16 ユリィ無双と風矢の豪雨 しかし、しょせんはゴブリンですね
累計PVが二万突破。ブックマークは二百人を超え、日間ランキングで11位……。なんかもう、夢と現実が分からなくなってきた今日このころ。読んでくださっている方々に、最大限の感謝を!
女――ユリィは、お辞儀の体勢から戻ると同時に、まっすぐギドベグに向けて駆け出した。力強い踏み込みから生み出される速度は、ギドベグとユリィとの距離を、一瞬で喰らいつくす。
だが、ユリィが広場の中心部に到達するころには、我に返ったゴブリンたちが、ユリィを包囲するように隊列を整える。どのゴブリンも仲間が殺された怒りを浮かべながら、各々の武器を構えていた。広場の中心にて、ゴブリンの包囲網にはまったユリィ。一度足を止めるも、その顔には、相変わらずの無表情があった。
「なるほど。ただのゴブリンにしては、多少知恵が回るようですね。……しかし、しょせんはゴブリンですね」
ユリィの平坦な声で紡がれる、嘲笑を含んだつぶやき。小さくつぶやかれたそれは、ゴブリンたちの怒りの炎に、さらなる燃料を注ぎ込む。もう我慢ならんとでも言うように、ゴブリンたちはユリィに攻撃を始めた。
だが、
「甘いです」
ユリィの姿が一瞬ぶれたかと思うと、次の瞬間には複数のゴブリンが粒子へと変換される。高速で、しかし恐ろしく精密に放たれる斬撃は、ゴブリンの首を寸分たがわずなます切りにする。急所を的確に狙う一撃に、ゴブリンたちの勢いが少し鈍った。
ユリィはその隙をつき、まっすぐにギドベグのいる方へと駆けだす。まっすぐに突っ込んでくるユリィに驚きよろめくゴブリンたちを斬って捨てながら、風のように駆け抜ける。何とかそれを押しとどめようとするゴブリンもいたが、ユリィは止まらない。邪魔する者は一切の慈悲もない、と言わんばかりに、両手の剣を走らせる。
ゴブリンたちが次々に殺されていくのを見ていたギドベグは、燃え盛るような怒りとともに、目の前の存在に対する恐れを、確かに抱いていた。ゴブリンが殺されていくにつれて、ギグべドの力が徐々に落ちていっているからだ。眷属が多いほど己が強化される王種の特性上、眷属が減ればその力は比例するように減っていく。
「ナニヲヤッテイル! ハヤクソノ無礼者ヲ殺セェ!」
ギドベグの半場悲鳴に近い叫びを受け、ユリィを止めようと動き出したのは、普通のゴブリンよりも大きく、体格のいいゴブリン―――ホブゴブリンだ。ゴブリンよりもより高い知性を持ち、武器スキルを持つ個体もいる。さらに、ローブと杖を装備した、魔法を使うゴブリン、スペルゴブリンも魔法の詠唱を開始した。
ホブゴブリンが三体、ユリィへと向かう。正面から剣を持った一体が、左右から槍を装備した二体が、ユリを挟み込むように襲い掛かる。それを見たユリィは、短く息を吐き出すと、魔力を高ぶらせた。
「グガァッ!?」
正面にいたホブゴブリンが、驚いたような叫びをあげる。ユリィはその手に持つ剣を下から救い上げるように弾き飛ばすと、彼女にだけ許された詠唱を歌い上げる。
「『我は戦に生きるもの。この足は戦場を駆けるために。この手は剣を振るうために。この目は敵を認識するために。そして我の存在は、数多の命を天に捧げるためにあり。しかし、鮮血に濡れ、傷にまみれようとも、我の精神は高潔なもの。狂気に堕ちず、気高き誇りを持つものなり。戦神の加護よ、今こそ我に力を授けよ。我は汝に、尊き戦いを捧げん』!」
槍もちのホブゴブリンたちの突きを弾き飛ばし、剣を失った一体に蹴りを叩き込むと同時に、最後の鍵言を解き放つ。
「【ヴァルキュリアグラディエイト】!」
