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地球を守る

作者: タオニア

※リケジョのお話です。眠たくなります。



(宇宙にへこみがあったら……。

そんな妄想を丁寧に書いてみようと思って作ったお話です。)


199X年、宇宙の法則が乱れた。



当時、私はまだ中学生になったばかりだった。

 勉強はあまり好きじゃなかったから、馬鹿でも通ると言われている地元の中学に進学した。一緒の中学に行く友達も多かったし、片思いしていた男の子もいた。



その日も普通に登校していた。


入学式を終えたばかりで、まだシワ一つ付いていない真新しい制服を着て、友達と一緒に登校した。

だけど宇宙の法則が乱れて何もかも分からなくなった。






あれから15年の時間が流れた。

 私は寂しさを埋めるために、強くなるために、ひたすら勉強した。私は所謂、リケジョと呼ばれる人種になっていた。いつも目の下に隈が出来ていた。

自分でいうのもなんだが、私には努力の才能があったんだと思う。

 2年前、宇宙の活動についての調査を専門とする研究機関の下で、研究員として働くことがようやく決まった。大学での研究が認められたのだ。


どうしても宇宙のことが忘れられなかった。

 周りから色々言われることもあったが、最初は先輩に手取り足取り教えてもらいながら少しずつ仕事を覚えていった。そうした努力が認められ、2か月前に私は主任研究員になった。

いつの間にか先輩より給料が高くなってしまった。


でもその時にも先輩はお祝いしてくれた。

 先輩は周りが見えなくなって、迷惑かけちゃったり、男勝りな部分もなるけど可愛らしい女性だ。昔は友達と遊ぶことしか知らなかったけど、今は研究しかしていなかった。


先輩が昔の私を見たらどう思うのだろうか。

 先輩はあの日をどう過ごしたのだろうか。あの時の私は、何一つ分からなかったけど、今の私ならどうだろうか? 


かつての私には分からなかったことが、何か一つでも分かるのだろうか? 





宇宙は15年の間に非常にゆっくりと確実に変化していった。

 15年前に宇宙に起こった異変は物理学者や天文学者の間に様々な物議を醸した。

15年分の観測データと、数週間に及ぶ実験の結果から、宇宙に関する3つの性質が変化していることを発見した。


 1つは、地球を含む太陽系全ての惑星の動きが完全に停止したということ。

今まではそれぞれの惑星が恒星である太陽の周りを公転していたが、その動きが完全に停止したということ。

 2つ目は、宇宙空間上の何も無いところと惑星が存在するところで、凹凸が生じたということである。つまり、それぞれの惑星自体が持つ膨大な質量によって宇宙に生じていた空間のゆがみが、物理的に意味を成すものに変化したということである。


 そして3つ目は、宇宙空間全体に重力が発生していることだった。

それによって、地球は、他の惑星によって作られた空間の凹凸を、転がり落ちることが予想された。その結果、地球は内部に膨大な運動エネルギーを保有し数年以内に木星に衝突することが判明した。



 全てを知った時、私は自分がやって来た事が酷く無駄なことに思えた。


もっと遊んでおけば良かった。

いい男を捕まえておけばよかった。

なにより、あの時死んでおけばよかったかもしれない。

15年前に死ぬか、数年後に死ぬかの違いしかなかった。

 でもそれもこれも全部、運命だったのかもしれない。私は今ここに立って、宇宙について知ってしまったということは、もしかしたら、あの日の私にはやりたくても出来なかったことが、今なら見えるかもしれない。

このことを所長は内密にしようとしていたが、当然隠せるはずもなく、情報は瞬く間に広がった。





どっかの首脳「人類は地球を放棄します」


 政府は直ぐに声明を発表した。

 これに各国も賛同し、国連に対して人類の地球圏脱出の為の素案を共同提出した。だが、地球を捨てるという選択を良く思わない国も多く、最後まで地球と運命を共にすべきという考えも存在した。

