2-18 少女の正体と無属性魔法 アカツキちゃん、実はドM ?
心底楽しいといった様子でこちらを見つめてくる黒い少女。ゆらゆらと揺れるツインテールは、機嫌のよい犬の尻尾のようだ。
「クフフ、さぁて、アカツキちゃんは正解できるかナ? 正解できたら、イイことがあるかもヨ?」
……アカツキちゃん呼びが少し――いや、かなり気になるが、我慢しよう。今大切なのは目の前の少女の正体を当てること。
とはいえ、すでに答えは出ている。確証はないが、正解はこれで間違いないと思う。
「ひざまずいて頭を垂れればいいのか? 黒の神」
「クフフ、大正解! ご褒美はボクのキスでどうかナ?」
ずいっと顔を近づけてくる黒い少女――――黒の神。俺に試練を与えた者。
黒の神はゆっくりと近づいてくる。彼女の艶やかな薄桃色の唇が俺の唇目がけて……て、待て待て待て、何をしようとしている!
「近い近い近い! 離れろ!」
「アンッ、もう、女の子に乱暴しちゃ駄目だゾ、アカツキちゃん」
「いきなりファーストキス奪われそうになったら、普通は怒ると思う!」
「クフフ、フラれちゃった。でもアカツキちゃん、まんざらでもなかったんじゃナイ?」
心の奥底まで覗き込まれるような紫紺の瞳は、俺の考えなどすべて読んでいるといわんばかり。なんとなく居心地が悪くて、ふいっと目をそらす。
「………………」
視線の先にいたのは、不機嫌さを隠そうともしないユリィ。無表情なところは変わらないが、全身からあふれるオーラが、『私、機嫌が悪いです』と激しく自己主張していた。正直、怖い。
「……おい、黒の神。なんでユリィはあんなに機嫌が悪いんだよ」
「もう、アカツキちゃん。黒の神なんて堅苦しい呼び方、しなくていいだヨ? たっぷりと愛をこめて、ナトって呼んでほしいナ」
「わかった、ちゃんとナトって呼ぶからとりあえず離してくれっ!」
黒の神――ナトに引っ付かれると、その柔らかな肢体をどうしても意識してしまう。それに、ナトと俺の接する面積が増えるごとに、比例するようにユリィのまとうオーラが強くなっていくのだ。
「……ずいぶんと楽しそう……いえ、うれしそうですね、アカツキ様」
「まぁ、ナトみたいな美少女に抱き着かれて喜ばない男はいな…………あ、いや、なんでもないです」
「きっ!」という鋭い視線でにらんでくるユリィに、スッと姿勢をただす。下手なことを言うと剣戟が飛んできそうだ。何で怒ってるのかはわからないけど………後で、ちゃんと話さないといけない。それだけはわかる。
「で、ナトはどうしてここにいるんだ? 試練が終わったから、お祝いに来てくれたとか?」
話をそらすように、ナトに問いかける。逃げた? 戦略的撤退ってやつだよ。
「ンー、まぁそんな感じかナ? それにしても驚いたヨ、あんな方法で『魔法霧散結界』を破るとは思わなかったからサ」
「ん? あれって物理攻撃で突破するもんじゃないのか?」
魔法が散らされてしまうなら、物理で殴るもんだと思ったんだけど……。違ったの?
「『魔法霧散結界』は魔法の構築に干渉する結界であって、魔力を散らしてるわけじゃないってコト。だから、純粋魔力での攻撃なら普通に効くってことダヨ。その証拠に、アーツは普通に効果があったでショ?」
「……そういえば」
え、なに、じゃあ【堕天之崩撃】はいろんな意味で間違いだったってこと? まじかー、あれホントに痛かったのになー。骨折り損のくたびれもうけとはまさにこのこと。
「純粋魔力を使った魔法、無属性魔法を扱えるカ。最終試練はそれを見極める試練だったんだけド……。アカツキちゃん、実はドM?」
「違う。どちらかと言えばSだ」
無属性魔法は、スキルに存在しなかった。つまり、この試練はスキルに頼らずに魔法が使えるかどうかということが最重要視された試練だったのだろう。無属性魔法はその集大成のようなもの……なのだろうか?
「ちなみに、無属性魔法ってのはどんな魔法なんだ?」
「無属性魔法は、魔法と魔力の中間って感じかナ。魔力はどこにでも、何にでもあるけド、魔力だけじゃ現象は起こせなイ。属性をもって初めて、魔力は魔法にナル。無属性魔法は、その前提を覆して魔力だけで現象を起こス。これは、魔力の性質に圧縮すると半物質かして、エネルギーになるってのがあって、それを利用してル。マァ、魔力を使った物理攻撃だと思ってくれていいヨ」
魔力の性質を利用した魔法……か。これはレイカにも教えてやらないとな。その前に、自分が使えるようにならなきゃ。
「……って、そうじゃない。無属性魔法を扱えるかどうかが試練の内容なら、俺の試練の結果はどうなるんだ?」
「試練自体は何の文句もないヨ。魔力の操作、鍵言の正確さ、想像力、魔法を使った戦闘。それらからして、問題なく無属性魔法を扱えると思うヨ。合格ダ。おめでとうアカツキちゃん。キミはボク、黒の神の試練を突破シタ」
ナトは一転、真剣な表情になり、俺の胸に開いた右手をそっと添えた。
「――――魔を導く者、アカツキ。汝に我が黒き祝福を授けん」
ナトがそうつぶやくと、胸に添えられたナトの手のひらから、何かが流れ込んでくる。魔力とは違う、それよりもずっと強い力の奔流。それが体の中に染み込んでいく。少しずつ少しずつ、俺の体にその力がなじんできたのが実感できる。これが、祝福。
やがて、力の奔流が体の隅々までいきわたると、ナトは真剣な表情をいたずらっぽいものに変え、ちらりとユリィのほうに視線を向けた。
なんとなく嫌な予感がして、ナトから離れようとしたが、どういうわけか体が動かない。チャシャ猫のような笑みを浮かべたナトの姿に、犯人を確信する。
ナトは手を添えている俺の胸をぺたぺたと触り、「ホントに男の子なんダ……」とつぶやいている。今までなんだと思ってたんだ、と叫びたいくなったが、声も出なかった。
ひとしきり確認して満足したのか、ナトは添えていた手を俺の胸から離した。そして、俺の目を強制的に閉じると、心底楽しそうに告げる。
「クフフ、さぁ、試練を突破したご褒美ダヨ」
その言葉のすぐあとに、顔に熱い吐息がかかる感触が。そして、頬に何か柔らかいものが押し当てられて……。
――――《アカツキは、称号[黒き神の寵愛]、[魔を導く者]を習得しました》
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