4話 不穏な声
フィン曰く、IDがなくなった人間は分かりやすく言うとその盗んだ人間に乗っ取られるらしい
しかもタチの悪いことに、盗まれた本人に乗っ取られてる自覚はなく、普通に生活ができるという話だ
「本当タチ悪いな」
「私もそう思いますよ〜早く盗まれた人を見つけてなくちゃいけませんね〜!」
隣で意気込む柚栗を横目で見るが、自然にでたため息を隠すことなく、端末に目を向ける
あの後、さすがに三人(+ネット住民)で動くのは目立つため、別れて動くことになり、結果として俺と柚栗がペアとなった
フィンのやつが端末にニュースやらなんやらで、盗まれたやつが起こしたであろう事件をもとにその本人を今探している
柚栗は頑張りましょう〜とか言って少し前を歩き始めるが、俺は気にせず手元の端末で情報を整理する
書かれた内容によるとこの付近のようらしいと場所もわかってないくせにさっさと先に行く柚栗に声をかけようとした時、前から歩いてきた少女と肩がぶつかった
「っと、悪い」
端末をズボンのポケットにしまい、自分よりも小柄な彼女に目を向ける
おかしな猫耳のついた白いフードから見えるクリーム色の髪は左右どちらも外にはね、癖のある前髪から覗く青色が俺をとらえた
眠たげな表情を浮かべ俺を見たまま動かないことにも疑問を抱くが、何よりもその服装が一番おかしかった
白の編み上げブーツに、薄茶の短パン
それだけならまだ良かったが、上半身は真っ白な拘束着で覆われていた
「おい、大丈夫か」
いまだにぼんやりとしたまま動かないそいつにもう一度声をかければ、ようやく口を開く
「大丈夫だにゃ、ぶつかって悪かったにゃ」
独特のゆったりとした喋り方で、独特の語尾を添えてそいつは笑った
その笑みがどこか暗いもので、俺はほんの少しの違和感を抱いた
「平良さ〜ん、どうしたんですか〜?」
「……お友達が呼んでるにゃ、早く行った方がいいんじゃないかにゃ?」
少し離れたところから聞こえた柚栗の声にハッとし、一言そいつにはわかってるとだけ告げ、背を向け柚栗の元へと足を踏み出した
「………あれがレンカがご執心の天房平良かにゃ……、それで、あっちは由雪柚栗……たまには外に出るといいことあるにゃ」
柚栗に意識が向き、たった今少し話した程度の人物を気にも留めなかった俺は、雑踏に消えた眠たそうな声に気付けなかった




