第十一話
「面会だ、出ろ」
角刈りの刑務官が、威圧的な声をかけてくる。井之頭玉三郎、六十六歳。冬の寒さが拘置所の独房に沁みてくる。彼を訪ねてくるものなど、初めてのことだ。
前任の若い刑務官に変わってやってきた、この男はどうにも人間味がしない。定期的に痰を通路の端に吐き捨てる素振りを見るのが、綺麗好きな玉三郎には苦痛であった。
最後に面会室にやってきたのは、入房仕立ての頃、組が雇った弁護士と会ったときだ。玉三郎は、対立する組事務所にタンクローリー車で乗り込み、ビルを丸ごと爆破炎上させた事件の犯人として、死刑判決を受けていた。この暮らしも四年になる。
独房を出て、面会室へと歩かされながら、玉三郎は面会相手について考えを巡らせていた。よもや今さら組の関係者が出張ってくることはあるまい。自分は責を負って、この房で果てる身だ。何を要求しようにも、振って出てくるものは一切ない。
面会室の前へとやってきたが、刑務官は玉三郎に歩き続けるように促した。不審に思いながらも、無言で従い、馴染みの薄い通路へと入っていく。備品庫の一つ手前、使われていないであろう部屋に入るよう促され、玉三郎は扉を開けた。部屋の中に照明は無い。
突然、玉三郎は腰元を蹴られて前方へと押し込まれた。よろめきながらも、倒れこむことは避けた。だが老齢の気管に、ほこりがひどく入り込んで咽る。背中で扉が閉められた。後ろ手にノブを確かめるが動かない。暗闇のなかに、何かがいる。
照明が点灯して、玉三郎の目を焼いた。簡素な事務テーブルの向こう、パイプ椅子に座った白髪の少年。その顔には赤黒の道化師を模したメンポ。
「ドーモ、タマサブロウ=サン。ロキです。」
少年はアイサツをしながら、パイプ椅子を立ち上がる。魅惑的な声音である、だがなぜか玉三郎は根源的な恐怖を抑えきれない。ニンジャ、そう、ニンジャだ。眼前のロキと名乗った少年がニンジャであると気づいた瞬間から、彼の恐怖は最高潮に達していた。ロキがゆったりと近づく素振りを見せると、玉三郎はしわがれた喉を震わせ、絶叫した。アイエエエエエエエエ!!
NRS(ニンジャ=リアリティー=ショック)の発症である。じわり、と股間から失禁した汚物が漏れ出している。だが、玉三郎はロキから目を離すことができずにいた。
「やり過ぎたかな。なかなか面白いミームだと思って、伝播させてみたんだけど。」
ロキは初めて見る動物を観察するかのように、玉三郎の醜態をジロジロと舐めまわす。閉められた扉の向こうで、刑務官の集まってくる音が聞こえてきた。
「ドシタンスカ!」
「コマッシャクレッゾ、オラー!」
時間も無いし、さっさと連れて行こう、と呟くと、ロキの貫手が、玉三郎の胸を貫いた。
「アバッ…!」
玉三郎の口から、おびただしい量の血が吐き出される。NRSで混濁した意識を、一撃で刈り取る、無慈悲なカラテである。玉三郎の目から光が失われ、五体から力が抜け落ちていく。ロキは死体となったそれを床に下ろすと、心臓を抜き出し、丸飲みにした。
「スッゾオラー!!」
全員が同じ顔の刑務官が、扉を蹴破って雪崩れ込んでくる。だが、そこにはすでにロキの姿はなく、玉三郎の死体が横たわっているだけだった。
◆
玉三郎はロキによって殺された。そして辰巳と玉三郎の世界は、ミーム汚染を受けて元のものではなくなってしまった。ロキは玉三郎の魂に悪魔的な契約を持ちかけるだろう。抗うことのできない、魅力的な、そして二度と後戻りすることのできない契約を。
そして二人は再会した。道化の神の傀儡として。