 地球の総人口である70億人分の宇宙船、宇宙だけで自給自足できる環境、今よりも少しでも多くの宇宙についての情報。


やる事が山積みだった。

 圧倒的な人材不足の為、主任研究員と室長を兼任する形で私にもプロジェクトが任された。

 それは衝突時においての地球の防衛計画についてだった。

 政府は頼みの綱として、木星衝突時の地球の防衛についての計画もそれぞれの研究機関に委託していた。だが、防衛計画なんて所詮、最後の悪あがきでしかなかった。

 今の技術では、衝突自体はもうどうしようもなく、せいぜい衝突するまでのタイムリミットを1分でも延ばせればいい方だった。

誰もそんな責任は取りたくはない。

 恐らくこの計画は多くの人の元から散々たらい回しにされた後だったのだろう。人々は誰も期待していなかったが、それでも私はやるしかなかった。





作業員A「観測班からの報告です。本日22時、太陽系第6惑星である土星が」

作業員A「木星のロシュ限界の範囲内に入りました。間もなく衝突するとのことです!」


 その報告とほぼ同時に土星は木星に衝突した。


観測開始から、まだ1か月もたっていなかった。

 その有様を見て、地球に残ると主張していた国々が次々と宇宙船開発に乗り出した。

正確には、宇宙船を作るだけの技術力を持たない国がほとんどだった為、大国の従属国に甘んじることになる。


 それから数時間後、衝撃の余波が地球まで到達した。

 それにより、偵察や資料採取の為の人工衛星や宇宙ステーションは完全に崩壊した。

 今回の衝突についての観測班は私の先輩が室長をしていて、それと同時に人類の他の惑星への移住計画も進めていたが、それらは全て白紙に戻された。


 太陽系全ての惑星が、木星や土星の重力によって作られる空間の凹凸を転がり落ちていると推測されたからである。




先輩「坂道を転がり落ちる岩石の様に、何かにぶつかるまでこの地球も転がり続ける」


 現在地球と木星との距離は初期位置とほとんど変わっていない。

これはおそらく地球自体はまだ、ほんの少ししか動いておらず、本格的に動き始めるのは4年と11か月後と予想されている。


 現在の地球と木星間の距離は約8億キロあるが、計算では11か月目の最後の日の夕方には転がり始め、日付が変わる頃には衝突する見込みである。


 その時の地球の最高時速は、1億km/hに到達する計算である。現在の技術で作れる機体の性能では、どう頑張っても木星まで届かないため、木星に関しては最後の日の夕方に作戦を決行されることが決まった。





 私に任された仕事は、地球の予定到達地点に存在する木星の排除、もしくは何とかして地球の軌道を変更し、他の惑星に衝突しない様にすること、この2つだった。


 木星に関しては宇宙での作業を前提とした機体の性能にもよるが、現在の位置からでは何をどう頑張っても干渉することは出来ない。そのため、地球が本格的に動き出す前に地球自体の軌道に影響を与える作戦を遂行することになった。


 現在各国が保有する核を宇宙空間で爆発させて地球に推進力を与える作戦が、私の最初の仕事だった。半年後には決行する予定だったが、核の受け渡しが思うようにいかずに予定の量の半分も集まらなかった。

予定より大幅に遅れて2年後に作戦は開始された。


 私は人工衛星に核を搭載して地球の衛星軌道上に乗せ、予定の地点に到達した時に、衛星ごと爆発させた。第一波だけでは弱いと踏んだ私に、所長や先輩の持っているルートからの核がギリギリで到着した。現行する人工衛星と2年間で製造されていた分の脱出用の宇宙船の全てに、ありったけの核を詰め込んで同じ地点で爆発させた。



 地球の軌道上に存在していたほぼ全ての小惑星を吹き飛ばすことには成功したが、地球はほとんど影響を受けていなかった。協力してくれた全ての人々からの信頼はなくなったようなものだった。


