2-3 イノシシ狩りと初めてのソロ戦闘 これが俺の、とっておきだ
バレンタインまであと四時間ですね。皆さん、リア充を血祭りにあげる準備は整いましたか?
ビッグボアと対峙しながら、魔法を詠唱する。遅延でいつでも発動できるように準備しているのだ。単体に効果の高い攻撃魔法を選択する。そうしているうちに、ビッグボアが二度目の突進攻撃を繰り出してくる。この突進は反動ダメージとかは発生しないのか……。なら、無理やり発生させてやるよ!
「『地よ壁となりて我が示しよりいでよ 我が魔力を喰らい不懐と在れ』、【石壁】!」
石壁強化版バージョン1.2だ。詠唱をちょこっと変えただけ、そこまで意味はない。―――それを、俺の足元から出現させる。高くなっていく視界に映るのは、突っ込んでくるビックボアの姿。俺はそれを見据えながらタイミングを計る。………今っ!
石壁の上部を思いっきり踏みつけ、跳躍。俺にまとわりつく【風衣】は、速のステータスを上げるだけでなく、揚力を発生する効果もある。飛べるほどではないが、ジャンプ力がかなり上昇する。風の衣の揚力で、突っ込んでくるビッグボアの頭上を飛び越える。一度突進したら、簡単に止まれないのは確認済み。突進の勢いをそのままに、ビッグボアは俺が足場にした石壁に頭から突っ込む。ガンッ、と鈍い音が響き、ビッグボアは苦悶の鳴き声を上げた。HPゲージが減少したところを見ると、この戦い方は有効なようだ。
【風衣】に守られながら地面に着地した俺は、無防備なビッグボアの背後に向かって【石弾】を連続で発射。ビッグボアのHPが目に見える速度で減少していく。俺の魔法を受けつつも、またもや突進の体勢になったビッグボア。この戦い方で削れるHPは、一ループ二割といったところか……。なら、あと四回繰り返せば終わりだな。
そんな風に皮算用をしつつ、【石壁】の準備に入る。せりあがってきた壁に持ち上げられながら、ビッグボアが突っ込んでくるのを待つ。ほどなくして繰り返し映像のように突進をしてくるビッグボア。その姿は猪突猛進という言葉がよく似合う。
と、ユリィの戦い方にも当てはめた四字熟語を思い浮かべた時、それを調べた時のことをふと思い出した。
確か、イノシシって一度突っ込んだら止まることはできないといわれてるけど、本当は……。
そこまで考えた瞬間、俺は跳躍する方向を後方に変更。バックステップでできる限り壁と距離をとる。それとほぼ同時に、ビッグボアが突進の勢いのまま、横に方向転換した。そのまま今自分が走ってきた方向に戻っていくビッグボア。
さっき俺が攻撃した方法を学習したのか? うん、獣風情とかいってごめんなさい。モンスターだもんね、普通の獣にくらべたらそりゃ頭もいいのだろう。
さてと、突進を暴発させながら背後から舐り殺す方法は取れなくなってしまったな……。まだHPも結構残ってるし。どうしようか………。
「おっと、また突進か……。……『穿て』」
突進してきたビッグボアに、【風矢】を放ち牽制とする。そのままビッグボアとすれ違うようにそのわきを駆け抜ける。
「ここで攻撃……って、うわ!」
ブオンッ、と風を切る音がして、俺の頭上を何かが通り抜ける。とっさに後ろに下がることでそれを回避。結構ぎりぎりだったな……。
俺に放たれた鞭のような攻撃の正体は、三本も生えている尻尾のうちの一本だった。サーヤから聞いた話にはなかったが……。今まで誰も喰らわなかったか、それともこのビッグボアが学習して習得した攻撃方法か……。なんにせよ、不用意に背後に近づくとこうなるわけね……。これはおとなしく、遠距離でちまちまとダメージを与えていくのが得策か。
