2-13 暗き場所と起きないユリィ 《安眠中・起こしちゃ駄目だゾ♪》
光を飲み込むような漆黒の闇に足を踏み入れたアカツキとユリィ。二人の視界はすでに使い物にならなくなっており、アカツキはすぐそばにいたはずのユリィがどこにいるのか、すでにわからなくなっていた。アカツキはすぐに光魔法を発動させるが、創り出された光球は暗闇を照らすことなく、逆に闇に飲まれてしまった。
「ユリィ、いる? 魔法で光源を作ろうとしたんだけど、失敗した」
「います。真っ暗で、何も見えません……」
「そうだな……。ユリィ、俺がユリィのほうに手を伸ばすから、それをつかんでくれるか? この状況ではぐれるのはかなりまずいからな」
「わかりました。…………アカツキ様の手を握る……ふふっ♪」
ユリィが緊張感のないことをつぶやいていたが、小声だったためアカツキには聞こえていない。アカツキはゆっくりとユリィのいるほうに向かって手を伸ばした。少しずつ少しずつ手を伸ばしていくと、もう少しで腕が伸び切るというところで指先が何か柔らかいものに触れた。ふにっとした感触と同時に、「ひゃん」とユリィの驚いたような声がした。
「ユリィ、届いたか?」
「あ、ああアカツキ様!? ど、どこを触っているんですか!?」
「ん? 頬っぺたでも触っちゃったか? 悪い悪い。視覚は完全に駄目になってるからな」
「……うう。……まぁ、この状況ですし……。今回は許してあげます」
すねたような声を出すユリィに、アカツキは首をかしげる。そのまま少し考え込み……。カァと頬を赤くした。
「ほ、ほんとにごめん!」
「か、考えないでください! なんでもありません、ありませんからぁ!」
慌てて謝るアカツキと、必死になって叫ぶユリィ。先ほどまでの真剣な様子は何だったのだろう、と首をかしげたくなるような甘い空気が二人の間に流れていた。
ユリィは、差し出されたアカツキの手を暗闇の中で握る。まださっきのことが恥ずかしいのか、つながった二人の手は、熱を伴っていた。
無言で暗闇の中を進む二人。つながった手の感触だけを頼りに互いの存在を感じながら、前へ前へと進んでいく。漆黒に覆われた空間は、どこまで続いているのか、本当に前に進んでいるのかすらわからない。
「……アカツキ様、いますか?」
「ああ、ちゃんといるよ。黒の神殿か……。まさにって感じだな」
不安そうなユリィの声に、アカツキは軽い感じで返す。進むべき道が見えないというのは、想像以上に恐ろしい。それでも二人は互いの手の感触だけを信じて歩みを止めない。
そうして、どれくらい進んだのだろうか? 時間の感覚すらあやふやになってきたとき、漆黒の先に、一筋の光が見え始めた。一歩進むたびに、その光は近づいてくる。二人の進む速度は自然と速くなり、全力で駆け抜けるようにして、その光へと飛び込んだ。
二人が光に触れた瞬間、光は爆ぜた。膨張する光は二人を包み込むと、収束していく。すべてを飲み込む闇の中でなお輝く光は手のひらに収まるほどの大きさまで小さくなると、二人を内部に納めたままフッと消滅した。
「ん……。ここは……?」
アカツキは、見知らぬ場所で目を覚ました。アカツキが倒れていたのは、黒の神殿をさらに豪華に、そして禍々しくしたような場所。
「なんだここ……。って、そうだ、ユリィは!?」
慌ててあたりを見渡すアカツキ。幸い、ユリィはアカツキのすぐそばに倒れていた。規則正しい寝起きを立てているので、ただ寝ているだけらしい。それを確認したアカツキは、安堵に胸をなでおろす。
「良かった……。それで、ここはどこだ? あの暗闇の中を通って、光に飲み込まれて、気が付いたら見知らぬ場所に……。うん、どういうことだろう」
きょろきょろと部屋の中を見回し、不思議そうに首をかしげるアカツキ。
アカツキとユリィが倒れていたところは、部屋の中央部、祭壇のような場所だ。四隅には紫色の炎が灯り、二人の影を揺らめかせる。