戦乙女の固有魔法、【ヴァルキュリアグラディエイト】。強力な自己強化魔法で、自らの利点を最大限に伸ばす、つまり、高いステータスほど強化されるという魔法だ。ユリィの場合は、その速度と力が倍近く上昇する。強力な分、反動も大きく、一度使用したら丸一日は使用できない。文字通り、決戦用の魔法だ。
ユリィは強化された身体能力を持って、槍もちのホブゴブリンを一瞬で切り捨てる。魔法を使う前でも目で追うのが難しいほどの斬撃は、魔法で強化されたことにより、視認不可の斬撃となって、ホブゴブリンの命を刈り取った。剣を弾き飛ばされたホブゴブリンは、やけくそとばかりに、素手でユリィにつかみかかろうとして、首を一閃され崩れ落ちた。
しかし、ゴブリンたちもその光景を惚けてみていたわけではない。スペルゴブリンは詠唱をほぼ終え、弓の扱いに長けたゴブリンアーチャーは、ユリィに狙いを定めている。ギドベグが「ヤレッ!」と号令をかけると同時に、スペルゴブリンはユリィに魔法を放とうとした。
「ワガ魔力ヲ糧二燃エ上ガレ……【かきゅ……ブギャァ!!」
スペルゴブリンが魔法を放とうとした瞬間、その顔面に何かが投擲され、砕け散る。詠唱を無理やり中断させられたスペルゴブリンが、慌てて詠唱を再開しようとした瞬間。スペルゴブリンを、壮絶な苦痛が襲った。体中が焼けつくような熱と痛みが襲い、猛烈な酩酊感に崩れ落ちる。スペルゴブリンが、途切れそうになる意識の中、原因を探ろうと地面を見ると、そこには割れたガラスと、異臭を放つ液体が地面にシミを作っていた。さらに、あたりに目を向けると、自分と同じように崩れ落ちているゴブリンアーチャーの姿が見えた。
(コレハ………ドク……カ……)
その思考を最後に、スペルゴブリンの意識は永遠の闇に閉ざされた。
(ドウナッテイル! ナゼ……ナゼワレラガ襲ワレテイルノダッ!)
ギドベグは、何度目かわからない叫びを、頭の中で上げる。目の前で起こっていることが、どのようなことかは理解していても、その現実を認めることができていない。ギドベグがそうしているうちにも、ユリィは包囲しているゴブリンたちを淡々と処理しながら、ギドベグとの距離を縮めている。すでに、集落の中でも先鋭だったホブゴブリンたちは殺され、遠距離攻撃を得意としていた上位種たちは、どこからか飛んできた試験管に入っていた毒で倒れ伏しており、一体、また一体とその体を粒子に変えている。
その光景をみて、ギドベグの焦りは加速する。たった一人の、それも女ごときに何ができると高をくくっていた。その結果がこれだ。先鋭はほとんどが殺され、通常種のゴブリンたちは恐れで右往左往している。逃げ出さないのは、脱走した場合、ギドベグからどんな制裁を喰らうかわからないからである。
(クソ、クソ、クソ、クソォオオオオオオオッ! ドウスレバ……。…………。…………)
ギドベグがこうも焦っているのは、単純に『自分たちに脅威的な存在』と言うものに、これまで遭遇したことがなかったからだ。ゴブリンキングになってからは、それが特に顕著に出ている。圧倒的な戦いしかしたことがなかったゆえの弱点と言えるだろう。
「さて、やっとここまでたどり着きましたか。実力の差もわからない雑魚を相手にするのは、骨が折れます」
気が付けば、ギドベグとユリィは対峙していた。目の前の自分の半分の大きさもない存在に、ギドベグは確かに恐怖していた。しかし、ギドベグにも王としてのプライドがある。そのプライドを持って恐怖をねじ伏せたギドベグは、手にした大剣型の魔剣を油断なく構えた。そして、いまだ恐慌状態にあるゴブリンたちに、眷属強化の能力の一つである、ある程度強制力を持った命令を下す力で、ユリィと自分たちを囲むように命じた。
「……貴様、ナニモノダ?」
「最初に申し上げたのを聞いていなかったのですか? さすがはゴブリン。王といえど、愚かなのには変わりありませんね」