 私たちは地上で使用可能な、ほぼ全ての核兵器と2年間分の時間を失って、最初の作戦を失敗した。






 今、地球は、木星の強大な重力によって作り出された空間のゆがみを転がり落ちている。


 木星は地球の何十倍も大きい。

地球よりも木星側にある、火星もまた木星に引き込まれていく。

 最初はほとんど動かなかったが、ある時から急激にそのスピードを増してゆく。その途中の何十も存在する衛星に衝突し、木星よりも更に奥のゆがみに堕ちてゆく。


一度ハマったら二度と出られない。

地球よりも先に土星が木星に衝突した。

吐き出し口の周りに詰まっているパチンコの玉の様に、全く動けないでいる。その先に何があるかもわからない木星のガスの中に堕ちてゆく。


 人類は地球を捨てなければならない。

もう地球は人間達の楽園ではない。宇宙船がやっとまともに飛ばせる程度の技術力で、第二の地球を探して宇宙へ飛び出していかなくてはならない。

考える時間も無い。

 一度転がり始めたらもう止まらない。

人類は上へ、上へ、逃げなければならない。


……そこまで考えて、私は我に返った。

 先輩に勧められて休憩中はコーヒーを飲むようにしたが、どうにもこの苦さが好きになれなかった。





 先輩には色々教えてもらった。


 勉強しかしてこなかった私にアニメや漫画を勧めてくれたりもした。

でもその先輩はもういない。

 先の移住計画が頓挫したことで、その責任を取らされたのだ。

火星を住めるようにするための先行投資として数百人レベルで優秀な人材を宇宙に上げたばかりだったのだ。だが、彼らが滞在していた宇宙ステーションは跡形もなく砕けてしまった。しかも火星も地球とほとんど同じタイミングで木星に衝突してしまう。


私「……っ」

先輩のあんな顔は初めて見た。


先輩だって移住計画が意味をなさないことくらい最初から分かっていたのだろう。だけどやらないなんて世論が許さない。

先輩は国に利用されたのだ。

 私も、技術面での防衛計画を一任されている身なのだから、後を追って辞めるなんてことは出来ない。


でも私も先輩と同じように使い捨てられるのだろうか……。






 作戦失敗によって、私は被爆地の開拓へと左遷された。

そこは見るも無残な姿になっていた。

私の指示一つで死んだ人間は計り知れなかった。






 私は、木星を破壊するという名目で、もう一度作戦指揮を任された。


本当はやりたくなかった。

もう十分だった。

 でも、仕事を受ける前に、やらなければならないことが2つあった。

今までお世話になった人たちへの挨拶回りと、遺書を書くことだった。

 前の作戦では、無我夢中だったし、何より失敗するなんて思っていなかった。元がそういう性分だったから、交渉の為に色んな国に行くのも楽しかった。周りからも期待されて、人類を救ったヒーローになるはずだった。作戦が終わった時にはもう、夜逃げをする算段をしていた。


でも無駄だった。


 様々なメディアにそのことを取り上げられ、私は居場所を失った。

それは拷問のようなものだった。私は遺書に何も書くことが出来なかった。高齢になる母への負担が大きい為、親戚への挨拶回りも私が引き受けた。何度頭を下げたか分からなくなって来た頃、ようやく最後の家にたどり着いた。


そこは先輩のアパートだった。

 先輩が失踪したのは、もう何年も前のことだった。久しぶりに来たこの場所で、居間のテーブルの上に、一通の封筒が置かれているのに気付いた。


封筒の中には鍵と、それを使う場所が書かれてあった。



そこはかつて私たちが務めていた研究所だった。


 先輩には色々良くしてもらっていたが、先輩の研究室に入れてもらったことはなかった。そこには、核反応を原動力とした人型ロボットの原型が置かれていた。高出力のブースターを積んでおり、宇宙空間での稼働を想定していた。


