新たな任務
追い回され、裏切られ、命の危険にさらされた、その時の強い強い誓いが、今もこの国の最大の掟になっているわけだ。
「二度とニンゲンに姿は見せない。決してこの山に悪しきニンゲンは入れない」と…。
重たい話だった。
ハルキの部屋で見たテレビでは、面白半分に語られていた「小さなおじさん」の噂話。
今は目撃談だけの都市伝説。居るのか居ないのか誰も分からないし、むしろ笑い話として楽しまれていたに過ぎない。
でも、証拠がでたら?
俺は過去の話を聞いて震え上がった。毒まで盛るなんてたちが悪過ぎる。
隊長なんかギリギリ歯を食いしばってるし、明らかにニンゲンへの警戒心はギュギュッと上がったに違いない。
蒼白な俺達を正面から見ながら、長はなおも話し続ける。
「ニンゲンと一切の交流を絶ち、隠れ住んできたからこそ平和な今がある。それはわしも認めているよ。だが…時代は変わったのだ」
そうかも知れない。ハルキを監視していた俺には、長の言葉が痛いほど良く分かる。情報の伝達の仕方も行動範囲も、小山の中で細々と暮らしてきた俺達とは規模が違い過ぎる。進化の速度が違う、と言ってもいい。
「ニンゲンは恐ろしい勢いで増えた。大規模な機械で山を崩すのさえ簡単にやってのける。この山もいつ崩されて、ニンゲンの家にされるか分からんよ…。もうわしらだけでは、山を守れんのだ…」
「ニンゲンに…協力を求めるおつもりですか?」
隊長が押し殺したような声で呟いた。硬く組んだ指が白くなっている。
「ああ、そのつもりだよ」
長の瞳は揺るぎない。俺達が知らないところで、きっとずっと考えてきた事なんだろう。そう考えた俺に、またも長から驚きの秘密が語られた。
「代々の長は、長になる時に必ず、今の話と共に重大な任務を受け継ぐのだよ。『わしらの味方になれるニンゲンを探す』という、とても難しい任務をな」
まさに寝耳に水だ。
誰も彼もがニンゲンを恐れ、絶対に姿を見せないように躾られるというのに、その裏でまさか歴代の長がニンゲンの中か、味方を探し続けてきたなんて、誰も想像できないだろう。
「ただし、これまでの長はあまり積極的に味方を増やしてはこなかった。今ではこの山の持ち主と、それに連なる僅か数名しか『味方』がいなくてな、いくらなんでも彼らだけにその責を負わせ続けるには限界があると思うのだよ」
そうか。あの地主の爺さんは既に俺達の『味方』だったわけか…。昔話をたくさん知っていたのも納得だ。
「イサキ、お前にニンゲンの調査を命じたのは、そういう背景もあっての事だ。お前の報告では、どうやら他国もニンゲンとの距離の取り方を模索しているようだし、わしらも味方になり得るような人材を見つけていく事を真剣に考えるべき時期にきているのだろう」
「………」
長の話に、隊長は終始渋い顔をしている。あえて反対してないけど、どう見ても納得してる顔じゃないよな。
「スクナ、お前もその目でじっくりとニンゲンを見てくるがよい。判断するのはそれからでも遅くはないぞ」
長から促され、隊長もしぶしぶ「分かりました」と返事をする。それを見届けると、長は「くれぐれも調査は慎重にな」と言いおいて、会議室を出て行ってしまった。
完全にニンゲンへの不信感MAXになってる隊長と一緒に、この後ハルキの元へ戻るのかと思うと気が重い。
…はあ…どうか何事も起こりませんように。