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ドーベルマンな彼の悪友

 



 放課後に部活のない日は気が重い。

 ああ、勘違いされそうな言い方になったな。違うんだ。オレは部活大好きってわけじゃない。放課後に部活がないってことは、つまり定期テスト前ってコトなんだ。


 ちなみに、オレの所属はバドミントン部。

 この部活を選んだのは大した理由じゃない。文化部はなんかカッコ悪い気がして嫌だったし、外で運動するのも嫌だ(夏は暑いし冬は寒いからな)。で、体育館でやってる運動部で唯一オレでもできそうだったのがバドミントン部だったってわけ。


 我が校では、定期テスト開始前の一週間、全ての活動が休みになる。今日はその最終日にして金曜日。月曜日からは魔のテスト週間だ。

 せっかく一週間も部活がないってのに、エロ本の熟読はもちろん、ゲーム三昧もできないんだぜ? そりゃ、気が重くもなるつーの。


 オレの成績は中の下。赤点ラインのぎりぎり上を直走っている。でも、一応進学校と言われている高校の二年生二学期にもなると、大学受験のことが各々の頭を掠めたりするわけで、それはもちろんオレも同じなわけで、みんな必死で勉強するだろうと簡単に予想がつくわけで、そうなると今度こそ赤点を取ってしまいそうな気がするわけだ。

 で、オレは考えた。どうすれば赤点を免れるか。

 結果、オレの幼馴染の親友ダチに勉強──と言うかテストのヤマ──を教えてもらうことにした。


 親友ダチはいいヤツだ。勉強しているようには見えないのに、成績もそこそこいい。多分、頭がいいんだな。

 ただ面倒くさい性質タチをしている。まぁ、簡単に言うと、無口で目つきが悪い。本人に威嚇してる気がなくても、そう見えちまう。ドーベルマンっぽいんだ。

 目つきは生まれつきの三白眼のせいだろうから百歩譲るとしても、せめて愛想良くしてりゃいいのに、と実はいつも思っている。オレを見習ってさ。

 さらに言うと、何かにつけて眉間に皺が寄る。その上「ああ」とか「いや」とか、一単語しか話さないのが通常運転。そりゃ、初対面のヤツからは誤解もされる。


 そ れ が。

 そ ん な   が。


 なんと、最近、恋に落ちた。


 相手は、同じ高校に通う一年のチワワちゃん。

 もちろん、チワワちゃんってのはあだ名。ちいちゃくって、目が大きくって、全体的にふわふわしてて、可愛くって、印象がチワワっぽいからオレがそう名付けた。

 チワワちゃんは、どっちかって言うと尖ってる親友ダチとは正反対。だから惹かれたのかもな。

 まぁ親友ダチは『恋焦がれる』ってタイプじゃないから、恋をしたとは言っても別段変化したところはない。一見は。でも、校内でチワワちゃんを見かけるたびに、目で追ってるのをオレは知っている。たまにチワワちゃんも気付いて会釈してくれてるのも知っている。

 初めて会釈されたときは一瞬驚いた素振りを見せた親友ダチだったが、二回目からは少し迷惑そうな表情をしていた。

 まったく、嬉しいクセに素直じゃないヤツ。多分、隣にオレがいるから恥ずかしがってるだけなんだろうけど。ツンデレってヤツかね。でもさ、そんなんじゃ上手く行くモノも行かないぜ? 勉強教えてもらうときに、そうアドバイスしてやるかね。


 ぼんやりとそんな事を考えながら、下駄箱から下靴を取り出した。

 昇降口の扉から青い空が覗いているのが見える。あ~あ。オレは溜め息をついた。こんなにいい天気なのに、テストって考えるだけで気が滅入る。サッサと終わらせて、エロ本読みてぇ!

 でも、今日は親友ダチの家に行く約束取り付けたしな。いったん家に帰ってから行くつもりだ。教えでもらうんだし、一応何か差し入れを用意しとくか。何にするかなぁ。オススメのエロ本でいいか。