それは、先輩の集大成ともいえるものだった。

 研究者としての名誉を捨て、仲間からの信頼を捨て、そして女を捨て、全てを費やして完成させたのだろう。


私はそれに美しさを感じた。

 そして私は、先輩が見ることができなかったものを見てみたいと感じた。そうして私はもう一度作戦指揮を引き受けた。




 人類の楽園である地球を守るための最後の希望、現代の科学の粋を集めて建造された地球外専用人型作業用ロボット。


 私がこの計画の指揮を執り、莫大な資金の投入や様々な企業や大学と連携を取りながら、残りの時間のほぼ全てを掛け、期限ギリギリで完成を迎えた。

先輩の原型をベースとし、機体の操作系にはコックピットを導入、中に人が乗り込むことで精密な作業を可能にした。

最新型には脱出機能を導入したが、今回の作戦で使用される見込みは薄かった。


 最初は木星ごと、破壊するための軌道兵器を全ての機体に搭載する予定だったが、3年という時間ではどうしても開発が間に合わない為、初期型の機体に取り付けるしたなかった。その為、軌道兵器を使用する隊長だけはスペックが劣る初期型になるが、数十回に及ぶ起動実験では、先輩の執念が乗り移ったかの如く、驚異的な機動力を見せつけた。


パイロットの人材育成も、人類の地球圏脱出計画と並行しながら行われた。

 その為、何かしらの問題を抱えているがために、向こうの計画の最終選抜に通らなかった者が機体のパイロットとして選ばれた。問題があるといえど、何年も前から訓練を積んできた彼らはパイロットとして十分な素質を持ち合わせていた。


 彼らは地球外特殊作業班として、その機体に乗り込み、宇宙での活動が命じられた。

 実際に行動を起こす作業班の班長は、最初の作戦で人工衛星を地上から操作した彼に任された。

作戦は地上から機体の打ち上げができるギリギリのタイミングで行われた。だが、彼らが見たのは、限界まで迫りくる木星の姿だった。




私「まず、今回の作戦の概要を説明します。


  あと数時間で木星と衝突する今、木星自体をどうにかすることは出来ません。そこで我々地球外特殊 作業班は、少しでも時間稼ぎをするためにその木星に付属している67の衛星の内、地球に衝突する可 能性のあるものの排除を目標とします。


  現在、宇宙空間全体に重力が生じていますが、木星の重力の方が大きい場所ではまだ衛星が機能して います。小惑星程度なら一撃で破壊できますが、闇雲に撃っても無駄にエネルギーを消費するだけで  す。


  一応、事前に予想される各衛星の軌道データを送ってありますが、作業班はそれぞれの衛星の軌道を 見極めその軌道を木星側にずらしてください。一定以下の距離になると、木星のロシュ限界の内部に入 り衛星を破壊することができます。


  ただし一つでも地球に落ちるとアウトです。それだけは肝に銘じてください。


  作戦開始後は直ちに地球の軌道上から離れてください。それと自分から木星に接近するのも厳禁で  す。私からは以上で説明を終わります。

  作業班の健闘を祈ります。

 」


 本当は各班員が衛星を引き付けている間に班長に軌道兵器で木星を破壊してもらう予定だったが、不測の事態は直ぐに起こった。


 打ち上げた作業班が地球に近すぎた為、引力に引かれて少しだけ軌道が変わった衛星が大気圏まで侵入してきていた。


班員「主任!もう駄目です!訓練よりも圧倒的に早いです。これ以上の起動の変更は出来ません。

   地球に堕ちます!」


 私は焦って、班長に軌道兵器を使用するよう命じた。

だが、班長はその命令に従わず、衛星の排除に徹した。




 そしてその衛星は墜落した。


空からお星さまが、こんなに簡単に降ってくるとは思わなかった。


一瞬、意識が飛んでいた。

 地球に衛星を落としてしまったことで、私たちを信じて地球に残ってくれた人達に申し訳が立たなかった。そして、衝突の影響で地球自体の軌道に予定のコースとのズレが生じ、排除しなければならない衛星が処理しきれない量になった。