「黒の神殿に似てるな。ということは、神殿の深部? あの文章から考えて試練の間とかでもおかしくないんだけど……。そ、それより、ユリィを起こさなきゃ。いつまでの床で寝かせるのは悪いからな」
アカツキは寝ているユリィの肩を少しだけゆする。ユリィが起きる気配はない。もう少し強くゆすってみる。ユリィはピクリとも反応しない。ぺちぺちと頬を叩いてみる。無反応。耳元で「起きろー」と言ってみる。それでも起きない。もういっそ耳元で叫んでみる。それでも、ユリィは目を覚まさなかった。
「ハァハァ……。どういうことだ? 寝息は立ててるから寝てるのは間違いないはず……。なんで起きないんだ? ……そうだ、ステータス!」
アカツキは慌ててメニュー画面を開くと、ユリィのステータスを表示する。称号[白百合姫の主]を持つアカツキは、ユリィのステータスを自由に閲覧することができるのだ。
ユリィのステータスの名前の隣に、こう書かれていた。
――――《安眠中・起こしちゃ駄目だゾ♪》
「これか……。いや、起こしちゃダメと言われましても……。てかこれ、なんて状態異常?」
ステータスを見ながら困惑の表情を浮かべるアカツキ。手持ちの状態異常回復薬を使ってみるが、効果はない。
「うーん。……とりあえず、部屋の中を調べてみるか」
気を取り直して(問題を放置したともいう)アカツキは祭壇から降りた。漆黒の部屋の中をぐるっと回るように一周する。
「ん? なんだこれ」
部屋の東側の壁、そこには黒の神殿にあった金属板を大きくものがはめ込まれていた。文字が刻まれているのも同じだ。アカツキは【黒座】を発動し、上の方から文字列を読んでいく。
――――黒の神話。
陰陽の陰、昼夜の夜、聖魔の魔。万物に反逆する者。世界の裏側。それが黒の神。世界が生まれた時に対となる白き神と同時に産み落とされた存在。
黒はすべてを飲み込み、奪い去る。すべてを受け入れ、拒絶する。矛盾をはらんだ存在。黒の神は『おわりのはじまり』にて世界の行く末を見ているという。
世界が平和になれば災厄を、滅びを迎えそうになれば救いを与える。『おわりのはじまり』にはありとあらゆる災厄と希望が詰まっているといわれている。
黒の神から祝福を受けるもの。それは世界を書き換える力、つまりは魔導の力を持つもの。黒の神は最高位の魔導神であり、漆黒の祝福を受けたものは、無限の魔力を持ち、指先一つで山を消し去るといわれている。
「黒の神……。さっきのところが黒の神殿だとしたら、ここは? 『おわりのはじまり』とかいうところなのか?」
アカツキがそうつぶやいたときだった。いきなり部屋が大きく揺れる。【黒座】によって宙に浮いていたアカツキは影響を受けなかったが、寝ていたユリィは揺れの衝撃をじかに受けてしまい、祭壇の隅まで転がった。アカツキは【黒座】から飛び降りると、転げるようにして祭壇に戻り、揺れの衝撃でも起きないユリィを抱え上げる。
アカツキはアイテムボックスから亜空工房のカギを取り出し、空間に突き刺す。出現した扉を開け、寝室のような扱いになっている和室にユリィを寝かせる。
「ふぅ、とりあえずはこれでいいか……。寝坊助にもほどがあるぞ、ユリィ」
アカツキは苦笑しながら眠るユリィの髪をなでると、亜空工房から出て、扉を消し去った。祭壇の上に一人で佇むアカツキは、瞳を閉じて、思考の中に沈んでいく。
「黒の神……祝福……起きないユリィ……魔導神……。…………。ああ、なるほど。そういうことか」
アカツキが何かに気が付いたようにそう言った瞬間、部屋がより一層強い揺れに襲われた。それに動じることなく【黒座】を発動したアカツキは、揺れる部屋を眺め、ぽつりとこぼす。
「……黒の神の試練が、始まる!」
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