story3…契約
蝋燭の火が灯る暗い地下室。
緑の鱗に緋色の目の男、邪神ケツァルコアトルは静かに辺りを見回した。
黒いローブを着ている者達は、目の前の亡骸のにたじろいている。
けれど誰1人逃げ出してはいなかった。わずかに入口近くに移動した者もいたが、
誰も地上に上がった者はいなかった。
「見事なものです。堂々と殺人を行うその度胸。あなたはやはり覇者ですね」
パチパチと軽い拍手をしながらジュリアスは邪神に向かって微笑んだ。
邪神はうさんくさそうにジュリアスを見て、
「なんだよてめぇ」
と悪態をついた。
ジュリアスは拍手を止め、邪神の足下に倒れている亡骸を見た。
「彼は主ではないですよ、ええ、本当に」
ジュリアスはまだ微笑んだままだった。
「彼の野望はあなたを支配し、世界征服だったんですよ。
覇者であるアナタのその強大な力でね」
邪神はいかがわしそうにジュリアスを見る。
「ですけれどね、その野望を叶えるのは彼じゃない。
そう、私なんですよ。私があなたの主なのです。
主の契約に使ったのは、彼の血ではなく私の血。
そう、彼は自分が主になると思い込んでいたが、実際契約を交わしていたのは私なんですよ!」
ジュリアスの声のトーンが上がってくる。
「なんて愚かなグロウ!私の思い通りに動いていたなんて夢にも思わなかったでしょう!
ああ、可哀想に。今頃あの世で己の死に首をかしげているでしょう!あっはっは…」
「…くっはっはっはっは!!あ〜っはっはっはっは!!」
高らかに笑い出したのは、ジュリアスではなかった。
「あ〜っはっはっは!!おっかし〜〜!!アンタも所詮このおっさんと同じレベルか?」
邪神は足下の亡骸を軽く蹴り、高らかに笑っている。
「…何がおかしい?」
ジュリアスは大笑いしている邪神に、怪訝そうに訊く。
「アンタが主?あ〜っはっはっは!!!バカみてぇに語っちゃって!くっはっは!!」
邪神はまだ笑いが収まらない。
ジュリアスは腹を立て始めた。
「何故笑うか!?私はお前の主だ!これは契約によって絶対だ!!」
その言葉を聞いて邪神はますます笑い出す。
「おい!何がおかしい!?」
「じゃあよ、一応訊くケドよ、契約ってなんだ?」
邪神は笑いをこらえながら、かろうじて訊いた。
ジュリアスはイライラしながら答える。
「世界を司る女神の秩序に基づいた契約だ。この世界が在る限りこの契約は絶対だ。
覇者召喚魔法には、選ばれし王族の血と、主になる者の血を代償とし、契約する!
こんなことは契約の基本だろうが!!」
「だ〜っっっはっはっはっは!!!」
ますます笑いが止まらない邪神。
ジュリアスは口調がどんどん変わっていく。
「何がおかしいのだ!!」
「何がおかしいって?」
邪神はそう言い終わる間もなく、ジュリアスとの間合いを詰めていた。
「アンタが契約したってことがさ」
右手の爪を鋭く光らせ、狙いをジュリアスの額に定めていた。
ジュリアスは間一髪で気付き、頭を右にズラし邪神の攻撃をぎりぎり交わすことに成功した。
しかし、かすった所から血が細く流れ出ていた。
ジュリアスは慌てて邪神から距離をとる。
「もしお前が主だったら、下僕の俺は攻撃できないはずだよなぁ?」
邪神はにやにやと不敵に笑う。
「バ…バカな…。契約は確かに……」
ジュリアスは戸惑いを隠せなかった。
血に流れ出ている所に手を当て、ますます混乱している。
「お前の契約は確かに成立していたかもしれない。けどな…」
邪神はニヤリと笑った。
「その契約の秩序を守る“女神”は、さっき俺が殺したばかりだぜ!!ひゃ〜っはっはっはぁ!!!」