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エデンの東からパンデミアへ  作者: 鈴木
プロローグ
2/11

第二話

 大陸の果て、東海を臨む砂浜。白砂がどこまでも伸びる波打ち際に、人の気配は無い。ただ一人を除いては。赤いビーチパラソルの下に、リゾート風のデッキチェアを拵えて、身を横たえる妙齢の美女。肩までのソバージュヘアは、燃えるような赤毛であり、褐色の肌は陽を浴びて艶かしく輝いている。豊満な肢体、その豪華さを際立たせる白のビキニが眩しい。

 

 衛生局極東支部局長フランベルジェ・ド・ショコラは、これをある種のバカンスだと捉えていた。とはいえ百年のバカンスは、あまりに永い。


 かつてフランベルジェは、厳格な武人であった。王都エデンが建った折、つまりエデン大陸の開発戦争においても勲第一位として賞された。しかし彼女の極度の潔癖は、政争においての敗北を招いた。本人は、未だにあれが「政争」であった、などとは露も思っていないのだが。


「東へ」


 玉座の間には十七段の位階を表す階段がある。それぞれの間は御簾で仕切られ、勅令は全て王の御下にある右卿と左卿を通じて伝えられる。正三位の位階にあるとはいえ、フランベルジェが王の声を直接聞くことは異例であった。東へ、とだけ王は告げ、あとは臣下達がその意味を解して作文した辞令を読み上げた。曰く、王の威光が通じぬ未開の蛮地が東には広がっており、これを王は憂いておられる。故に卿は東の果てを調査し、そこに衛生局極東支部を備えるべし。遍く王の治世を広げ、後に王都より来る本隊を万難排して迎え入れよ、とのことだった。


 体の良い左遷だ。平和の成った後に残された軍人の末路である。軍閥を立てることを嫌い、最初から最後まで己だけで戦い抜いたことが仇となった。


 フランベルジェには新たに家門を立てることが許された。自らの褐色の肌色をとって、ショコラの名を冠した。そして彼女は東へ旅立ったのだ。ただ一人で。


 生真面目にも、来るはずの無い本隊のために街道を整備しながら歩き続けて、五年が経過した。道を均し、保存の呪いをかけ、また歩く。神格へと至っている彼女に、寿命や空腹の心配はいらない。ただ、その心だけは人のままであった。測量と道の造成を続けながらの旅は遅々として進まぬ。何より東の果てが、どれほどの距離にあるのかもわからない。何度か共通語を解さぬ亜人種が徒党を組んで道を阻んできたが、魔圧を放てばそれだけで消し炭と化した。一度だけ竜種らしき魔物がいたが、これはこちらをチラと見て力の差を感じ取ったのかどこかへ飛び去った。そうしてあるとき、彼女は長大な山嶺に行き当たった。疲労など感じない。だが、飽きていたのだろう。駄々っ子のように叫びを上げながら、開発戦争以来の獄炎を解き放つ。名をフランベルジェ。自らの名と等しいその炎剣を振りぬいて、彼女は山を均した。あとのことなど知らぬ、べしべしと道を炎で叩きながら走って行く。東に進むにつれ、粘土の質が変わったのか、焼成された道は半ばガラス化し、ギラギラと輝く街道となった。最初からこうすれば良かったのだ、気に入らぬなら叩いてしまえ。そもそも、すでに我が身はただ一人だ。どう振る舞おうと、もはや見咎める者もいない。火喰い鳥の如く、立ち昇る煙を吸い込みながら、また炎を吐き出す。山嶺を融かし、溶岩の波に乗って砂漠を渡っていく。亜人の民がその姿を拝みながら、街道を辿って彼女の後を追うまでに、そう時間はかからなかった。


 こうして極東に、エデンの東と呼ばれる都が成った。獄炎の神が統べる都。怠惰と背徳を灼熱が浄化する、この世界で最も純粋な街。バカンスはもう百年を越えた。極東支部、とだけ殴り書きされた札が、ビーチパラソルの竿にぶら下がっている。

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