第二話「変な女」
今、俺の前には妙な女が立っている。角と翼が生えてる美女だ。
いや、別に角とか翼は問題じゃない。異世界だしそんなのもいるだろう。
問題は、何故にこの女が白衣と眼鏡を身に付けているのかという事だ(ちなみにクリップボードも持ってる)。
「コメントに困るんだが……」
なんとか言葉に出せたのはこのくらいだった。どこからどう突っ込んで良いのかさっぱりわからない。
「あら、気に入らないかしら? 『美人保険医〜イケナイ放課後〜』って感じに決めてみたんだけど」
「決める方向が間違っている。ていうか異世界に何故保険医とか放課後とかいう言葉がある?」
「そこは気にしちゃいけないわ」
いや、大いに気にすべき所だろう。何故にどこぞのAVのような言葉が異世界に出てくるのか、理解に苦しむ。
その前にこの女は何がしたいんだ?
「アンタ、一体何が目的だ? 俺を殺そうとするってんなら帰ってくれ」
「やぁねぇ、そんな事する訳無いでしょ。それにアンタじゃなくてルーシェよ。ちなみにスリーサイズは上から……」
「いい、言わなくて」
「まぁ、恥ずかしがっちゃって。ウブねぇ」
ホントに訳のわからん女だ。それに、妙にノリが軽い。狙っているのか、それともこれが地か?
……恐らく地だろう。
「で、そのルーシェさんが俺に何の用だ?」
「だからぁ、あなたにこの世界の事を教えてあげるって、さっきから言ってるじゃない」
「ほぉ、それは是非教えてもらいたいものだが、その前に一つ、聞きたいことがある」
「ん? 何かしら? あ、言っておくけど私の好みはあなたみたいな子よ」
「そんな事は知らん!」
「あら、つれないわねぇ」
何がしたいんだコイツは。ホント、調子が狂う。
「アンタはなんで俺がこの世界の人間じゃないと解ったんだ?」
「アンタじゃなくてルーシェだって言ってるのに……」
「どうでも良いからさっさと答えろ」
「ハイハイ、理由は簡単よ。あなたが滅びの使者って呼ばれていたから」
コイツ、俺とあの村人たちのやり取りを見てたのか。そういえばなんで俺襲われたんだろう。それに……
「その滅びの使者ってなんだ?」
「あら、良い質問するわね。滅びの使者って言うのはその名の通り、この世界に滅びをもたらす者のことよ」
「それが俺とどう関係があるんだ?」
「十年も前の話なんだけど、あなたと同じように異界からやって来た人間がいたの。
その人は女だったけど物凄く強くてね、当時魔族と戦争をしていた人間達は勇者だと言って囃し立てたわ。
でもその女性は、何を思ったのか魔族の側についた。
そしてその翌年、それまで行方不明だった魔王の息子と結婚したの。
その後、戦争自体は魔族の突然の撤退で収まったけど、人間は甚大な被害を受けたわ。
それから、この世界では異界から来た人間は世界を滅ぼすといわれているの」
なるほど、それで『異世界から来た奴は滅びの使者』と言われている訳だ。
それで俺は襲われたと。
「理不尽だな。別に俺はそんな奴とは何の関係も無いし、強いわけでもない」
「実はそうでもないんだけどね。ま、それはそれとして、他に質問は?」
「なんだよ、何かあるのか?」
「別に今はわからなくても良いわ。直にわかるから。それより他に質問は?」
なんか強引に話を切られた感があるが、まぁ良いだろう。他の質問か……とりあえず、
「魔族って何だ?」
「は〜い、『魔族って何だ?』入りましたぁ〜」
「寿司屋か!」という突っ込みを辛うじて押しとどめる。ホントに妙な女だ。
「えーと、魔族って言うのは、魔界に住む種族なのね。
人間よりも魔力が高く、膂力も強い。おまけに知能も高い。まぁ人間に取っちゃあ天敵みたいなものよ」
「ほぉ、で、お前も魔族なのか」
「正解! ご褒美にチュウしてあげるわ」
「いらん」
近づけてきた顔を手で押しのける。悪いが俺には好きでもない奴にキスされて喜ぶ趣味はない。
「ひ、ひどい、そんな露骨に嫌そうな顔しなくったって」
「やかましい」
地面にのの字を書きながら言ってきた言葉を、一言で切り捨てる。
「ま、良いわ。他は何かある?」
ホントに、変な女だ。コロッと表情を変えて立ち上がったその女を見て、俺はしみじみとそう思った。
「無いようね。それじゃあちょっと付き合ってもらうわ。会わせたい人達がいるのよね」
「て、おい、ちょっと待て。誰に会わせようって?」
「元祖異界から来た人間と、その旦那様」
目の前の女は、いきなりそう言うと、俺の手を掴んだ。そして次の瞬間には、先程の草原と違う場所に来ていた。
「な、何だ? どうなってる」
「フフ、驚いちゃって、可愛い。時空転移をしただけよ」
「時空転移?」
「簡単に言えば瞬間移動ね。今いる場所から別の場所まで一瞬で行けるの」
瞬間移動ね……さすが異世界、何でもありだ。
しかし、どうも展開が早すぎる。いきなりこの女が俺の前に現れた事といい、作為的なものを感じるんだが……。
「さて、行くわよ」
「行くって、どこにだ?」
「さっきも言ったでしょ、あなたの先輩とその旦那様の所よ」
「なんで俺がその二人に会う必要がある」
「行けば解るわよ」
ホントに、勝手な女だ。逆らえない俺も俺なんだが……。
まぁ良い。俺より先にここに来た人にも興味があるし、それに……どのみち帰りかたも解らん。
半ば開き直って女について行くことにしたが、その開き直りを後から後悔する事になるとは夢にも思わなかった。
「なんで……アンタたちがここにいる……」