2-37 乙女の戦いと宣戦布告 お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんなんですから!
箸休め的な何かです。不幸な主人公はほとんど出てきません。サーヤとユリィが中心の話になります。
アカツキが一人寂しく遺跡を探索していたころ、アカツキと別れた夜桜、ユリィ、リルの面々は、湖フィールドのほとりで休憩していた。
「はぁ……。お兄ちゃん。寂しくて泣いてないといいんですけど……」
「アカツキ様は子供ですか……。それより、サーヤさんの口調が変わってませんか?」
「あの口調はお兄ちゃん専用です。お兄ちゃんの前以外では使いません」
「……そうなんですか。はい、深く考えるのはやめておきますね」
キラキラと陽光を反射してきらめいている水面を見つめているのは、サーヤとユリィだった。他の面々は契約した精霊と少し離れたところで、湖の浅いところで遊んでいる。風に乗って聞こえてくる楽しげな声と水音、たまに戦闘音がしているのは湖から出てくるモンスターと戦っているからだろう。その音を聞きながら、ユリィは柔らかく微笑みを浮かべている。それを、頭の上に契約精霊であるリスを乗せ、横目で見ていたサーヤも口元に微笑みを携え……。
「で、あの女はいったい誰なんですか?」
『目が全く笑っていない笑顔』でユリィにそう問いかけた。ユリィはその笑顔から逃れるようにそっと目をそらす。
「……私には、なんのことかわかりません」
「しらばっくれないでください。あのお兄ちゃんにべったりな、リルさんですよ! 何があったら今日顔を合わせたばっかりの人がお兄ちゃんにあんなに懐いてるんですか!」
「それは……。アカツキ様の病気が発動したとしか言いようがありませんが」
「……お兄ちゃんのバカッ!」
この時、精霊結晶を掘り出していたアカツキが、くしゃみをしてバランスを崩し、自分で掘った穴に堕ちそうになっていたのだが、そんなことは知らぬサーヤは、ぷりぷりとアカツキへの怒りを吐露する。
「なんなんですか何なんですか! 確かにリルさんは美人ですけど、可愛いですけど、いい子ですけど! 妹である私をないがしろにして惚れさせるってどういうことなんですか! 大体、リルさんもリルさんですよ! お兄ちゃんが魅力的でかっこいいのは自然の摂理、宇宙の真理ですよ? とはいえ、流石にあって数時間で惚れるとかチョロインにもほどがありますよ! そこのところ、チョロイン一号さんはどう思いますか?」
「ちょっと待ってください。チョロイン一号ってもしかしなくても私のことですか?」
「え、そうですけど?」
「『当然ですけど何か?』みたいな反応をしないでください! べ、別に私はアカツキ様に惚れてるとかそういうわけじゃ……」
「あー、そう言うのはいいです。見ていればユリィさんがお兄ちゃんのことを大好きだってことはわかりますから」
「え、あ、え……あうう……」
「…………ええい、可愛らしい反応をしてないで、さっさとリルさんとお兄ちゃんとの間になにがあったのかを教えてください!」
顔を真っ赤にしつつも、ユリィはリルとの間にあったことを時系列順に沿って説明する。話を聞くにつれて、サーヤの表情は徐々に呆れへと変化していった。
「はぁ……。お兄ちゃんはお兄ちゃんだった、ということですか……。いちいちカッコよすぎですよ……。わたしだったら絶対惚れてますもん」
「一番のチョロインはサーヤさんなんじゃないですか?」
「はい? わたしはお兄ちゃんにとってはチョロインですよ。お兄ちゃんのやることなすことすべてに惚れてますから」
さらり、と割ととんでもない発言をするサーヤに、ユリィは言葉に詰まる。何でもないようにつぶやかれた言葉は、だからこそ、まぎれもない本心であることがわかる。ユリィは気おされるように、視線をそらした。
「……すごいですね、サーヤさんは」
「全然です。わたしがどれだけお兄ちゃんのことが好きでも、お兄ちゃんにとってわたしは妹でしかありませんから。……わたしは、ユリィさんやリルさんと同じ立場にさえ立ててないんですよ?」
思わずつぶやいたユリィの言葉への返答は、打って変わってとても弱々しいものだった。そこに込められた切なさや悲しみをユリィは想像できない。好きな人が、自分を意識すらしていない。それがとてつもなく辛いことだということだけを、ユリィは理解することができた。
「サーヤさん……」
「……ふふっ、なーんて」
なんて声をかければいいのかわからず、うろたえた声を出すユリィに、サーヤはおどけたような笑みを向ける。そこに、先程の弱々しさは微塵の感じられなかった。
「お兄ちゃんがわたしのことを妹としてしか見ていないことなんて、百も承知です。それでも、お兄ちゃんに一番近くにいるのは変わらない。ほかの誰よりも、お兄ちゃんがわたしを愛してくれているのは変わらないんです。そこに異性としての感情がないにせよ、好きな人から愛情を向けてもらえることが、うれしくないはずないんですから!」
そう、心から嬉しそうに言うサーヤ。自信満々な笑顔を浮かべ、アカツキのことを思い浮かべているのか、うっすらと頬を桃色に染めている。
「ですから、ユリィさんにもリルさんにも、レイカちゃんにだってお兄ちゃんは上げません。お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんなんですから!」
それは、はっきりとした宣戦布告。ユリィに突き付けられた挑戦状だった。サーヤは、アカツキのことが好きなら、わたしを超えてみろと。誰よりも愛されているわたしよりも愛されてみろと、不敵に微笑む。
ユリィはサーヤの強い光を湛える瞳を見つめ…………サーヤと同じ笑みを、口元に刻んだ。
「……そこまで上から目線で言われると、イラっとしますね。そんなに傲慢に構えていると、あっという間に足元をすくわれますよ?」
「ふふっ、いいですよ? やれるものなら、ですけど」
ふっふっふ………。どちらも笑顔なのだが、二人の背後にはにらみ合う虎と竜の姿が見えた。異様な迫力を醸し出す二人に、サーヤの頭の上で昼寝をしていたトスクが「ぴっ!」と悲鳴を上げて飛び起きた。
「おーい、サーヤ、ユリ…………ィ?」
「……なんか、二人の周囲の空気が歪んでる気がする……」
「かかっ、愉快なことになってんじゃねーか。大変だなー、あいつも」
「……? 皆さんは何を言っていますの?」
「うーん、リルもよくわかんないかな?」
笑顔でにらみ合うという器用なことをする二人に、ミーナは不思議そうに、クロはおびえたように、シズカは愉快そうに、レイカとリルは首をかしげるといった、思い思いの反応をするのだった。
「くちゅん! ……さっきからくしゃみが止まらないんだけど……。だれか俺の噂でもしてんのか?」
ラブコメ的な展開が唐突過ぎるか?まぁ、こうでもしないとヒロイン成分が足りなかったし……。
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