第三十六話____お前のモノはお前のモノ
もし犬の噛みつきを回避することが出来たなら、犬はそのまま川へと落ちていくであろう。
シグマにとって、この犬の攻撃を回避することは容易だった。身を屈めたシグマの上を、大きく口を広げた犬が通過する。
シグマは、勢いよく立ち上がると 川の方角へ振り返り、数十メートル下へ落下しようとしている犬の首を左手で掴む。そのまま、手首を180度回転させ、シグマと犬の目が合う形を作った。
シグマは身を屈めた時に拾った、木の葉をなんの躊躇もなく犬の鼻へと押し込んだ。その木の葉と言うのは釣り餌として使用した『うんこ』を包んだものだった。
「自分の糞は自分で持ち帰りやがれ!!」
犬は急に魂が抜けたかのように、グッタリとし動かなくなった。すると右側の茂みから、草木が揺れる音、それから激しい息遣いが聞こえてきた。
「警備隊の奴らだ」
シグマは犬をそっと地面に置くと、左側の茂みへと飛び込む。しばらくしてバサッという音と共に警備隊が姿を現す。膝に手を付き息を切らしていた警備隊の一人が、膝から鼻へと手を移動させた
「なんだこの臭いっ!」
その一言をきっかけに警備隊全員が鼻を掴みだす
さらに警備隊の一人が
「おいおい…勘弁してくれよ」
そう言いながら犬を抱え上げた
「おい。こいつ鼻に糞詰まってんじゃねーか こんな鼻じゃ犯人の臭いなんて分かるわけねぇーぜ、ったくよぉ」
警備隊が、口々に喋り出す。
「いつから詰まってたのでしょう?」
「街にいた時からじゃねぇーの?こんな森に犯人が居るなんて最初っからおかしいと思ってたんだよっ!オレはなっ」
「犯人が詰めたのではないでしょうか?」
シグマはドキッとした
「そんなことはねぇーだろ。どうせ捜索中に、気付かず糞にぶち当たったんだ」
「冗談じゃねーぜ こんなに歩いて やっと着いたと思ったら今度は森で迷子かよ」
警備隊達は先程の茂みへは戻らず、しっかりとした道を歩いて引き返していった。
「鼻に糞、これがホントの鼻糞ってか」
シグマは小声で呟いた。
この犬はまだ、目覚めた時、鼻糞のレッテルが貼られていることを知らないでいる。
辺りは、だんだん明るさを失っていく。
警備隊が森を徘徊し、そのせいで家がバレるのは困る。そう考えたシグマは警備隊の行く道を先回りし、出口への案内看板を簡単に作り、色々な場所に設置した。
無事、警備隊を森から追い出したシグマは家へと戻り、ベッドに腰掛けた。もし先程、犬を川に落としていたのなら、この森にいるシグマの存在が明らかになっていたのかも知れない。
しかし、犬の鼻に木の葉を詰めることで犬がマヌケだったという結果に終わった。作戦は成功だ
「そろそろ のんびりもしていられなくなるのかもしれねぇな」
シグマはベッドに仰向けの状態で寝転んだ
「警備隊が飼い慣らしている犬の嗅覚を使って、ここまで来るほどだ。そろそろ俺も動かねぇと……」
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ドンドン!
シグマはドアが振動する音で目を覚ました
外からは光が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる
いつの間にか寝ていたようだ。
半開き状態の目を擦りながら階段を降り、ドアへと向かう。鍵を開け、ドアノブに手を掛けようとした時、昨日の警備隊のことを思い出した。
(マズイ!!)
先程まで半開きだった目は、すっかりと開いている。居留守を使おうと思った時には もう遅かった。
ドアがガチャりと音を立てながら開いていく。
徐々に大きくなるドアの隙間からは強く日が差し込んできた。
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