 私は作戦を大幅に見直した。

そして、私は彼らを殺すことを選択した。






私「 分かった。では作戦を変更する。

  一つでいいから可能な限り大きな衛星をもう一つ地球に落とすんだ。

  あまり意味はないかもしれないが、地球の軌道を元に戻せる可能性がある。落とす場所には気を付け  てくれ。」


班長「了解した。全ての班員は今から俺が行くところについてきてくれ」


 恐らく班長は、ニュアンスを理解したのだろう。

 軌道兵器では威力が高すぎる為、彼は、彼らの乗っている機体を打ち抜くことで、核爆発を起こしてその推進力で衛星を地球に落とす作戦を立てた。地球レベルの惑星はほとんど影響を受けないが、衛星程度なら、班員ほぼ全員の自爆で軌道を変えることが出来た。


機体はパイロットが乗っていないと姿勢制御が出来ない為、パイロットが必ず犠牲になる。



班員「班長!それは我々に死ねということですか!」


班長「詳細を伝えなかったのは申し訳ない。

   だが我々は人類の地球圏脱出の為に1分1秒でも時間を稼がねばならんのだ。頼むから死んでく    れ。」


班員「……あなたを信じて宇宙に上がったのに。恨みますよ。」


班長「済まない。この作戦が終わったら俺もそっちに行くから。向こうで待っていてくれ」


 班長は彼女の乗っている機体に照準を向けると、合図と同時に打ち抜いた。






作業員B「作業班全14名のうち、2名が最初の衛星の衝突に巻き込まれ通信途絶。8名が作戦の為に      殉職。

      残りの4名は2度目の衛星の衝突の後、救難信号を確認しましたが現在の地球の速度とあ      の機体の性能を考慮すると回収は不可能と思われます。」


  私「…分かった。だが作戦は続行する。その為の準備をしておいてくれ。」


作業員B「分かりました。予備の班員を集めて待機させておきます。」


 2度の衛星衝突の内、1度目は海に落とすことに成功したが2度目は陸地に直撃した為、大陸ごと吹き飛ぶことになった。だが軌道修正には成功し、日をまたぐ頃には地球は木星に衝突することになった。あそこで班長が軌道兵器を使用していれば、そこまで考えた時に何故彼が使わなかったのかが分かった。


 私は木星を破壊することばかりを考え、安全性を考慮していなかったこと。そしてその結果、あの場で使用していれば、班長もろとも爆発してしまい、隊の統率が取れなくなるということ。そもそもブラックホールの存在も否定できない為、どうあがいても使い道は無かったのだろうと考えた。


私は職員に解散を命じ、持ち場を離れた。








私「誰もいなくなったこの街で、私は一人、破滅を迎える。」


作戦終了から数時間後。

私は夜の公園のブランコに佇んでいた。

時刻は午後11時、やっと冬服に切り替わったくらいの時期なのに、夜遅くになると体の芯まで冷え込んだ。


 乗ったら最後、二度と地球に戻ってくることは出来ないと分かっていても、政府が用意した宇宙船に乗る人は後を絶たない。


 最初、政府は全人類を宇宙に上げることを目標としていたが、期限までに完成した宇宙船ではせいぜい50万人が関の山だった。

 その50万枚のチケットの内、半分は開発時に莫大な資金を出資した企業団体や宗教母体に事前に配られた。そこから更に宇宙関連の技術者や、各国の要人とその家族、親戚諸々にも合計で約20万枚配られた。残りの約5万枚を人口の割合から計算して各国に配るため、日本には約800枚が配られた。


 人類は無限の世界へ、行く当てのない旅をしなければならない。


 観測班の健闘も空しく、結局5年の間に太陽系以外で、人類が住める可能性がある惑星を発見することは出来なかった。




 あの日と同じだった。


 限界まで迫りくる木星。木星のガスが空を覆い尽くしていた。

空を見上げるのが、なんだか怖かった。

 もうあと1時間も無いのだろう。

彼らは人柱だってわかっていたけど、誰もいなくなってしまった。


みんなほんとに良い奴だった。

職員にも既に解散を命じた。恐らくもう私が呼ばれることはないだろう。


私の役目はもう終わったのだ。

 つまらない夢を抱いて、多くの人を殺して、結局、何の成果もあげられなかった。なんだかムシャクシャして、ポケットに手を突っ込むと、私とみんなの分の15枚の宇宙船のチケットがあった。


