邪物の視線が自分を貫くよりも早く、思いっきり地面を蹴って後退した。軽やかに他のメンバーがいるところまで戻る。
「……物理攻撃に耐性でもあるんでしょうか? ほとんど効果がないです」
「はい、HPゲージを観察してましたけど、ほとんど減ってません」
「……それどころか、再生能力付きみたい。回復してる」
「うはー、なにそれー。大変とかいうレベルじゃないよー?」
ユリィが与えたダメ―ジは、邪物の膨大なHPの前では雀の涙。DPSなら他の追随を許さないユリィの攻撃でもそれなのだ。しかも、相手は少しづつHPが自動回復するというおまけつき。笑えないほどに絶望的な状況だった。
「……ギルマス。あれはたぶんレイドボス。ここにいるメンバーじゃ討伐は難しい」
「マァ、だろうなぁ。その内、他のプレイヤーも集まってくんだろ。とりあえず、そいつらが来るまで何としても生き残る。それがノルマだな」
「……情報収集も大事。あれを丸裸にする」
「だな。おし、レイカにリル。とりあえず弱点を探るぞ。どの属性の魔法が一番効果があるか確かめてくれ」
「わかりましたわ!」
「が、頑張る!」
レイカとリルが、邪物に向かって弱い魔法を次々に放っていく。それが邪物に命中した瞬間のHPの減少具合をクロが観察する。
「……予想通り。リルの神聖魔法が一番ダメージが大きい。次いで光属性。それ以外の属性は同じくらい」
「おし、リル。神聖魔法の中に、エンチャント系の魔法はあるか?」
「うん、あるよ!」
「じゃあ、それを全員の武器にかけてくれ。んでもって、リルの役割は回復と援護。余裕があれば高威力の魔法をぶっ放してくれりゃあいいが、他のメンバーが死なねぇことを優先してくれ。で、レイカ。お前は光魔法の一番高威力の魔法ひたすら撃て。わんさか叩き込んでやれ。クロとミーナは後衛組の護衛だな。クロ、他のプレイヤーが来た時にあれの弱点とかを伝える役目を頼む。で、私、ユリィ、サーヤは接近戦だ。ヒット&ウェイを心掛けつつ、ガンガン行くぞ」
「ギルマス、意味が分かりません」
一気に大雑把になったシズカの指示に、サーヤがジト目を向ける。シズカはそれを笑ってごまかすと、腰の鞘から刀を抜くと、リルのほうに視線を向けた。無言の指示に従い、リルは前衛3人に神聖魔法【ホーリーウェポン】をかける。清涼な光が3人の武器にまとわりついた。
「じゃ、行くぜ!」
「「はいっ!」」
邪物の真正面から疾走を始めたシズカに続いて、双剣を構えたユリィが左に、短剣を構えたサーヤが右側から襲い掛かる。
「オラァ!」
「はぁ!」
「ほいやっ!」
袈裟に振り下ろされた刀が十数本の触手とその下の皮膚を斬り裂き、素早く振るわれた双剣が十字の傷を胴体に刻み込む。膝裏を狙って放たれた短剣は、突き刺さると同時に切り上げられ、邪物の体内を深くえぐった。
「GYAAAAAAAAAAUUUUUUU!!」
弱点属性が付与された斬撃は流石にダメージが入ったのか、邪物がおぞましい叫び声をあげる。
「よし、効いてるようだ……なぁっ!」
「まだです。自動回復がありますからね……」
シズカが口元の笑みを深めながらもう一太刀を叩き込み、ユリィが己の付けた傷をなぞるように再度双剣を振るう。サーヤだけが一度邪物から距離を取り、体制を整えていた。……だからこそ、それに気づくことができた。
「っ! ギルマス! ユリィ! 危ないっ!」
切羽詰まったサーヤの声。呼びかけられた二人は、一瞬、何事かと意識をそちらに向け、
次の瞬間に降り注いだ熱線を、紙一重のところで交わした。
「な―――。あ、あぶねぇ……」
「危機一髪でした……。ありがとうございます、サーヤさん」
地面を転がるようにして邪物との距離をとった二人は、再度邪物に視線を向けたことで、自分が受けた攻撃の正体を知った。
邪物を覆っている無数の触手。その中の、先端に目玉が付いている触手。そこに光が集まっている。収束した光はうごめく触手が付けた照準に従い、三人目がけて発射された。
「ちょ、ビームだとぉ!?」
「回避です!」
「ひ、ひゃあああああああああっ!!」
発射された熱線をほとんど勘頼りに回避。熱線は間をおかずにどんどん放たれてくる。射程があまり長くないのが唯一の救いだろう。
「―――ええい、キリがありません!」
転げまわるように熱線を回避していたユリィが、双剣を構えた状態で足を止めた。逃げることをやめた獲物に、触手たちはいっせいに照準を合わせ、熱線を打ち出した。
光速、とまではいかないが、かなりのスピードで放たれる熱線。足を止めたユリィがなすすべもなく撃ち抜かれる、と思われた。
―――ユリィの手が、ぶれる。
フッという呼吸音とともに、砕け散る熱線。近くで見ていたサーヤが、驚きを隠せずに目を大きく見開いた。
動かないユリィを標的に次々と熱線が放たれるが、そのすべてがユリィの目の前で砕け、無に帰す。
「やっぱり……。シズカさん、サーヤさん! この熱線は私たちの心臓を正確に狙ってきます!」
「なるほどなァ。どこに来るかわかってりゃ、撃墜できるってことか。……せやッ!」
ユリィの言葉の真意にすぐさま気が付いたシズカも、足を止めると飛んできた熱線を刀で切り裂いた。それを呆然と見つめるサーヤ。二人は惚けているサーヤを振り返ると、口をそろえて。
「「さぁ、サーヤ(さん)も」」
「で、できませんよそんな変態技!」
うがー、と憤慨するサーヤだったが、盗賊の危機察知スキルが感知した熱線を慌ててかわす。そしてビームを斬るという絶技をなんともないようにこなす二人にジト目を向けた。
「では、このまま徐々に近づいて行ってみます」
「おう、さっきの攻撃でちったぁダメージがあっただろうし……。って、マジかよおい」
シズカは、ビームを斬り捨てながら前に進み始めたユリィから視線を外し、邪物のHPゲージを注視し……眉間に皺を寄せた。
先程の攻撃で与えることのできたダメージは、全体のHPの一割にも満たない。そのダメージも、熱線で稼がた時間で半分ほど回復してしまっている。
「……はっ、冗談きついぜ。まったくよぉ」
自動回復の厄介さを改めて思い知ったシズカ。その心の内を現すかのように、握りしめた刀が、カチャリ、と震えるような音を上げるのだった。
邪物とかいうすげー適当な名前の敵なのに、鬼つえぇっていうね。
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