泥濘の奮闘と商人の信頼
護衛二日目の午後、空は急速に黒い雲に覆われ、激しい雨が街道を叩きつけ始めた。視界は最悪、乾いていた道は瞬く間に底なしの泥濘へと変わっていく。
ベック「まずいな……この先の坂道は地盤が緩い。おい、止まれ! 止ま……うわあああッ!?」
嫌な音が響いた。荷馬車の後輪が、深く抉れた泥の穴に完全に沈み込んだ。馬が必死に嘶くが、重い荷を積んだ車輪は空回りするばかりだ。
アル「くそっ、このままだと車軸が折れるぞ! ガンテツ、やるぞ!」
俺は手にした槍をセシルに預けた。俺はとっさに街道脇の茂みに飛び込み、雨で朽ちていない太く頑丈な倒木を引きずり出してくると、それを車輪の下にテコとして深く差し込んだ。
ガンテツ「ガハハ! 任せろ! わしの筋肉とこの新しい胸当ての重み、泥遊びにはちょうどいいわい!」
ガンテツは躊躇なく泥の中に飛び込み、車体の後部に直接分厚い肩を入れた。
ザイン「ああ、神よ! 世界が泥という名のバグで塗り潰されていく! アル殿、倒木の角度が少し浅い! あと五センチ奥へ! ガンテツ殿は私の合図で斜め上へ押し上げなさい!」
セシル「僕が灯り魔法で足元を照らすよ! ミラ、フィオ、周囲の警戒を頼む。魔物に襲われたらひとたまりもないからね!」
激しい雨の中、ザインの的確指示に合わせて俺とガンテツが咆哮を上げる。
アル「せーの……上がれぇぇぇッ!!」
泥を跳ね上げ、俺のテコとガンテツの馬力が噛み合い、荷馬車がゆっくりと穴から脱出した。全身泥まみれになりながらも、俺たちはなんとか立ち往生を回避した。
夕暮れ時、予定より少し遅れたが、俺たちは隣町『フィア』の門にたどり着いた。ベックは泥だらけの俺たちの肩を叩き、深く感謝してくれた。
ベック「助かったよ、あんたたち。あの状況で迷わず泥に飛び込める冒険者はそういない。……約束だ、明日の朝、報酬をギルド経由で全額支払わせてもらうよ」
泥の重みと疲労は凄まじかったが、俺たちの心には「やり遂げた」という確かな充実感があった。
サイドストーリー
宿に入る前、ザインは自分の泥だらけになった法衣を見て、今にも泣きそうな顔をしていた。
ザイン「信じられません……この清浄なる私が、豚の餌場のような泥にまみれるなど……。フィオ殿! あなたのその風の魔法で、私の服の泥を吹き飛ばしてはくれませんか!?」
フィオ「やあやあ、おじさん! そんなの簡単だよ! でも、ボクの風はちょっと『激しい』から、服ごと吹き飛んじゃうかもしれないけどいいかな? (※泥まみれのハゲを罵倒するエルフ語の歌を歌い出す)」
ザイン「ひぃっ! それは浄化ではなく破壊です! 不条理です! そもそも私はハゲていません!」
ミラ「……チッ。うるさいよ。ほら、そこの井戸で自分で洗いな。じゃないと、泥が乾いて石みたいに固まっちまうよ」
ミラに追い立てられ、ザインはぶつぶつと文句を言いながら、冷たい井戸水で必死に洗濯を始めた。




