破格の契約と「格差」の理由
朝一番でギルドへ乗り込んだチャックが、昼前に意気揚々と『赤猫亭』へ戻ってきた。その手には、ギルドマスターの捺印が押された正式な依頼書が握られている。
チャック「おい、お前ら! 朗報だ。交渉は完全勝利。正式な指名依頼として受理されたぜ。報酬は総額で銀貨50枚だ!」
アル「50枚……!? そんなに貰えるのか」
アルはその金額の大きさに、思わず槍の手入れをしていた手を止めた。しかし、チャックは真剣な表情で言葉を続けた。
チャック「だが、ここからが大事な話だ。取り分については、俺たち『風の犬』が30枚、お前らが20枚。この配分で承諾してほしい」
ザイン「……ほう? 調査自体は共同で行うのに、10枚の差があるというのは不条理ではありませんか?」
チャック「不条理じゃねえ、これは『責任』の重さだ。本来、ランクDのお前らがCランクの重要任務に関わることはギルドの規約で禁じられてる。今回、それが認められたのは、俺たちが『全責任を負う』という誓約書を書いたからだ。万が一お前らに死人が出たり、調査に失敗したりした時、ギルドから首を切られるのは俺たちなんだよ。そのリスク料の10枚だ。納得してくれるか?」
アル「……ああ、わかった。俺たちの分を20枚も出してくれるだけでも十分すぎる。本来受けられないはずの依頼に、俺たちを推薦してくれた恩もあるしな」
アルの承諾を受け、チャックは満足げに頷いた。行程は3日間。初日に現地への移動、二日目に瘴気源の調査、最終日にカランドラへの帰還。明日からの遠征に向けた、公式なカウントダウンが始まった。
契約が成立し、昼過ぎからは『遠征の準備期間』となった。チャックはアルたちを引き連れ、市場や道具屋を回りながら、中堅冒険者としての知識を叩き込んでいく。
チャック「いいかアル、北の瘴気地帯に入るってのは、毒の沼を泳ぐようなもんだ。まずはこいつを買っておけ。『薄荷を染み込ませた厚手のマスク』だ。瘴気を吸いすぎると魔法使いでも気が狂う。セシルとザインには特に必要だ」
さらにチャックは、アルの新しいブーツを指差した。
チャック「靴はいいのを選んだな。だが、今回の悪路はもっと過酷だ。防水用の獣脂を多めに塗り込んでおけ。足が冷えると判断が鈍る。それと、食料は干し肉だけじゃなく、この『蜂蜜漬け』を持て。精神的に参りやすい瘴気の中じゃ、甘いもんが一番の薬になる」
アルはチャックのアドバイスを一つ一つ噛み締めながら、自分の装備と消耗品を整えていった。ただ戦うだけではない、過酷な環境で「生き残る」ためのノウハウ。それは、今まで自己流でやってきたアルにとって、銀貨以上に価値のある教えだった。
サイドストーリー
準備の合間、フィオは市場の広場で景気づけの一曲を披露していた。
フィオ「♪~明日は北へと、勇者が進む。大きな犬と、小さなワンちゃん(アル)! 瘴気も霧も、歌で晴らそう! 帰ってきたら、甘い蜂蜜待ってるよ~!」
街の人々「ははは、期待してるぞ若いの! 無事に帰ってこいよ!」
投げ込まれる銅貨を器用にキャッチしながら、フィオはチャックから教わったばかりの「蜂蜜漬け」をさっそく一瓶購入し、幸せそうに抱えていた。その横でザインが「……私の分も、神聖なる蜂蜜として計上しておきなさい。不条理な空腹は祈りの邪魔です」と独り言を漏らしていた。