「………。……ソウカ、死二タイヨウダナッ!」
受け入れがたい現実を突き付けてくる存在に、ギドべグがある意味当然ともいえる問いを投げかける。しかし帰ってきたのはあからさまな嘲り。もともと気が長い方ではないギドベグは、その嘲笑交じりの言葉に、感じていた恐怖も忘れて怒り狂った。憤怒に任せて放たれた一撃は、風のうなりを上げながら、ユリィに襲い掛かる。必殺の威力の込められた斬撃は、しかし、ユリィのひょいっ、という軽い動作でよけられてしまう。振り下ろした大剣を、地面すれすれで強引に方向転換させた横薙ぎも、とんっ、と軽く後ろにはねることで回避された。
「ガァアアアアアアアア!」
「当たりませんよ、そんなわかりやすい攻撃なんて」
「黙レェエエエエエエエ! ハヤク、死ネェエエエエエエエ!!」
まるで、ギドベグを翻弄するかのように軽やかな動きで回避し続けるユリィ。ユリィからは一切の攻撃をせず、ただただギドベグの攻撃を回避することに専念している。しかし、それは攻撃をする余裕がないのではなく、単にギドベグを挑発しているだけだ。その証拠に、ユリィはギドベグの攻撃の隙をつき、軽く剣でギドベグの額を叩いたりしている。完全に遊ばれていた。
ギドベグは自分の攻撃がかすりもしない焦り。そして自分のことを舐めきっているユリィの行動に対する怒りで、だんだんと攻撃が単調で隙の多いものになっていることに気が付いていなかった。そして、ついに感情に任せた大上段からの振り下ろしが、地面に深々と刺さってしまった。力を籠めるが、かなり深くまで食い込んだ大剣は、ちょっとやそっとでは抜けないほどになっていた。
「隙ありです。――――【山剣】」
ユリィがそうつぶやきながら、両手の剣を目いっぱい振りかぶる。まるで弓で矢を引くようにためられた力は、オーラをまとった剣を叩き込まれたギドベグに、ぶちまけられた。黒鉄製の鎧を薄氷のごとく砕きながら、ギドベグの巨体を吹き飛ばす。吹き飛ばされたのは、ゴブリンたちがいる方向。ギドベグの着地地点にいたゴブリンたちは、慌てて逃げ出そうとするも、その巨体に押しつぶされていた。
「グァハッ!!」
胴体に叩き込まれた重撃に、血反吐を吐き出すギドベグ。起き上がろうとするが、うまく力が入らずに崩れ落ちる。ギドベグは、恨みをこもった視線を、ユリィのいる、集落の入口付近に向けた。岩肌の斜面の下にある洞窟。その前にたつユリィは、すでにギドベグのほうを見ていなかった。ギドベグに背を向け、斜面のほうを向くと、軽業師のような軽快な跳躍で、斜面を駆けのぼっていく。それを目で追っていったギドベグは、斜面の上のほう、突きでた岩が多くなっている地点に、おかしなものを見つけた。
それは、斜面から突き出るようにしてある岩の板の上に、胡坐をかいて座っている人間の姿。自然の岩が並ぶなかで、その人間が座っている岩だけは、不自然なほどに整った形をしている。
斜面を駆けのぼったユリィは、その人間のそばの岩に着地すると、一言二言人間に話しかけた。それにうなずいた人間は、ちょうど一塊になっているゴブリンたちのほうを見やると、二コリ、とこの状況に不釣り合いな明るい笑みをうかべ、何かをつぶやいた。
「――――」
ギドベグのところからでは、つぶやいたそれが何なのかはわからない。しかし、その直後に眼前に広がった光景に、絶望の表情を浮かべた。
――――視界を完全に埋め尽くしてもまだ足りないほどの、大量の風で形作られた矢。
それが、ギドベグとゴブリンたちに、豪雨のごとく降り注いだ。
ユリィつよすぎぃ、な回でした。次回からまたアカツキ視点に戻ります。
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