2-1 プロローグと三人旅 お兄ちゃん、いったいどれだけわたしを驚かせれば気が済むの?
二章スタートです。
「『斬』!」
鍵言とともに解き放たれるのは、不可視の刃。それが七つ。俺に向かってきていた緑色の狼七匹を両断し、粒子へと変換する。
「『乱打』!」
左から向かってきていたでっかいイモムシ三体には、威力を強化した風の衝撃をまき散らす。体中を打ち据えられたイモムシたちは、青色の体液をまき散らしながら粒子になった。いつみても気持ち悪い。
最後に残ったのは茶色の肌をもつゴブリン。はぐれなのか、一匹しかいないそいつが俺に向かって棍棒を振りかぶってくる。それを左足を基点にしてくるりと回転。棍棒をかわしつつ、開店の回転の勢いをそのままに、ゴブリンのこめかみに蹴りを叩き込む。もちろん、【重脚】込みでだ。
ゴブリンを吹き飛ばし、後方から迫っていたキツネに【石弾】をぶち込み、粒子に変える。魔法を使えば、この辺のモンスターはほぼ一撃で倒せるようになってきた。だてに知のステータスに極振りしているわけではない。
残りは………さっき吹き飛ばしたゴブリン!
振り向きざまに、前方目がけて遅延していた【風矢】を放つ。こちらに向かって襲い掛かってきていたゴブリンを貫いた風の矢は、ゴブリンの後ろにあった木の幹をえぐってから霧散した。それと同時にゴブリンも粒子に変わる。
「ふぅ…。戦闘終了。もう出てきてもいいぞ」
襲い掛かってきた敵を全滅させた俺は、近くの茂みに向かって声をかける。すると、その茂みがガサゴソとうごめき、その陰からユリィとサーヤが出てきた。ユリィはいつも通りの無表情だが……。サーヤが、なぜか唖然とした表情を浮かべている。
「ん? どうしたんだ、サーヤ。なんかびっくりすることでもあったか?」
「いや、びっくりするも何も……。えぇー……。……お兄ちゃん、強過ぎない? なんで緑の森のモンスター相手に無双してるの? わたしがこのフィールドのモンスターを倒すのに、どんな苦労をしたと……」
「まぁ、魔法使えばこの辺のモンスターは一撃で倒せるし。レベルも俺のほうが高いしな。それに、ユリィだっておんなじことできるぞ?」
「……そうなの、ユリィさん?」
「ええ、まあ。このくらいなら」
さらっとユリィが答えると、サーヤは乾いた笑いを漏らし始めた。
「あははー……ちなみに、お兄ちゃんとユリィさんって、今レベルいくつ?」
「「25」」
「へぇ……。って、高いわぁあああああああ!!」
「うお」
いきなりぷんすか怒り出したサーヤをなだめる。頭をゆっくりと撫でてやれば、たちまちご機嫌になるサーヤ。可愛いやつだと喜ぶべきか、単純だなと嘆くべきか……。
今、俺とユリィ。そしてサーヤの三人は、緑の森を抜けようとしていた。
サーヤは、クエストのアナウンスを聞いた直後。俺がそれに巻き込まれていると確信。ギルドメンバーに断りを入れるや否や、緑の森に突貫してきたらしい。サーヤ曰く、「こんな厄介ごとにお兄ちゃんが巻き込まれてないなんてありえない」だそうだ。その信用に涙が出そう。
で、そんなサーヤをファストの町まで送るのことが一つ目の目的。もう一つは、ユリィの武器の調達である。
実は、ユリィが最後に使った固有魔法、【ノートゥング】。威力が絶大な反面、あの魔法に使用された武器は必ず自壊する。[叡智]先生によると、伝説の魔剣を一時的とは言え、普通の剣に投影するため、その負荷に剣が耐えられないとか。今のユリィは剣のない剣士という、料理の作れない料理人みたいな状態になっている。
戦力外となったユリィに、緑の森のモンスター相手どるにはレベルが足りないサーヤ。なので俺が戦闘を一人で引き受けていると言うわけだ。
ちなみに、サーヤと一緒に行動しているが、これはパーティーを組んでいるわけではない。本当にただ一緒にいるだけだ。パーティーを組んでいないもの同士が共闘してモンスターと戦闘行為を行うと、モンスターのステータスが倍近く跳ね上がるというペナルティが発生するらしく、そのため、サーヤにはユリィと一緒に隠れてもらっていたのだ。
