2-33 ムシコロースEXとアカツキの悪癖 お、俺を……抱っこして………くれ
説明しよう! ムシコロースEXとは!
緑の森で採集できる薬草、『チュウドク草』という素材アイテムと、虫系統モンスターの素材を[錬金術]で混ぜ合わせると、『虫系統モンスターの素材の性質がすべて消え去ってしまう』という特殊な結果から
「これ、殺虫剤になるんじゃない?」
という結論にたどり着いたことにより生み出された薬である。
チュウドク草に加え、数種類の毒草と活性剤、そして金属粉を混ぜ混ぜして、魔力を流し込みながら錬金することで完成するのがムシコロースEXだ。なんでEXってついてるのかは不明である。出来上がったらついてたんだからしかたがない。
その効果はチュウドク草の性質を強化しまくったものであり、虫系統のモンスターならどんな種類でも問答無用で「めつさつっ!」できてしまう恐ろしい薬なのだ。
「で、でもでも、そんなちょっとじゃあ足りないんじゃないの!?」
もう今にも泣いてしまいそうなリルが、そういってムシコロースEXの瓶を指さす。確かに瓶の中に入っている薬の量は少ない。虫系統のモンスターなら確殺できるとはいえ、一匹に対して一定の量がいる。出来上がった時はそこそこの量があったのだが、実験で調子に乗って使いまくっていたらここまで減ってしまっていた。
「大丈夫、解決策はちゃんと用意してある。《黒導師》をなめるなよ?」
「くろどうし……?」
おっと、そういえば俺がユニークジョブもちだってことは言ってなかったな。まぁ、あとで説明すればいいか。リルになら知られても大丈夫だろうし。
さて、このムシコロースEXの量を増やすことは魔法で可能だ。でも、『特殊効果を持つ水を増大させる』という効果をイメージするのはそれなりに難しい。結構複雑なんだよね。
俺の考えた作戦……と呼ぶには単純な作戦はこうである。
まず、虫たちが逃げないようにこの広場を囲うように壁を作る。そして、上空から増やしたムシコロースEXを降り注がせる。『しんぷるいずべすと』な作戦である。
で、ここで問題が一つ。
上空から降り注がせるのはいいんだが、はじめてつかう魔法を【黒座】と並行使用するのは失敗率を上げるので避けたい。そうすると、俺が上空に行く手段がなくなるのだ。そこをどうするかなんだけど……。
「……いや、これは流石に…………」
解決策は案外早く思いついた。そして、思いついた瞬間、思いっきり顔をしかめてしまった。
「………………」
「? どうかしましたか、アカツキ様?」
うん、方法はすっごく身近にあるんだよ。でもなぁ……。これを自分から頼むのは嫌というか勘弁してほしいというか……。
うん、こんなことで悩んでる場合じゃないのはわかってる。わかっているんだけど………。
俺の内心を葛藤の台風がかき乱していると、リルがローブの裾を控えめに引っ張って来た。
「あ、アカツキちゃん、そんなに悩むくらい大変なら、やらなくてもいいんだよ? り、リルも頑張るからっ」
「リル……」
大丈夫、というように笑顔を向けてくる。けど、その肩は小刻みに震えているし、瞳は恐怖に濡れている。全然大丈夫じゃないのはすぐにわかった。俺に気を使ってくれているということも。
まったく……。怖がっている女の子に、こんなことを言わせるなんて、流石に男として情けなさ過ぎるだろ。
ため息を一つついてから、リルの頭に手をのせる。恐怖でがちがちになっている体から力を抜くようにゆっくりと手を動かす。
「心配してくれてありがとうな、リル。俺は大丈夫だ」
「え、でも……」
「リルが言ってくれただろ? 俺はリルのヒーローだって。なら、その言葉に答えるくらいのことはしてやるよ。それに、これ以上リルに怖い思いをさせてたら、なんのために親衛隊どもからリルをさらったんだって話だろ? だから大丈夫。すぐに終わらせるから。リルは、そこで見ててくれ」
大丈夫だということを頭に乗せた手のひらから伝える。しっかりとリルの目を見て、少しでも恐怖を和らげるように笑顔を浮かべて。
「リルを怖がらせる奴を、絶対に倒してくるから」
こくり、とリルが言葉なくうなずいた。恐怖にこわばっていた表情もすでに融けている。でも、頬が赤くなってるのはなぜなのだろうか?
