2-25 ふざけた正義と喫茶店にて 黙れ。いったいいつお前の発言を許可した
リアル編後編。
「ふぇええええええ! 怖かったですのぉおおおおおおお!」
「あー、よしよし。もう大丈夫だぞー」
「ううぅう……。おにいしゃまぁ……」
泣きじゃくるレイカの煌めく金髪を優しくなでながら、大丈夫だと言い聞かせる。
あんなふうに、男につかまったうえ、ナイフを向けられていたのだ。そりゃ怖かっただろう。捕まっていた時に恐怖で泣いていないだけでも、レイカは十分すごい。
「いやー、助かったよ。東雲君。今、警察を呼んだから。あの男をさっさと引き取ってもらおうか」
「あ、陣野さん。災難でしたね」
陣野さん。この書店でアルバイトとして働いている大学生で、俺のオタク友達でもある。前髪の下を知っていても変わらずに接してくれる貴重な知り合いだ。
陣野さんはビニールテープで動けないようになっている男を一瞥して、力のない笑いをこぼした。
「ハハハ…。いや、情けないな。大人の僕たちがしっかりしないといけないのに。何もできなかった。本当に助かった。ありがとう」
「いえいえ、この本屋にはお世話になってますから。それに、問題が起きていて、それが自分の力でどうにかなるものなら、どうにかする。普通のことですよ」
「それを普通と言えるだけで十分すごいよ。……それで、そのお嬢さんは、東雲君の妹さんなのかな?」
「いえ、妹の友達です。懐かれてるみたいで……。レイカ、大丈夫か?」
「……はい、だいぶ落ち着きましたわ、お兄様」
少し顔を赤らめながら答えるレイカ。……うん、トラウマになっちゃったりはしてないか。よかった。
俺たちを見ていた陣野さんが「ごゆっくり」といたずらっぽい笑みを浮かべながら離れていく。何やら勘違いをしているような気がするけど……。
……さてと、レイカはもう大丈夫だろう。なんでここにいるのかとか、聞きたいことはあるが、それは後でもいいだろう。今は―――
「で? 何か用なのか、剣崎」
――――さっきから視線が鬱陶しい剣崎の相手をしてやるか。
「……君は、東雲咲樹……なのか?」
「ほう、クラスメイトのことを忘れるとは、かなり残念な頭をしているようだな」
「い、いや……でも、いつもは髪を下ろしてるし……」
「まぁいい。とりあえず、俺も暇なわけじゃない。要件ならさっさとすましてくれ」
何か言いたげな視線を向けてくる剣崎。無視だ無視。
「東雲……なんで、いきなり襲ったりしたんだ?」
「……? すまん、何言ってるのか全くわからないんだが?」
「あの男のことだ。あんな不意打ちのような真似をして……。それに、まだ説得の余地があったかもしれないじゃないか。自首すれば罪が軽くなったかもしれないのに。そうだよ、あの人にだって事情があったかもしれないじゃないか! それに、相手が誰だろうと、暴力は駄目なことだ! 東雲のやったことは間違っている!」
……えっと。これはあれか? 剣崎は性善説とかを信じているタイプの人間なのだろうか? いくら正義感が強いといっても、行き過ぎだ。それに、そんな話を襲われた張本人―――レイカの前でするなんて、どんだけ無神経なんだよ。
「えっと、一応聞いておくがお前……。夏の暑さに頭がやられたとかじゃないよな?」
「な……。どういうことだ!」
「正気のセリフだったのか……」
そうか、剣崎の中では、男を絞め落とした俺が悪者になっているのか。確かに暴力は誉められたものじゃない。けど、問題を解決するために必要な力の一つでもある。俺は必要とあらばその力を振るうことをためらうことはないだろう。相手が悪人なら、最悪殺してもいいと考えてるし。
うん、なんだかもう、話すのがめんどくさくなってきたわ。本屋に来たのに、新刊チェックすらできてないんだぞ? 時間はどんどん削られていくし……。もう、相手にしなくてもいいよね?
「よし、レイカ。帰ろう。あのバカは放っておいていい」
「そうですわね。言ってることが無茶苦茶すぎて、正直聞いていて不快でしたわ」
レイカにすら不快扱いされる剣崎。あわれである。
「お、おい! まて東雲! まだ話は……」
「で、レイカはなんでここに?」
「ここの本屋でしか扱ってない本があるのですわ。ネットでもなかなか手に入らないので、直接買いに来たのです」
「なるほど。俺はここの常連なんだよ。奇妙な偶然もあったもんだな」
「ふふ、ですね」
俺とレイカにまるっと無視された剣崎は唖然とした顔を浮かべたまま固まっている。なかなか面白い。スマホで写真に残しておきたくなるような間抜け面だった。
◇
「おっと、そういえばこっちでの自己紹介がまだだったな。東雲咲樹だ。よろしくな」
「わたくしは月宮礼香と申します。どうぞ良しなに」
二度目となる自己紹介をこっちの世界の名で終えた俺と礼香は、近くの喫茶店で涼んでいた。礼香の迎えの車が来るのを待っているのだ。
「礼香か……。なんか、そのまんまだな。まぁ、沙綾のやつもそうだけどさ」
「わたくしは両親から頂いたこの名前を気に入っていますの。お兄様はなぜアカツキという名前にしたのですか?」
「ん? なんとなくだよ。まぁ、東雲とおんなじ意味なんだよ、暁って」
「そうなんですの?」
礼香と窓際の席に向かい合って座り、他愛のない会話をするこの光景は、周りからどう見えているのだろうか? 恋人同士……はないだろうから、仲の良い兄妹とか?
