ニンゲンが来たぞー!!!
その日もハルキは爺さん宅で話し込み、いつものように夢見るような瞳で俺達の小山をしばらく眺める。俺もハルキのカバンにちょこんと座り、複雑な気持ちで小山を眺めていた。
すると、なんとハルキが今日に限って小山の方に歩いていくじゃないか!!
俺は慌てた。
カバンから飛び降り猛ダッシュで小山に走る。俺達はちびっこいが、敏捷性だけは尋常じゃなく高い。走ればニンゲンの10倍の速度は出せるだろう。
だから本来うっかりしててもニンゲンになんて見つかる筈がないんだよ!何やってたんだおっさん達は!
…と、考えがそれた。
今はそれどころじゃない。
俺は走りに走って小山の入り口に辿りつくと、門番のように聳えているモチノキに駆け上った。
いた!今日の見張りはマルか!
「マル!ニンゲンがここに向かってる!皆に隠れるように伝えてくれ!」
すぐさま走り出そうとするマルに、後ろから追いかけるようにさらに声をかける。
「あと長老達に、攻撃するのは控えてくれって伝えてくれ!」
うちのヤツらは武闘派だ。気が短いヤツが多いから、ニンゲンが来たとなれば色々な嫌がらせをしようとする輩も多い気がする。
ここの所のハルキと山の持ち主の爺さんのやり取りを聞いていると、ハルキが俺たち小人に好意を持っているのは明らかだった。
…その気持ちを無駄に壊してしまいたくはない。
マルが走り去り、皆にニンゲンが来る事を告げ始めると、辺りは一瞬で阿鼻叫喚の様相を呈していく。
「ニンゲンだ!ニンゲンが来るぞ!!」
「地下に隠れろ!!」
「女子供が先だ!」
…酷い有様だ。
もちろん皆、俊敏さは折り紙付きの小人族。
そこかしこにいた子供達も一瞬で地下に匿われ、今は少数の精鋭だけが木の上から、草の葉影から、殺気ビンビンで武器を構えている。
そこに、ついにハルキが到着した。
小山の入り口から中を覗き、おずおずと入ってきたかと思えば、10mほど入った所ででかいマキの木の根元に座った。
ハルキはそのままゆっくりと木に体を預け、ボンヤリと木々から零れる木漏れ日を見つめ、耳を澄ましている。
ハルキは幸せそうだが、周囲からは戦争でも始まるんじゃないかというくらい殺気だった空気が漂ってくるんだが。
殺気は放つもののピクリとも動かない俺たちの気配を、ハルキ如きが察する事が出来るわけもない。
ハラハラしている俺の気も知らねぇで…まったく…!
「あいつ。油断ならねぇ」
後ろから突然声をかけられ、ちょっとドキっとする。
「た…隊長…」
「よく見てみろ、イサキ。あいつただ座ってるだけに見えて、目線が絶えず動いてる」
確かに…ただゆっくりと座ってるだけに見えたハルキの目線は、絶えず何かを探すように緩やかに動いていく。…やっぱり、俺たちを探してるんだろうか。
「…事を荒立てる気はないみてぇだが、ちょっと気になるな」
隊長の独り言に、胸のあたりがモヤモヤと騒ぎだす。
しばらくそのまま小山の空気を堪能して、ハルキは何事もなかったかのように帰っていった。
何事もなくハルキが帰り、ホッと一息ついたのも束の間。
またも小山には戦慄が走った。
またニンゲンが入って来た!!!
伝令を聞いて、俺も一目散に現場に駆けつける。
滅多にニンゲンなんか入ってこないこの小山に、一日に二人もニンゲンが来るなんて俺が
生まれてから聞いたことが無い。この目で見ないと信じられない。
そうして件のニンゲンの姿を確認した俺は、ガックリと肩を落とした。
お前……タカシ……なぜここに。
明らかにハルキ繋がりの来訪者に、どうしていいのかわからない。とりあえずまたもや攻撃を控えて貰えるよう伝令を飛ばし、タカシの後を追う事にした。
タカシはキョロキョロと周りを見回しながら、何やらブツブツと呟いている。
…何を言っているのか興味がある。ちょっぴり危険だが、側に寄ってみるか。
「なんだってあいつ、この山に…」
タカシがブツブツ呟いているのは、やっぱりハルキに関する事らしい。
「あいつ、ここに座ってたな」
ハルキが座った場所に同じように座り…周囲を落ち着きなく見回す。
「…やっぱ、何もねぇし」
当たり前だ。そう簡単にニンゲンの目に留まる俺達じゃない。
それにしてもタカシのヤツ、ハルキの後をつけてきたんだろうか。テレビで言ってたストーカーみたいなヤツだな。…それ言ったら俺もか。
自嘲気味にこっそり笑っていたらタカシがパンパンとお尻をはたきながら立ち上がった。もう飽きたのか、早いな。
「聞いた方が早えーや」
そう言う早いか、あっと言う間に小山から走り去ってしまった。前触れも無く現れていきなり去って行く…つむじ風みたいなヤツだ。
ていうか、聞く…ってまさか、ハルキにか!?