2-2 安らぎの草原と無自覚のやらかし これは普通にやっているアカツキ様がおかしいのですから
明後日はバレンタインですねー。まぁ、非リアで二次元に倒錯した作者には関係ないことですが。リア充が運びる学校に行くのが憂鬱です。
「おー、ここが本当なら最初に足を踏み入れるフィールド……《安らぎの草原》か。確かにのどかだな」
「ええ、風が気持ちいいです」
ユリィとふたり、なんとなく感慨深いものを感じながら、目の前の草原を眺める。風に流されるようにして揺れる草が、自然の音楽となって耳を楽しませてくれる。草原の緑と空の青。開けた視界は、森の中では味わえなかった自然の解放感を十分に感じさせてくれた。
安らぎの草原。出てるモンスターは一部を除き、大半がレベルが低く、倒しやすいものばかりらしい。まさに初心者向けのフィールドと言える。その分広さはかなりのもので、緑の森からファストまで、二三時間かかるらしい。
だが、ゲーム内でそろそろ一週間が経とうとしているのにもかかわらず、ほとんどのプレイヤーはこの安らぎの草原を抜けることができていないという。
サーヤによると、大きな原因は二つ。
一つ目は、出現モンスターの、例外枠。低レベルで倒しやすいモンスターではないモンスターだ。具体的には二種類のモンスターが、その例外枠に入っている。
一匹目は、巨大なイノシシのようなモンスター。ビッグボアという何のひねりもない名前を付けられたモンスターは、レベル20という緑の森のモンスターよりも高いレベルを誇る。その巨体からは考えられないスピードで繰り出す突進攻撃と、地面を前足で強く踏みつけ、衝撃波を前方にまき散らす攻撃と攻撃手段は二つだけ。しかし、ビックボアを包む毛皮は魔法、物理防御ともに高く、攻撃がほとんど通らない。また、攻撃に気を取られ過ぎると、突進をもろに喰らったりするらしい。フルパーティー(六人パーティーのこと)で挑んでも普通に負けるらしいので、プレイヤーたちは、このビックボアに出会わないように祈りながら草原を進むらしい。逃げ切れるのは、速のステータスを集中して強化しているプレイヤーに限られる。
だが、そのビックボアですらこの草原のボスではないのだという。この草原の王者。それは、一つ目の巨人。体長は5メートルを超え、両手には鋼鉄のハンマーを装備している。レベルは22。それが安らぎの草原のボス、サイクロプスだ。サイクロプスは、縄張りとしているテリトリーに入ったプレイヤーにのみ襲い掛かってくるらしい。交戦して無事だったものはいまだおらず、全員が死に戻りの運命にあっているそうだ。しかも、エンカウントしたあと、ろくに交戦しないまま殺されるので、情報もほとんどないという。現在、サーヤの所属するギルドは、このサイクロプスの討伐を目標にしているとか。
まぁ、そんな強大なモンスターがいるといっても、プレイヤーたちのレベルが上がればいつかは倒されるはずだ。廃人プレイをしているプレイヤーだっているだろう。
だが、レベルを上げるには戦闘するしかない。そして戦闘を行えば、よほどプレイヤースキルが高いもの以外は、必ずと言っていいほどダメージを受ける。
そして、そのダメージを回復するのは、回復系の魔法を除けば、回復薬。つまりポーションである。そのポーションが今、不足しているらしい。
もともとNPCの薬屋から買うことはできたらしいが、このゲームのリアリティの追及は並ではない。無限にポーションが湧き出てくることなどありえないのだ。当然、薬屋で売られているポーションの数にも限りがあり、そこで購入できる分は上位のプレイヤーやギルドが独占しているとのこと。
なら、プレイヤーが作ればいいんじゃ……。と思ったのだが、最初期の5000人のプレイヤーの中で、ポーションを作ることのできるスキル、[調薬]をとっていた人数は、百人にも満たなかった。これは、ベータテスト時代は、ポーションの不足が起こらなかったことから、[調薬]スキルがいらない子扱いされていたことが原因らしい。
じゃあ、新しく[調薬]スキルを取ればいいんじゃないの? と思ったが、生産系スキルは、習得するのに必要なスキルシードが三つと多く、そう簡単に習得することができないという。そして[調薬]スキルもちのプレイヤーは、連日大勢のプレイヤーにポーションを要求されるため、半分くらいはログインすらしていないらしい。
あとはまぁ……人間の心理的に、「自分がやらなくても、ほかの人がやってくれる」という考えがあるんじゃないだろうか?