 握りつぶそうとして、やっぱりやめた。

そのまま気の向くままにさ迷い歩いて、その先で一軒の喫茶店を見つけた。

そこは先輩によく連れてこられていた場所だった。






私「私はヴァイオリンが得意なんですよ」


 ここのマスターは私たちに良くしてくれた。

ちょびヒゲで、セクハラまがいの冗談をかましてくるけど、背が小っちゃくて、可愛いらしいおじさんだった。

彼もまた地球で最後を迎えるらしい。

 私は小さい頃に英才教育を受けていたので、一通りのことは粗忽なくこなせた。その中でも、ヴァイオリンは得意だった。そのことを知った先輩は毎日のように私をここへ連れてきて私の演奏を聴いてくれた。だからヴァイオリンを弾いていると何だか落ち着くことが出来た。予定通りならあと数十分ほどで衝突を迎えるのだろう。


 最後の最後でなんだか妙に落ち着いていた。

このまま静かに終わりたかった。

眠ったまま最後を迎えたいと横になった時、観測班から私に緊急回線で連絡が入った。その内容は私が初めて聞く事実だった。






 その内容は、非常にゆっくりではあるが木星自身も、太陽のつくる空間のゆがみによって転がり始めているというのだ。だがあまりに低速の為に、観測でも誤差の範囲として処理されていた。


最初は、この人が何を言っているのか理解できなかった。



 でも、15年前の宇宙の異変が太陽系の外側から始まったとしたら、太陽にまでその影響が届くのが遅れた可能性も考えられた。

 その事実に気付いて、私は自分の愚かさを呪うと共に、本当に自分が死ぬんだろうと感じた。もっと早く気付いていれば、また違った作戦も立てられたかもしれない。

むしろ、教えてほしくなかった。

 自分の作戦でもう何人死んだか分からない。


宇宙船のチケットは日本に800枚しか入ってきてないのだ。

このチケットを全部売れば研究員時代の安い給料じゃ変えなかったあんな物や、こんな物がいくらでも手に入るだろう。

 でも、そんなことをしても、ただ空しいだけだった。


地球も木星も太陽も太陽系の惑星全部ごっちゃになって、全てを終わらせたかった。

ふて腐れていたその時、彼女の通信機に一本の連絡が入った。

気だるくてなんとなく見た通信機の画面には、もういないはずの奴の名前が表示されていた。




 通信機に映し出された名前は、かつて私が作戦と称して殺した作業班の班長だった。


恐らく彼が流れ着いた場所がかつての地球の軌道上であった為、電波を受信したと考えた。だが彼が伝えたかったメッセージまでは届かなかった。


彼は、流れ着いた宇宙空間の中で、何かに気付いたのだ。


そして私にそれを伝えようとした。

そこで私は疑問を感じた。

 そもそもなぜこの電波がここまで受信できたのか?それはよほど空間が安定していないとできないはず…。

 そこまで考えて、私は仮説を立てた。現在この宇宙は15年前の異変によって、非常に不安定な空間になっていて、何千キロも離れた場所ではまず通信をキャッチすることは出来ない。


 しかし全くゆがみが存在しない、常に安定している空間からなら離れた場所からでも通信が届くのではないかと。つまり、木星と太陽のそれぞれの重力によって生じた空間の歪みのちょうど中間点を見つけ出すことが出来れば、地球は、宇宙に存在し続けることが可能かもしれない。


 だがそれには、一つ大きな問題があった。



太陽や木星自体を安定させ太陽系全体の宇宙空間を固定させるために、地球以外の全ての惑星も空間の中間点に存在し続ける必要があった。失敗すれば、今度は太陽に堕ちてゆく可能性がある。

