長の思惑と掟の真実
長老達が帰った後の閑散とした会議室に、俺と隊長は神妙な顔で座っている。
長から残るように言われたから残ってるわけだが、長は窓の外を眺めたまま、なかなか口を開いてくれない。ハルキとタカシの事も気になるし、なんか用事があるから早く話してくれないだろうか。
それからさらに数分、たっぷり間をおいてから、漸く長が口を開いた。
「イサキ、お前はあのニンゲン…ハルキとやらをずっと調査していたね。その間彼をずっと見てきたわけだ」
そう言って一拍おくと、俺を真剣な眼差しで見つめてきた。
「彼を…危険だと思うかね?」
一瞬心臓が止まった。
どう答えるべきか、目まぐるしく頭の中で言葉が入り乱れる。でも、結局俺の口から出てきたのは、なんとも歯切れの悪い言葉だった。
「…わ…わかりません…」
国の未来がかかっていると思うと、危険ではない、なんて迂闊な事は言えない。
「俺達の事にかなり興味…それも好意を持っている事は確かです。それに、あれだけ俺達の事を調べておきながら、その事は周囲には隠しているようです」
そう、家族にも友人にも「小法師さま」の話どころか「小さなおじさん」の話でさえしない。唯一の例外が、この小山の持ち主の爺さん達だった。
「他のニンゲンと共謀して俺達を捕まえようとしてるようには…見えません」
意見を言いながらも、俺の心臓はドキドキバクバクと忙しない音を立てている。し…心臓に悪い…!
「俺は油断ならない相手だと思いましたが」
いきなり隊長が割って入ってきた。
「先ほど来た時に、絶えず視線は何かを探していました。我々を探しに来ているのかも知れません」
眉間に皺を寄せる隊長に、長は厳しい表情で頷いた。
「そうか…そうだと仮定して、重要なのは何のために探しているのか、だな」
「!!!ま、待って下さい!」
思わず叫んでしまった。
慌てる俺に長は優しく微笑んでいる。
「なんだね?言ってごらん」
「あ…あの、俺…この任務についてから、ハルキだけでなく沢山のニンゲン達を実際に見て来ました」
長が先を促すようにゆっくりと頷いている。それにちょっと勇気を貰って、俺は今の素直な印象を口にする事が出来た。
「俺…皆が言う程ニンゲンを悪くは思えませんでした。そりゃ悪い奴は勿論いるでしょうが、その…信用出来るニンゲンも、居ると思います」
言った!
言ったぞ!!
俺は相当がんばった!
「お前…!」
「まあまあ」
甘い、とでも言いたげに声を荒げかけた隊長を制し、長がにっこりと微笑む。
「わしは、そういう意見が出るのを待っていたのだよ」
「!!?」
俺は驚いた。隊長はもっと驚いてたみたいだけど。それを見て、長はなんだか楽しそうに笑う。
「驚いたかね?…だが、わしもイサキと同じ意見なのだよ」
そうして長が語り始めたのは、俺にとっては思いもかけない内容だった。
「今では保身のため、ニンゲンは恐ろしいとの話しか皆には伝わっておらん。だが…信じられぬかも知れんが、もう何百年も昔、ニンゲンとわしらは【友達】だったのだよ」
「友達!?そんな…!!」
ガタッと椅子を蹴り倒しそうな勢いで隊長が立ち上がった。隊長も知らなかったみたいだ。
「本当だよ」
長は寂しそうに微笑んでいる。
「ニンゲンにもな、イサキが言うように心持ちの良い者も悪い者もおる…わしら何も変わらんよ。山におるわしらと里におる彼らは深く交わりはせぬものの、時には補い合い仲良く暮らしておったのだ」
「まさか…」
唖然とした表情で、隊長が力無く椅子に座り込む。それを一瞥しただけで、長はさらに話を進めた。
「今思えば、この山の麓にある田無村のニンゲン達に、わしらは守られておったのだろう…彼らはわしらを小法師さまと呼んでな、他の村にはない山の神として、余所者に知れぬよう大切に守っておったのだ」
そこは俺も知ってる…て言うか、地主の爺さんの昔話に出てきた。ただ、長の表情は暗く硬い。この先の話は長もあまり話したくはない類のものなんだろう。
長は一呼おいてから、訥々と話を進める。
「しかし、ある日偶然に…小法師さまの一人を捕まえた若者が、戯れに他の村の者に見せてしまったのだ」
それが、全ての始まりだった。
一目見たいと言う者。
金を積んででも我が物にしたいと言いだす者。
商売の種にしようと躍起になる者。
小法師様を求める者が次々と現れた。
小法師さま一人が莫大な富を産む…!
小法師さまを手に入れようと、多くのニンゲンが山に押し寄せた。田無村の者がいくら追い返しても、奴らは目を盗んではやってきて山を荒らし、逃げ惑う仲間達を追い回したそうだ。
すばしこくて捕まらない事に業を煮やし、毒を盛ったニンゲンもいたと聞く。
そうして仲間が幾人もさらわれ、やがて…囚われたまま死んだ。