「ねぇねぇ、あそこの席に座ってる二人、すっごく可愛くない?」
「どれどれ? ……ホントだ。アイドルか何かかな?」
「どうだろうね~」
……そうか、男女ペアとすら認識されないのか。わかってましたよ、畜生。
すごく納得いかない感じだが、もう慣れたことなので気にしないでおこう。それが精神安定にはもっとも適してるだろう。コーヒーでも飲んで落ち着くか……。
「それにしても、お兄様は変わりませんわね。こっちでも立派に女の子ですわ」
「……いうな。今になって前髪を上げてきたことを後悔してるんだから」
「こっちでは隠しているといっていましたわね。どうして今はそうしませんの?」
「まぁ、前髪が暑くて鬱陶しいってのもあるけど……。礼香の前だから、隠す必要もないかなって」
「っ!? お、お兄様!? そ、それはいったい……」
「だって、夜桜の皆にはもう知られちゃってるからな。今更隠すモノでもない……って、どうかしたのか?」
「い、いえ、何でもありませんわ。…………これがサーヤお姉さまが言っていた、お兄様の悪癖というやつですか……。確かに厄介です」
うん? 後半が小声でよく聞こえなかったけど……。厄介? 『神話世界』で倒せないモンスターでも出たのだろうか?
「お兄様。今お兄様が考えていることは、完全に的外れですわ」
「エスパーかよ、俺の弟子は」
そこからは、ゲームの話だったり、礼香の学校での愚痴などを聞いて、ゆったりと時間を過ごした。礼香は予想通りのお嬢様で、通ってる学校は俺でも名前を知っているような、この辺じゃ最も有名な私立中学だった。礼香は一年生ながらに生徒会の役員を務めているとか。俺の弟子がハイスペックすぎます。
礼香の学校生活を薔薇色と表現するなら、俺の学校生活は灰色だな。なんせ学校で会話することすらまれなほどに他人とかかわるのを避けているからな。クラスの連中も、前髪お化けな俺の相手などしたくないだろうし、快適なボッチライフを満喫しています。オタクは孤独に強いんだよ。
アップデート終了まで一時間半を切った。そろそろ帰って準備をしなくてはと思っていたところ、礼香の迎えの車もそろそろ来るそうだ。そろそろ喫茶店をお暇しようとしたその時。
「ねぇねぇ、君たち。暇そうじゃない? よかったら僕たちと遊ばないかな?」
「おぉ! 二人ともめっちゃ可愛いジャン! イイところに連れてってやるからよぉ、一緒に来いや」
……どうやら、今日の不幸の女神は絶好調のようだ。まだ俺を解放する気はないと見た。
俺たちに声をかけてきたのは、大学生くらいのチャラい男二人組。いかにも遊んでますよという雰囲気を醸し出している。俺みたいなオタクは絶対近寄らないタイプだ。
この状況。もしかしてナンパされているのだろうか? 俺は男だふざけんな。
「おれ、金髪の子、どうかしたの? 震えちゃってるけど」
「ぎゃははは! もしかして怖がってんのか? 大丈夫大丈夫、怖いことは何にもしねぇよ」
チャラ男たちの言葉に、チャラ男に向けていた視線を礼香に戻す。礼香はできる限りチャラ男たちから離れるようにして、体を震わせていた。その顔に浮かぶ感情は、恐怖。
無理もないだろう。少し前に、ナイフを持った男に人質にされていたのだ。男というものに恐怖心を持ってもおかしくない。……それならなぜ、俺は大丈夫だったのか。それを考えるのはやめておこう。深く考えると泣けてくるから。
とりあえず、丁寧にお引き取りを願おうと、口を開きかけた瞬間。
「ほらっ、来いって言ってんだろうが!」
チャラ男の一人が、礼香の肩をつかもうとするという暴挙にでた。
「い、いや!」
「いてっ、ちっ……いてぇじゃねぇか! こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」
「やめろ」
まっすぐチャラ男をにらみつけ、礼香に伸ばされた手をひねる。手首には、押されると激痛が走るポイントがある。チャラ男のそこに親指をめり込ませる。
「い、痛い痛い! は、離せ!」
「黙れ。いったいいつお前の発言を許可した」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。俺に気おされるように一歩後退するチャラ男その一。動こうとしたチャラ男その二は視線で動きを制する。
「失せろ。お前らの相手をしている時間なんてないんだよ。正直言って視界に納めるのも苦痛なんだ。そのアホ面に一発ぶち込めたらどれだけすっきりするんだろうな? ……試して見るか?」
「ひぃ……。わ、わかった、わかったから手を離してくれ!」
「リョウくん、こいつヤバいって!」
ヤバいとは失礼だな、という抗議の視線をチャラ男その二に向ける。面白いくらいおびえている。
つかんでいた手を乱暴に開放すると、チャラ男たちは一目散に喫茶店を出て行った。
「礼香、大丈夫か? もうあのアホどもはいないからな」
「お兄様……。すみません。わたくし……」
「あんなことがあった後なんだ。男が怖いって思っても仕方がないさ」
申し訳なさそうに目を伏せる礼香。その肩がまだ少し震えているのに気づき、いつもよりも優しく頭をなでる。
そのあと、礼香の迎えの車が来るまで、俺はそうやって礼香を慰めていたのだった。
……喫茶店を出るとき、店員さんに「お姉さま」と呼ばれたことは、気にしないでおこう。誰がお姉さまだふざけんな。
次からはイベントですよー。
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