太陽の場合、表面がコロナと呼ばれるガスの層で覆われておりその温度は100万度以上にもなるため、まず近づくことは出来ない。


 恐らくこの作戦のチャンスは一回きりしかない。

それでもやるしかなかった。

 最後の作戦を遂行することを決意した私は、ポケットに突っ込んであった宇宙船のチケットを全て燃やして持ち場へと戻った。




私「もう一度、私に力を貸してくれ。」


もう二度とここに来ることはないと思っていた。

色んなものをこの管制室に置いたままにしてしまった。

 でも解散命令など無かったかのように、職員は誰一人として持ち場を離れていなかった。

彼らには頭が上がらなかった。


 現在の宇宙空間は既存のものより、新しくできた空間の歪みに強く影響されることが半年ほど前に観測班によって確認された。そのため、地球は太陽の空間の歪みの方の影響を強く受けることになる。

 太陽の重力は木星の約10倍の大きさを持っているため、地球はかなり早い段階で太陽側に引き込まれる。それと同時に火星も引き込まれることになる。地球は恐らく数時間前から減速し始めているが、まだ木星にぶつかる可能性が存在した。


 それとは反対に、太陽側に呑まれ始めている水星と金星は木星側に強く引き付けられる。その2つの星は現状ではまだほとんど引き込まれていない為、ちょうど中間点辺りで地球と火星に衝突し、お互いの引力によって中間点に存在し続けることが予想された。だが、その時の衝撃によっては地球自体が崩壊してしまう可能性もあった。


 今回の作戦では、今現在進行している木星への衝突を阻止することと、地球と水星もしくは金星との衝突の衝撃を出来るだけ小さくすることの2つを主な目的とした。その為に軌道兵器を使用することになった。オリジナルの回収は不可能だが、レプリカでも十分な威力が期待できた。


 だが今回の作戦で宇宙船の使用許可は出ていない上に、裸のままで打ち上げると大気圏で着火する可能性もあった。その為、初期型の機体に搭載して目標地点まで打ち上げることになった。

 この作戦に関して、今までその責任のほとんどを被ってくれた所長からの猛反対を受けた。所長には感謝しているが、自分を曲げるわけにはいかなかった。

私は自分の考えを所長に伝えた。


私「 私は例え地球の生態系が破壊されようとも、人類の文明が消滅しようともこの作戦を止めるつもり  はありません。


   最後に残った地球に人間がたった一人しか生きられなくても、その一人が地に足をついて生きてい  ける世界を、私は残していきたいと思います。」


だから私は指揮を執ることを決めた。

だが、作戦遂行が可能な時間はもう殆ど残っていなかった。






 私は今現在残っている機体と、部下が確保していたパイロットを集めて出撃するよう命じた。もう30分も残っていなかったが、理論上、作戦遂行が可能なギリギリの時間まで機体の整備を行った。


だが、パイロットを乗せた機体は、打ち上げた直後に空中分解した。


オールドパーツで製造された機体しか残っておらず、且つ、いくら落ち着いてやったとはいえ、整備の為の時間があまりにも短すぎたのが原因だった。そもそもこの機体では、宇宙空間で2つの作戦を遂行するのにかなり無理があると感じた。


私は全く頭が回っていなかった。


奪ってでも宇宙船を使うべきだったのだろうか?

 何百人といた予備の他のパイロット達はほぼ全員が脱出用の宇宙船の操縦に回されており、残っている者では、初期型を起動することすら出来なかった。いっそのこと私が自分で初期型を起動するしかない、そう思って初期型のある場所まで行こうとした時、私の通信機に一本の連絡が入った。