「……しまった。私としたことが……。アカツキ様の悪癖を忘れていました……」
◇
「……それで、アカツキ様はいったい何をためらっていたのですか?」
「それは……ん? なんでそんなに不機嫌になってるんだ?」
「な・ん・で・も・な・い・で・す!」
「あっはい」
さっそく作戦に映ろうと思ったら、ユリィがなぜか不機嫌になっていた。反対にリルはさっきまで怖がっていたのが何だったのかというくらいに上機嫌なのだが。まぁ、恐怖がなくなったみたいだし、良かったのかな?
「えっと、実は作戦の都合上、ユリィに頼みたいことがあってだな……」
「それをためらっていたんですか? 何度も言いますが、私はアカツキ様の……」
「うん、それは重々承知してる。ユリィがどうこうじゃなくて、俺が『頼む内容』にためらいを覚えてるだけなんだ」
「……?」
うん、まぁ、えっと……。ええい! 腹をくくるかっ!
「ユリィ!」
「は、はい!」
突然大声をだした俺にユリィが驚いたように姿勢を正す。俺は内心に荒れ狂う――――羞恥心に無理やり蓋をして、ユリィをまっすぐ見つめながら言った。
「お、俺を……抱っこして………くれ」
「よろこ……………え?」
ユリィの顔に「どういうこと?」と書いてあった。
「えっと……。ま、魔法を使いながら上空に行かなきゃいけないんだけど……。ムシコロースEXを増やして操りながらほかの魔法は使えないんだ。だから、ユリィに運んでもらおうと思って。……やっぱり嫌だよなこんなの。待ってろ、今別の方法を考えるから……」
「いえ、作戦の変更はなしです。さぁ、早くやりましょう!」
なぜかさっきまでの不機嫌さが一切なくなっているユリィは、全身からやる気をみなぎらせていた。いったい何が機嫌のスイッチになっているのだろうか……?
ユリィは言うや否や俺の背中と膝裏に手を伸ばし、ひょいっと抱き上げた。またお姫様抱っこか……。
リルに見られている恥ずかしさを我慢しながら、風の防壁を上部分だけ解除。ユリィはぐっと体を沈みこませると、ダンッ、という音と同時に上空に飛び出した。
「――――【護石壁】。――――【風鎧】」
作戦通りに広場に周りに壁を出現させる。そしてユリィの滞空時間を上げるために【風鎧】をユリィにかける。
下を見れば、色とりどりのナニカがびっしりと存在しているのが見える。長くは見ていたくない光景だ。ユリィなんて全力で下を見ないようにしている。早くやってしまおう、俺らの精神衛生上。
手にしたムシコロースEXの瓶のふたをとり、中の液体を空中に放りだした。
重力に従って落ちていこうとする液体に魔力を流し込みながら、詠唱を開始する。
「『湧き溢れよ魔の水よ 力を内包せし流れよ激しさを増しすべてを押し流せ』」
魔力を液体に注ぎ込んでいくと、どんどんその量が増えていく。魔力に支えられて俺らの周囲を漂う液体にさらに魔力を流し込みながら、最後の一節を読み上げる!
「【渾侵】!」
俺らの周りを漂っていた大量のムシコロースEXが一つの塊となり、そこから鉄砲水のように下に向かって発射された。ひしめく虫たちに降り注いだムシコロースEXは、気持ち悪い虫を次々に粒子に変換していった。逃げ出そうとする虫もいたが石壁に阻まれてそれもかなわない。
やがて、ムシコロースEXがすべて発射され、地面に跳ね返った水しぶきが虹を作るころには、虫どもの姿はさっぱりと消滅するのだった。
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