 と、視界の端に、見覚えのある女子生徒が目に入った。あのふわふわしたツインテールは……

「チワワちゃん?」

 オレが呼びかけても、チワワちゃんは気付いてないようで、そのまま外に出てしまう。オレは慌てて追いかけた。

「ちょっと待って」

 走りながら声をかけてもまだ気付かない。交差点のところでようやく追いついた。横断歩道を渡り掛けていたチワワちゃんの肩に手を置く。

「待った!」

 振り向いたチワワちゃんの目が、オレを見て落ちるんじゃないかってくらいに真ん丸になる。

 オレはやっぱり、と嬉しくなって満面の笑みを浮かべた。

「やっぱり、チワワちゃんだった」

 チワワちゃんが狼狽えた様子で数秒間停止している間に、信号が赤になる。やがてゆっくりと首を傾け自分を指さして口を開いた。

「チワワ、ちゃん?」

 確認されて、オレはコクコクと笑顔で頷く。

「あの、私、チワワって名前じゃ……」

「うん、知ってる知ってる」

 訂正しようとするチワワちゃんを遮って、オレはは彼女の名前をフルネームで答えた。

「何で知ってるんデスカ──!?」

 そりゃあ、校内の可愛い女の子はチェックするでしょ。──が解答だけど、さすがにそれは言わないでおき、たまたま知っていたことにする。

「知ってるなら本名の方で呼んで欲しかったです……」

「あぁ、ごめん。いつも『チワワちゃん』って呼んでるから、つい。なんか似てるんだよね、チワワに」

 弁解したオレを、何故かチワワちゃんが複雑な表情で見つめてきた。オレ、何か悪いこと言った?

 チワワちゃんは小さくため息をつき、改めてオレの方を向き直ると口を開いた。

「あの、それで、何か私にご用でしょうか?」

 聞かれて初めて、そう言えば何も考えてなかったことに気付く。あ、チワワちゃんだって思ったら呼び止めちゃってたってだけだ。

 チワワちゃんにもそんなオレの心理が伝わったのか、訝しげに眉を顰められてしまった。まぁ、用がないわけじゃないんだよ。一応。ただ。

「用って言うか、ちょっと話してみたかったって言うか」

「はい?」

 本音を言うと、案の定、チワワちゃんは毒気を抜かれたみたいにキョトンとした。

「帰りながらでいいから。オレたち、割と家が近いと思うんだよね。オレ、チワワちゃんの隣の中学出身だから」

 そう告げながらちょうど青になった信号を渡るべく促そうとすると、チワワちゃんが引き吊った笑みでこちらを見ていた。


 半ば強引に一緒に歩き始めたものの、チワワちゃんは軽く眉根を寄せながら、小声でぶつぶつと何か呟いている。拒否されてる様子じゃないから、状況について来てないだけだろう。

 まぁいいや。聞きたいこと聞いちゃおう。

「チワワちゃんてさ、アイツと知り合い?」

「いや、知り合いというほどでは……」

「なんだ、そうなんだ。こないだ散歩してたときにアイツのこと気にしてたから、てっきり知り合いだと思ってたんだけど。──でも『アイツ』が誰かはわかるんだ」

「あ……」

 チワワちゃんの頬がほんのり赤くなる。

 お? これって脈アリじゃね? まぁ、関心がなけりゃ会釈なんかしないよな。

 とりあえず、一歩踏み込んでみるか。

「じゃあさ、知り合いになってやってよ」

「はい?」

 オレの提案に、チワワちゃんの目がまた真ん丸になった。

 驚いている彼女へ、親友ダチにあんまり友達がいないことを説明する。あんな性格だからな。オレみたいに無理矢理介入して行かないと、まず会話ができない。睨まれて終わり。オレは幼馴染だから平気なんだけどさ。まぁ、チワワちゃんにならアイツも睨み付けたりはしないだろ。

 それに、アイツとチワワちゃんが仲良くなってくれたら、オレにも得がある。できれば、チワワちゃんのお友達ちゃんを紹介してもらいたいし!

「とりあえずさ、これからアイツの家でテスト勉強することになってんだけど」

 オレがそう続けると、チワワちゃんが明らかに狼狽えた。

「テス……ッ!!」

 と口にするなり、何故か顔を真っ赤にして身体を硬直させる。オレから視線を外した目が泳いだ。

 なんだ? オレ、なんか変なこと言ったっけ?

 数秒間様子を見てみたけど、一向に戻ってこないので「大丈夫?」と声を掛けてみる。

「ぴゃっ!? あっ、なっ、なんでもにゃ、ない、です」

 噛んでるし。それに、なんか尋常じゃない焦りっぷりだし。本当に大丈夫なのかちょっと気にはなるけど……。

「まぁいいや。でさ、よかったらチワワちゃんも一緒に……」

 誘いかけたところで、頭の上に何かが乗った。誰かの手だ、とわかると同時にオレの頭蓋骨が締め付けられ、みしりと軋む。

「いッ……!!」

 あまりの痛さに悲鳴も上げられず悶絶する。ちょ、マジで痛い!!