そんなこんなで、プレイヤーたちは最初のフィールドで四苦八苦しているということだ。
「ん? じゃあ[錬金術]は? [錬金術]なら普通にポーション作れるだろうし……。それにこれ、かなり便利だぞ? レベルが上がれば素材の加工とかも簡単にできるようになるし」
「いやいや、それがおかしいんだって。お兄ちゃん、なんで[錬金術]を使えてるの?」
「……へ?」
サーヤの言い方だと、まるで[錬金術]自体を使えないみたいな言い方なんだが……。俺がそう困惑していると、ユリィが何かに気が付いたように、ポンッと手を叩いた。
「何かわかったのか?」
「はい。アカツキ様があまりに簡単に使っているので忘れていましたが……。サーヤさん。ベータテストで[錬金術]のスキルを習得していたプレイヤーが何と言っていたかわかりますか?」
「えっと確か……。『スキルの実行ができない』とかなんとか言ってたような……。わたしのギルドにも[錬金術]を習得してた娘がいるんだ。その娘が魔法陣を使ってうんうん唸ってたのは覚えてる。結局どうしようもなくなって死にスキルになっちゃったって言ってたよ。ほかにもいたけど、誰も成功させることができなかったんだって。たぶん正規版で[錬金術]スキルを習得してるのって、お兄ちゃんくらいだと思うよ?」
「え? 錬金魔法陣に素材を置いて、それに魔力流しながら【実行】って言うのが基本だろ? それすらできないのか?」
「……まって、お兄ちゃん。魔力を流すってなに?」
「なにって……。魔力を操作して、それを魔法陣に流し込むってだけだぞ?」
「それですよ。アカツキ様がさも当然のように行っている魔力を直接操作するということは、それなりに訓練をして初めてできるようになることです。というか、普通はそんなことしようとは思いませんよ? 思いついたところでできることでもありませんし。アカツキ様がおかしいんです」
淡々とそう言うユリィ。だが、こちらとしてはなんだそれ? である。まさか思い付きでやってみたことが、そんな重要なことだったとは……。考えてみれば、魔力なんて言うよくわからないものを、いきなり動かせというほうが無茶なのか。
とりあえず、魔力の動かし方をサーヤに教えてみるが、結局わからないとのことだった。うーん、魔力の動きを感じるところからわからないとは……。
「うう……。できないよぉ……」
「安心して下さい。これは普通にやっているアカツキ様がおかしいのですから」
「お兄ちゃんめ……こっちでもハイスペックか!」
「いや、そんな恨めしそうな目で見られても……。ていうかユリィ。おかしいってなんだおかしいって」
と、草原を歩きながら騒いでいると、何やら前方から砂煙を上げながら近づいてくるものが見えた。それを見たサーヤが、頬を露骨にひきつらせる。
「うっ。……モンスターが出てこないからもしかしてと思ってたけど……」
サーヤがそう言っているうちに、それは俺らから十メートルほど離れたところで停止した。唸るような鳴き声を上げるのは、灰色の毛皮に全身を覆われた巨大な獣。その姿は現実の動物で言うところのイノシシに酷使していた。口元から生える鋭い牙や、三本もある尻尾がそいつをモンスターだと認識させる。
「ビックボアか」
「まぁ、アカツキ様と一緒にいる時点で、サイクロプスかビックボアか。どちらかに遭遇するとは思っていましたが……」
「お兄ちゃんの不幸体質って、少しぐらいお休み出せないの?」
「残念なことに年中二十四時間無休の働き者だ。それよりも……来るぞ!」
俺の合図とともに、ユリィがサーヤを抱え上げて、戦線から離脱した。草原は遮蔽物がないので隠れることができない。なら、できる限り距離を稼ぐに限る。どうでもいいことだが、なぜサーヤは肩に抱えて、俺はお姫様だっこなのだろうか?
そんなことを考えているうちに、一度大きく叫びをあげたビックボアが、こちらに突進してくる。確かに速いが、突進が来るとわかっていれば避けるのはたやすいことだ。【風衣】を使い敏捷性を上げてから横にかける。俺が立っていた場所を、数秒後にビッグボアが駆け抜けた。そのまま直進していったビッグボアは、十数メートルをそのまま駆け抜け、地面を削りながら停止した。
「ふむ。一度突進したら、簡単には止まることができない、と……」
ちらりとユリィたちが逃げた方向を見ると、すでに十分距離をとっている。これなら巻き込まれる心配はないだろう。
俺は魔力を高ぶらせながら、体勢を戻して、こちらとの距離を詰めてくるビッグボアを見据える。戦闘の準備は、整った。
「さぁて、ビッグボア。獣風情が俺に挑む無謀を、あの世で悔め」
殺戮の宴……間違えた、バレンタインまで、残り28時間。
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