そこからは、なんとも作業じみた戦いになった。ビッグボアの攻撃は予備動作がわかりやすいので、それを確認したらとにかく距離をとる。突進は基本横に回避。軌道を変えてきたら、後方に逃げる。衝撃での攻撃と、尻尾での攻撃は、近づかなければ使用してこないようだ。突進だけなら、俺の貧弱な身体的ステータスでもなんとかなる。【風衣】の使用が不可避だけど。距離をとったらとにかく魔法を打ち込みまくる。使う魔法はレベル上げもかねて[土魔法]だ。
軌道の変わる突進を何度か避けそこないそうになったが、何とかダメージを喰らうことなくビッグボアのHPを残り三割ほどまで減らすことができた。
「三割か……。ギドベグの場合は凶暴化みたいになったけど、ビッグボアはどうなんだろうか……。うん、あったら厄介だし、ここから一気にHPを削るか」
今にもこちらに突っ込んできそうなビッグボア。その足元を狙って【石壁】を複数展開する。防御ではなく、行動阻害が目的の壁は、ビッグボアが地面に前足を強く叩き付けた瞬間に砕け散るように破壊された。あれが衝撃を発生させる攻撃なのか。距離をとっている俺には少しの振動が感じられただけだった。そして、時間を稼ぐという目的は十分に達成できた。
「見せてやるよビッグボア。これが、俺のとっておきだ」
右手を前に突き出し、左手をそれに支えるように添える。目を閉じて、意識を自分の奥に送り込む。
――――概念選択。属性魔力収束から放射までのプロセスを想像し、必要な分の魔力を集め、操る。攻撃の意志を込めた風属性の魔力。暴れようとするそれを抑え込むようにして圧縮する。
――――鍵言詠唱を開始する。
「『風よ荒れ狂うが汝の意志 抑圧されし激しき感情よ解放されすべてを巻き込むかの如く万象を破壊せよ 力の奔流となりて我が敵を撃て』」
自分の中で、あの砲撃に一番しっくりときた言葉で告げられる詠唱。紡ぎあげたその言葉に込められた概念へと魔力を送り込み、世界にそれを認めさせる。概念現象化までの四工程を達成。俺の突き出した右手には圧縮された魔力が輝いているだろう。
それを、押さえつけられている魔力を、最後の鍵言とともに解き放つ。
「吹き飛ばせ! 【翠砲】!」
砲身のように突き出された右手から、魔力の砲撃が放たれる。押さえつけられていた破壊の意思が暴れ狂う奔流となってビッグボアに直撃し、その巨体を吹き飛ばした。
悲鳴のような鳴き声を上げながら地面にめり込むビッグボア。魔法のダメージと地面に叩き付けられたダメージでHPが大きく削れ……黒く、染まった。
その巨体が粒子に変換されるのを見送りながら、ふう、と一息。
やっぱり、俺一人で戦うと、何度も危険な場面があった。ユリィがいてくれてこその俺の戦いだということを強く自覚したのだった。
「うーん、さすがに一発喰らっただけでHPが吹き飛ぶような貧弱さだけは何とかした方がいいかな? 物防のステータスにSPを振る……。いや、それよりも、装備を整えるのが先かな?」
自分の恰好を見下ろしてみる。うん、いかにも見習い魔法使いですみたいな。ダサいとは言わないけど、地味な恰好だ。初心者装備のままなので、ステータスへの補正も貧弱なものである。一度、サーヤに相談してみるか。ユリィの剣も頼まないといけないからなぁ。やっぱり、NPCが売っているモノよりも、プレイヤーが作ったもののほうが性能がいいのだろうか? そういう情報は……。掲示板とか見てみるか?
そんなことを考えながら、サーヤとユリィはどうしたのだろう……。と、二人がいるであろう方向を見ると……。そこには、数人のプレイヤーだと思われる者たちに囲まれた、ユリィとサーヤの姿があった。何やら、俺のほうを指さしたりして、口論になっている様子。何かのトラブルかな? と二人のほうに近づこうとしたその時だった。
二人を囲んでいたプレイヤーのうちの一人が、腰に帯びていた剣を抜き、二人に向けたのは。
作者はいまから爆裂魔法の練習します。魔力足りるかなぁ…。
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