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不幸で幸福な仮想世界で 『神話世界オンライン』  作者: 原初
魔導と初イベント
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2-24 不幸体質の本領発揮と思わぬ遭遇 ―――俺の、呪いじみた不運さを

 『神話世界オンライン』の初アップデートは、現実世界の時間で半日かけて行われた。ログインできない間の時間を使って部屋の掃除やら食料品の買い出しやらをし終えた俺は、残りの時間を何して過ごそうか、と考えていた。


 時間はまだ五時間ほどある。仮眠をとるには長いし、じゃあ本格的に寝る。そうした場合は、寝過ごしてしまう。そんな中途半端な時間だ。


 どうしようかと、何気なしに部屋を見渡す。目に留まったのは、ラノベやら漫画がぎっしりと詰まった本棚。


「……そういえば、『神話世界』を始めてから、本屋に行ってないな。少しの運動もかねて、行ってみるか」


 そうと決まれば、後は早い。学校指定のジャージを脱ぎ捨て、ジーンズとポロシャツというシンプルなファッションに身を包む。柄とかは特にない。シンプルなのが一番なのだよ。


 鏡で一応身だしなみを確認。……前髪、鬱陶しい。顔を隠すためとはいえ、夏の暑さの下でこの髪型はさすがに拷問だ。


 まぁ、学校に行くわけでもないし、ゲームと同じようにしとくか。ポケットから取り出したヘアピンで右目にかかっている前髪を止め、顔の右半分だけを露出させる。これで良し。


 ……休みということは、学校の連中にあうこともあるわけか。ばったり出会っても他人の振りをしよう。学校ではずっと前髪を下してたから、今の俺をみて東雲咲樹だとわかるやつはいないだろ。


「じゃ、行きますか……」




 ◇




 あかん。舐めてた。


「あ、あつぅ……」


 ギラギラと照り付ける太陽の熱は、アスファルトで吸収反射され、上から下から、容赦なく俺を焼いてくる。ここはサウナかなんかか。汗が止まらんぞ。


 夏が暑いというのは常識であり自然の摂理だが、これにはまいってしまう。本屋までは徒歩で五分ほど。その五分が果てしなく長く感じる。ああ、速く着いてくれ。本屋の中はきっと冷房が効いているはずだ。


「そういえば……夏休みに外出するの、これが初めてなんだよなぁ。引きこもりかよ、俺……。……いや。客観的に見たら引きこもりか」


 そんなどうでもいいことでも考えていないと、脳みそがゆだってしまいそうだ。まぁ、幸いにも本屋はもう目と鼻の先。少し駆け足気味になりながら、俺は本屋に入店した。


 よし、これで地獄のような暑さから解放される。あとは時間まで気に入った本を選んだり、ちょっとマナー違反だけど、立ち読みでもして過ごすか。


 そう思い、開いた自動ドアに一歩足を踏み入れる。だが、この時。俺はひとつのことを失念していた。それは――――


「オラァ! 金だ! さっさと金を持って来いヤァ!」


 ――――俺の、呪いじみた不運さを。


 本屋のレジカウンターの前で、ナイフを振り回しながら叫んでいる三十代の男。男は左腕を中学生くらいの少女の首に回している。人質のつもりなのだろうか。男は唾を飛ばして怒号を上げ、客や店員を脅している。目的は金のようだが……リストラでもされた?


 こうした光景は、本来なら日常からかけ離れた、異常事態と言える出来事なのだろう。だが、悲しいことに俺はこういう場面にやたらと遭遇する。特に銀行とかに所要で行くと、かなりの確率で強盗が入る。本気で勘弁してほしい。


 まぁ、場数を踏んでいるのでこういった状況でも冷静に動ける。すぐに意識を切り替えて男を観察する。……うん、金をよこせと叫んでいるだけだな。理性とかそういうものが感じられない。あの血走った目からして、薬中か? 仲間がいるようにも見えない。