襲い掛かってきたモンスターを倒したので、行軍を再開する。歩き始めて少し経ったとき、サーヤが若干ジト目気味の視線をこちらに向けてきた。
「お兄ちゃんたち、どうしてそんなに高レベルになってるの? たぶん全プレイヤーのなかで、ぶっちぎりにトップのレベルだよ?」
「なんでって言われても……。一つは、[挑戦者]っていう称号の効果だな。パーティーが組めなくなる代わりに、取得経験値が1.3倍になるって言うやつ。あとは……環境? クエストの結果こうなったってのはあるかな? まぁ、初期レベルから緑の森でレベル上げしてからかもな」
「……さすがお兄ちゃん。わたしたちにはできないことを平然とやってのけるね。そこに呆れる苦笑する」
「そこはしびれててくれ」
「?」
ユリィが俺たち兄妹の会話にクエスチョンマークを浮かべている。こういうネタ会話はあまり理解できないらしい。
「ま、まぁ[挑戦者]の効果はドラゴンを倒せばなくなるわけだし……。それに、レベル差があるから、もうこの辺のモンスターじゃ経験値がないに等しいんだよなぁ」
ギドベグを倒した後も、何度もモンスターと戦闘しているが、ステータスに表示されるレベルアップに必要な経験値のゲージがほとんどたまっていないのだ。素材だけがたまっていく状態である。
「わたしは、このフィールドのモンスターを一体倒すのも大変なんだけどなぁ……」
「サーヤさんは盗賊でしょう? 直接的な戦闘はあまり得意ではないのでは?」
「まぁね。お兄ちゃんを探しに来た時も、モンスターとの戦闘を極力避けてたから。じゃなきゃ、お兄ちゃんのところにつく前に死に戻り確定だったよ」
そういって腰にぶら下げたナイフを見せるサーヤ。盗賊職は、不意打ちや状態異常攻撃、罠などの絡めてが得意な職業だ。
「状態異常攻撃……。サーヤ、毒薬とか使うのか?」
「え? あ、うん。アーツで出すこともあるけど、毒薬とかを使ったほうが状態異常の発生確率とかは上がるよ?」
「じゃあ、俺が作った毒薬をあげるよ。ユリィの剣の調達は、サーヤ任せになっちゃうからな……。そのお礼ってことで」
「あれ? お兄ちゃんって[調薬]のスキル持ってるの? でも、町に入れないんじゃ、調薬キットは手に入らないだろうし……」
「いや、[調薬]じゃなくて[錬金術]。結構強力なやつだぞ?」
俺がそう言って毒薬の入った試験管をアイテムストレージから取り出す。それを見たサーヤは、またもや唖然とした表情を浮かべた。なにか驚くようなことでもあったのか?
「どうかしましたか? サーヤさん」
「どうかしたって……。お兄ちゃん、いったいどれだけわたしを驚かせれば気が済むの?」
「べ、別に驚かせようとしてやってるわけじゃないんだが……。[錬金術]で毒薬作るのがそんなにおかしいのか? じゃあ、毒薬じゃなくてポーションなら……」
「ポーション!?」
毒薬の代わりにポーションの入った試験管を取り出したところ、先ほどよりも大きな驚きが返ってきた。本当に、何なのだろうか?
「アカツキ様が作ったポーション、結局一回も使いませんでしたね。あんなにいっぱい作っていたのに……」
「まぁ、ダメージ受けてないからな。そのせいで[生命魔法]のスキルとか死にスキルの領域に入ってるからな。そうだ。サーヤ、毒薬だけじゃなくてポーションもやろうか?」
「……なんかもう、つっむのも疲れたよ……。とりあえずお兄ちゃん。ほかのプレイヤーに、[錬金術]でポーションが作れることは黙っておいた方がいいよ。絶対騒ぎになるから」
サーヤは疲れたようにそういうと、「とりあえず、森を抜けちゃおう。いろいろと話すのはそれからってことで」といった。そこからはモンスターの襲撃もなく、素材の回収やらをしながら黙々と森の中を進んでいった。そうして歩くこと二時間ほど。ぷっつりと森が途切れ、一面見渡す限りの草原にたどり着いた。
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