 なんとか首を回して頭を手の主へと向けると、そこには絶対零度まで冷えたオーラを纏う親友ダチがいた。

 こわいこわいこわいこわいこわいんですけど!!

 オレの怯えに応えるように、頭を掴む手にさらに力が込められた。みしみしって頭蓋骨が鳴ってる! ちょ、死ぬ……!!

「ごめんなさい痛いです放してください」

 懇願の後、待つこと数秒。ようやく手を放してもらえた。はぁ、三途の川が見えたぜ。

 でも、まだ安心はできない。親友ダチのオーラは相変わらず絶対零度だし。睨んでくる目線だけでオレ殺されそうだし。

 これ、ここにチワワちゃんがいなかったら、多分マジで殺されてたな、オレ……。当のチワワちゃんはますます展開について来れてないみたいだけど。

 それにしても、オレの方が親友ダチより早く学校を出たんだけどな。まさか、オレとチワワちゃんが一緒にいるのを見て慌てて追ってきたとか? うわ、超知りたい。って言っても今は聞ける状況じゃないし。

 さて、どうしようこの状態。親友ダチは何もしゃべんないし(相変わらずオレを睨んでるし)、チワワちゃんはオロオロしてるし──ん? よく考えたら、二人が同時に同じ場所で、一緒にいるじゃん。オレ、もしかして、完全に邪魔者?

「えっと……」

 オレはとりあえずへらりと笑ってみせる。

「それじゃ、後は若い二人に任せて」

 ぽんっと二人の肩を軽く叩くと、刹那、猛然とダッシュした。逃げたわけじゃないぞ。戦略的撤退だ。


 ここまでくれば大丈夫だろうというところまで走って、足を止めた。久しぶりの全力疾走のせいで息切れしてる。テスト終わったら、もうちょっと真面目に部活やるかなぁ……。

 それにしても、今頃あの二人がどうなってるのか、すっげー気になる! 状況的に、あのまま解散とはなってないだろうし。

 どうせなら、親友ダチからとっとと、告っちまってて欲しい! いい機会なんだしさ。付き合ってもいないのに、二人っきりになれるチャンスなんてそうそうねぇだろ。

 そうか、今二人っきりなんだよな……。

 そうだ!

 ケータイを取り出して親友ダチにメールを打った。

『今日はキャンセルな。勉強は明日改めてヨロ。それと、今日のアリバイが必要なら協力するぞ』

 ──送信っと。

 あれだろ? 『逢瀬』ってヤツ。邪魔しちゃ悪いもんな。

 そのままぶらぶらと歩いて帰宅する。ポケットに入れたケータイにずっと意識を向けていたけど、返事を知らせる着信音は鳴らなかった。

 そういや『逢瀬』って、たまに『閨事』の意味でもって使う言葉だよな。いや、待てオレ。さすがに早計だろ。まだお互いにまともに話したこともないんだぜ?

 でも、返事来ないな……。

 ──もしやまさか、本当に……!?


 一人悶々としながら机に向かうも集中なんてできるはずもなく。

 それから一日中ずっと、すぐ見えるところにケータイを置いていたが、ついに親友ダチからの連絡が来ることはなかった。


 え? ちょっと、どーなってんの? マジで気になる!!



 結局その晩はほとんど眠れず寝不足のはずなのに、翌朝はすげぇスッキリ目が覚めた。覚めたって言うより冴えてるって感じだけどな。

 一応九時まで待ってから親友ダチの家に向かうと、親友ダチの母親に笑顔で迎えられた。

「あの子なら部屋にいるわよ」

 という言葉にありがたく親友ダチの部屋へと向かう。勝手知ったる他人の家だ。

 部屋に入るとこちらを振り返って驚いた表情をする親友ダチに、笑顔で話しかける。

「昨日のアリバイがh」

 みしり!

 最後まで言う前にオレの頭蓋骨が軋む音がした。


 でもまぁ、オレを射殺さんと睨んでくる親友ダチの耳が心なしか赤くなっていたから、よしとするか。



 

最後までお読み下さいまして、ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか。


自分の中でのちょっとした試みとして「固有名詞を出さないように書く」を目標にしていたのですが……制限を設けると途端に難しくなりますね。いい勉強になりました。


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