 そんでもって、つかまってる女の子は……。うーん、男の腕で顔がよく見えないな。でも綺麗な金髪をしている。外国人なのだろう。


「早くしねぇと、このガキを殺すぞぉ!? オレは本気だからなぁ!!」


 男はそういってナイフを女の子に向けた。店内にいた客たちが悲鳴を上げる。


 さて、そろそろヤバそうだな。警察は……待ってたら、あの男が何をするかわからない。幸い、男は俺のことに気づいていない。刺激を与えないように、一撃で沈める。


 できるのか? と言われたら、俺は自信をもってこう答えよう。


 余裕だ、と。


 気配と足音を消し、本棚の影に身を隠す。もう常連と言っていいほど、この本屋に通っている。店内のどこに何があるかなどは把握済みだ。それに、列をなしているこの本棚が俺の体を隠してくれる。


 体勢は低く、音は立てない。男の後ろに出るようなルートを選んで本棚の間を縫うようにして進む。このままうまくいけば男の不意を突くことができる。


 そう、うまくいけば、だ。


「やめろ! その子を離すんだ!」


 聞こえたのはそんな叫び声。声からして俺と歳はそう変わらないように思える。


「ああっ!? なんだぁお前。このガキのツレかなんかぁああ!?」

「違う。でも、お前のしていることは許されないことだ! すぐにその子を離しておとなしく自主するんだ!」


 ……何を言ってるんだ、こいつ。あれか、馬鹿なのか? バカなんだろうな。


 そんなことを言っても、犯人を刺激するだけで、なんの成果も得られない。それどころか、女の子の命を危険にさらすかもしれない。考えうる選択肢の中でも、最低と呼べるものだぞ。


 本棚の陰からレジカウンターの方をうかがう。男と相対して必死に説得をしているのは、高校生くらいの男子。そして俺は、そいつの顔に見覚えがあった。


 剣崎光矢。俺のクラスメイト。俺の学校の男子の中で一番人気があるやつだ。正義感が強く、他人を助けるために全力を尽くす。当然のようにイケメンで勉強も運動もできる。いまどき少女漫画にもこんなやつ出てこねぇよとツッコミたくなる存在だ。


 剣崎がなぜここにいるのか。それはいったん置いておこう。なんで男の説得なんてしているのかも理解に苦しむが、今は無視。あいつの正義ごっこに付き合ってる暇はない。男の説得に必死になっている剣崎。ありがたいことに男の意識は完全に剣崎に向いている。これは、チャンスだろう。


 男が立っているレジの前、そのすぐそばの本棚の影に移動。気が付かれて……いない!


 ありがとう、剣崎バカ。お前は良質な囮だよ。


 本棚の影から飛び出し、音を立てないように接近。ここで後頭部を殴打してもよいのだが、相手は女の子とナイフを持っている。男が倒れた拍子に怪我でもされたらかなわない。では、どうするか? 簡単だ。


 無言の接敵、背後から男の首に手を回し、首の側面を強く圧迫。こうすることで動脈から脳に血が上らなくなって、人間は意識を失う。注意点は喉を閉めないこと。気道を絞めるのはかなり苦しいらしい。苦痛を与えることが目的じゃないからな。


「……ぅあ」


 男の体から力が抜け、手から零れ落ちたナイフが乾いた音を鳴らす。ナイフをつま先で明後日の方向に飛ばしておく。


 女の子は……うん、何が何だかわからなずに立ちすくんでいた。そりゃそうか、自分を捕まえていた相手が、よくわからないうちに倒れたら、唖然としてもしょうがないよな。


「大丈夫か?」

「……はっ! な、何なんですの!? 何が起きていますの!?」


 取り乱す女の子。なんか、声に聞き覚えがあるような……。それに、この特徴的なしゃべり方……。


「……レイカ?」

「意味が分かりませ…………お、お兄様?」


 つかまっていた少女――――レイカが、驚きと困惑の混じった声を上げる。


 ……どうしよう、この状況。


 次々と起こる予想外の出来事。本当に呪われているんじゃないかってくらい厄介事に恵まれていると、自分の不幸具合を再確認したのだった。


 

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