今度生まれかわったら
そのころ、私はかしの木だった。
見はらしのよい丘の上に立つ、一本の、大きな古いかしの木だった。
見はらしが丘からのながめは、すばらしい。
どこまでも、なだらかに続く丘。遠くに光る海。丘の上を風がわたると、一面すの草がさやさやと音をたて、ひらひらと青い衣をひるがえすように、草の波がかけおりていく。
けれども、私は、なんとなくたいくつだった。
時には、お客もやってくる。
(おや、いつものいたずらぼうずだ)
「おーい、かしの木、元気だったかぁ?」
調子のいいことを言っておる。いつも、私のおなかをけとばして、面白がっているくせに。
「やったぁ! 特製ブランコのでき上がりだぞ」
いたずらっ子は、私の右うでに太いロープをかけて、ブランコにしてしまった。
(とんでもないことだ!)
『ぐぃーん、ぐぃーん』
「すごい眺めだ!」
枝が折れてしまうぐらい、思いっきりブランコをこいで、男の子は、すっかり上きげんだ。
「わぁ! 海にまで、足がとどきそうだ」
「海と空のあいだで、宙がえりをしている気分だぞ。」
「おーーーい!」
(いい気なものだ)
かしの木ブランコからの眺めは、最高にきまっているじゃないか。
でも、この私はブランコをこいでみることができないなんて、つまらない。
おや、今度は黄色いちょうちょだ。
ひらひらと、そんなに、私のまわりにまとわりつかないでくれ。
「かしの木さん、わたし、疲れてしまったから、ちょっとここで休ませてね」
(疲れただと?)
私など、生まれてからずっと、何百年もの間、この丘の上に立ちっぱなしなんだぞ。
「‥‥ふうっ。いい眺めね。あなたは、わたしのように、毎日あくせく飛びまわる必要もないし、この丘の上で、ずうっと、きれいな景色だけを眺めていられるのね」
(冗談じゃない!)
おまえたちのように、軽々とどこへでも飛んでいけるものに、かしの木の悩みなどわかるものか。毎日ここに立ちつくしているばかりで、自分の体を動かすことさえできない。
神さまは、ほんとうに意地悪だ。
どうして私を、もっと別なものに生んでくださらなかったのだろう。
(‥‥そうだ、空を飛べるものがいい)
それも、弱々しいちょうちょなんかより、鳥のほうがいい。ゆうゆうと空をかける大きな鳥になって、あの海のむこうにまで飛んでいくんだ。
(神さま、どうかお願いします。私に、翼をください!)
そうして、ある日、気がつくと私は空の上にいた。一羽の鳥になっていた。
なんだか、体が軽くなって、風の上にぼっかりと浮かんでいるみたいだ。
(なんていい気分なんだろう!)
今まで一歩も歩けなかったのに、今日は、地球を見おろしているんだぞ。とびきりの自由だ。
森も、丘も、あんなにちっぽけだ。海は、はるか下のほうだ。
風にのって大空を散歩するこの気もちよさ、わかるかなぁ。
あんなに低いところに、ちょうちょがいる。ふらふらと、たよりない飛びかただ。
(ちょっと、からかってやろうかな)
私は、大きな翼にぎゅっと力をいれて、とくいそうに急降下した。
黄色いちょうは、私に気づくと、ぶるっと身ぶるいした。それから、羽を細かくふるわせながら、小さな声でなにか叫んでいるようだ。
「たすけて。たすけて」
私は、すっかり有頂天になっていた。
地面にへばりついていた時より、ずうっと
えらくなったような気がした。ちょうちょがどこへ逃げたって、すぐに追いかけることができるんだ。
うれしくて、思わず大声で叫んでみたくなった。
「私は、空を飛べるんだぞ!」
その時、突然、
『グワァ』
と、しわがれた声がした。
「うるさいなぁ」
そう言ったつもりだったのに、
『ギャーオ、ギャーオ』
何べん叫んでも、耳ざわりなしゃがれ声しか出てこなかった。
(なんてことだ!)
私は、空を飛ぶことに夢中で、自分の姿にも気がつかなかったなんて‥‥。
それからの毎日は、ひどいものだった。
私が草原の上空に姿をあらわしただけで、小さな動物たちは逃げまどう。私の鋭いまなざしと、とがったくちばしを目にすると、まるで死神にでも出会ったかのように、誰もが恐れ、おののくのだ。
私は、ハゲタカになってしまった。
誰よりも強く荒々しく、そうして、青い空の上でも、けわしい岩山の巣でも、いつもきまってひとりぼっち。
それでも、命をつなぐためには、草原にたおれた生きものたちを真っ先に探し出すしか、道はないのだ。
(こんなはずじゃぁなかったのに‥‥)
(神さま、ちゃんと、私の願いをきいてくださいよ)
そうだ。今度は、もっとおしゃれな生き物にしてください。白鳥のようにきよらかで、くじゃくのように華やかで‥‥。
「まぁ、なんてきれいなんでしょ!」
「本当に、かわいいなぁ!」
お祭りの夜、みんなが私をほめそやす。
今夜の私は、もう、ひとりぼっちのハゲタカなんかじゃない。
花びらを重ねたように優雅なフリル。ほおずきの赤、真珠の白、そしてビロードのようにつややかな黒。
ふっくらとまあるい私の体を優しくつつむ、最高に美しいこのドレス。
(--まぁまぁ、みんな。ありがとう)
そんなに、「きれい、きれい!」って言わないでおくれ。なんだか、ちょっと、恥ずかしくなってしまう。
今度こそ、願いがかなったらしい。
なにしろ、おしゃれにはかなり自信があるのだから--。
毎日、毎日、頭のてっぺんからフリルの先まで、たっぷり磨きをかけている。最新のドレスだって、私の輝きの前ではかすんでしまうに違いない。
お祭りの夜、私は水の中からフワリとすくいとられ、それから、金魚ばちの中に入れられた。青い縁どりのある、ガラスのはちの中に。
そう。私は、一匹のかわいい金魚になっていた。
(--でも、ちょっと疲れたかな)
―つづく―