始まり
世界は優しくない
けれども、決して厳しくない
遠くない近未来の世界
ここは個人の情報や一人一人に与えられたIDは全て一台のメインコンピュータが管理している
強固なセキュリティと番人に守られているため、完璧
そのはずだった
「嘘だろ……なんでなくなってんだよ……」
一人の少年が呟いた言葉は0と1の電脳空間に飲み込まれた
「それでなんで俺が協力なんかしなくちゃいけねえんだ」
「どーせ暇してんだろ!?いっつも道案内してやってるんだから!少しは協力してくれよー!な!?」
暇してねえよと黒髪の青年は携帯に繋いだイヤホンから聞こえる声に対して大きくため息をつく
彼が今いる街はもともと人が多いからか、それとも休日だからなのかひどく騒がしく、彼が携帯に向けて話しかけていることを気にも留めない
普通、街中で堂々と携帯に話しかける青年がいたら大抵の人はおかしな目を向けるだろうが、これは普通だから誰もが彼のそばを素通りする
例えば空を飛んでる人物がいたとしても、人は誰も気にせず「あぁ、人が飛んでる」という認識しかしない
ここは異能が物質として存在し、誰もが利用することができるため、例え空を飛ぼうが火を吹こうが、どれもこれも異能なんだと認識できる
そのためこうして彼が携帯と会話していることもまた、異能なのだと思うのだ
「だいたい、何で俺がやらなきゃいけねえんだよ、柚栗に頼めばいいだろ」
「柚栗にはもう頼んだよ!だからお前にも、平良にも言いに来たんだよ!いいからメインコンピューターのあるタワーにこいよ!絶対だからな!絶対柚栗とか来いよ!」
そう言って携帯の中で一人の少年は平良と呼ばれた青年にまくし立てて姿を消してしまう
青年はどれだけ嫌でもここまでまくしたてられ、さらに数少ない友人のような存在の少女の名前まで出されると流石に逃げられないと観念したのか、イヤホンを両耳につけたまま携帯をいささか雑にパーカーのポケットにしまって歩き出す
電脳少年の言っていたメインコンピューターがあるタワーへと向かうために
彼はタワーとは正反対の方向へと歩き出した