その連絡は、機体の出撃許可を求めるものだった。


 だが、まだ代わりのパイロットは見つかっていなかった。誰かのイタズラに思えて、すぐに通信を切ろうとした私に向こうから連絡が入る。



?「主任、出撃許可をお願いできますか」



その声の主を私が忘れるはずが無かった。

それは先輩の声だった。


私「……っ、今までどこをほっつき歩いていたんですか。

  あと主任はやめてください。

  そんでもってよろしくお願いしますよ、先輩!」


先輩はパイロットとしても一流の腕を持っていた。

班長が乗っていた時はかっこいいと思っていたが、先輩が乗るとなんだか美しく感じた。

 計算した通りのポイントに、軌道兵器を打ち込んでそのまま第二のポイントに移ってもらった。第二の作戦では衝突の威力を落とすのが目的であったが、先輩が作戦ポイントに最後の軌道兵器を打ち込んだ。

そして作戦可能時間が終了した。

先輩は我々が想定していたルートを最速で移動し、且つポイントを外さなかった。


でも、作戦は間に合わなかった。


私達に足りないものがあったとするならば…それは運。

もう少し早く太陽の歪みについての情報が入っていれば、木星の衛星軌道のルートの割り出しがもう少し正確だったなら、軌道兵器の威力について吟味する時間があれば、核の回収が予定通り行っていれば…。

考え始めたらきりがないだろう。

そもそも15年前に宇宙に異変が起こらなければ、そう思った時にそれは違うと思った。


15年前のことが無ければ、みんなと出会いみんなと作戦を立てることも無かった。

マスターと知り合うことも無かった。

先輩と出会うことも無かった。

私は先輩への感謝の気持ちを持つ一人の人間であり、それと同時にこの作戦の総指揮を執っている人間であった。何を選ばなければならないかなんて、もう分かっていた。


私は先輩に自爆するように命令を出した。


 先輩の乗っている初期型は、スピードを最優先したため軌道兵器しか搭載していなかった。先輩が自分の手で、先輩自身をコックピットごと握り潰した時、私はその通信を最後まで聞くことが出来なかった。

 その結果、衝突した瞬間の衝撃は想定の半分程度に抑えるのに成功した。


地球は、中間点に静止することに成功した。


 だが全ての作戦が終了した時、地球が予期せぬ方向へ今までの比にならないくらいのスピードで動き始めた。


もう打つ手は残っていなかった。


それに加えて他の惑星も異なる方向へ動き始めた。

でも、私は茫然とその画面を見ていて、何だか懐かしい感じがした。

そして、不思議と落ち着くことが出来た。



恐らくそれは全ての惑星が太陽の周りを公転し始めていることを意味した。

それは宇宙が異変の起きる前の世界に戻りつつあるということを示していた。



三度目の作戦は、3年の間で製造した機体と軌道兵器、そして人材のほぼ全てを使い切り、成功した。







あの日から40年の月日が流れた。



宇宙はもう完全に元通りになり、人々は異変の起きる前の生活に戻りつつある。

世界の人口も、この40年の間に当時の人口である70億人に迫るほどの回復を見せているが、未だにあの一連の作戦でどれほどの被害者が出たのか、はっきりした数字は出ていない。

 当時、宇宙船に乗り込み難を逃れた約50万人は世界中からバッシングを受けたが、そのほとんどがそれぞれの世界で影響力を持つ人々だったため、批判を押さえつけることには成功した。だがその地位を失うのももはや時間の問題だろう。


 私はあれから関係者の目の届くところで保護されている。

目も悪くなり今は車いすで生活をしている。だが数年前、宇宙に関する学会からお呼びがかかった。最初は断るつもりだったが、誘ってくれたのは所長だった。所長は今でも若い子と一緒に合コンに行ったりしているらしく、ふて腐れていた自分が馬鹿らしくなった。

私が公の場に出るのは数十年ぶりの事だった。


 私は当時の経験から「宇宙船地球号」という言葉を引用して、人類最後の楽園である地球とそこに住む我々のあり方を発表するつもりだ。腰に湿布を2枚張ったし、ラジオ体操にも行ってきた。朝ごはんの後に箱買いしていたエナジードリンクも飲んできた。



私は名前が呼ばれた後、元気よく返事をすると壇上へと昇って行った。


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