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闘技場を追放された絶対王者、愛弟子の敗北を見て静かにキレる 〜時代遅れの俺が新王者を一撃で粉砕するまで〜

作者: 新田青
掲載日:2026/03/07



 観客は金を賭け、剣闘士は命を賭ける。それが闘技場だ。


「──っ」


 対戦相手の剣が、頬を掠める。


「どうした!? 来い!」


 痩せ我慢なのか、対戦相手の体は緊張で硬い。それもそうだ。まだ10戦そこらの新米剣闘士なのだから。


 恐怖に耐えかねて振るわれる剣を、ギリギリで躱していく。


 距離が離れすぎないように、相手の体全体を視界で捉えながら。


「くそっ! なんで当たんねえんだよ!」


 喋る余裕があるのか。


「ふっ」


 小さく息を吐きながら、相手の鳩尾に剣の柄頭を捩じ込む。


 悶絶する相手に、剣を振りかぶる。


「ひっ」


 引き攣る様な声を聞きながら、俺は試合の終わりを悟った。



 ――――――――――――――――――――


 


「勝者レイン! これで100度目の王座防衛! まさに前人未到の領域です!」


 解説者が騒ぎ立てる。


 100連勝。闘技場の王者になってから、山ほどの怪我を負い、命のぶつけ合いの果てに掴み取った100回の防衛。


「疲れたな……」


 倒れている対戦相手をよそに、俺は思わず天を仰いで呟いた。


「レインさん! お話を聞かせていただいてもいいですか!?」


 解説者が寄ってくる。


 だが俺は、それが望まれていないことを知っていた。


 いつからだろうか。観客が俺の勝利を願う声から、俺の敗北を願う声に変わったのは。


「次は1000回の防衛を目指す。応援ありがとう」


 それだけ言うと、観客は大声をあげて盛り上がる。


 それもきっと、俺の敗北への期待感からだろう。





 ――――――――――――――――――


「レイン。お前はクビだ」


「クビ……?」


 元々のオーナーが体を壊して引退し、その息子が代役として運営を始めた。


 最初は俺に対して下手に出ていたが、日に日に態度が悪くなった。


 本来は金になるはずの王者の試合。それがあまり人気がないのが理由だろう。


 だがそれも当然だ。俺自身に人気がないのは認めるが、対戦相手の質が悪くてつまらない試合になるのは目の前の男のせいでもある。


「クビだクビ。お前は人気も無ければ愛想も悪い。それに加えて興行というのをまるっきり理解していない」


 口髭を整えながら語る新オーナー。確か名前はパトロだったか。


「だが、俺以外の試合も同じ様なものだろ? あんたの腕が悪いんじゃないのか」


「な、なぬっ!?」


 前のオーナーは上手くやっていた。あの人がいた頃は、対戦相手も油断できないやつばかりだった。


 あの爺さんは本当に闘技場で行われる興行を愛していた。だがパトロは違う。ただ金に目がないだけのドラ息子だ。


「俺の試合に人気がないなら、俺を倒せる剣闘士を用意すればいいだけだ。その金をケチってるのはあんただろ」


「ぬぅ……運営のことをなにも知らぬ剣闘士風情が」


「その剣闘士風情でもわかる理屈を教えてやってるだけだ」


 パトロが闘技場に関わるようになって、露骨に剣闘士が増えた。試合数もその分多くなり、盛り上がりはあるが、特別感は薄れた。


「舐めた口を聞くなっ! 私は既にお前に代わる剣闘士を用意している。つまらない剣闘士であるお前とは違い、観客を呼び込める人間をな! おい! 入ってこいマルコ!」


 そう言うなり、パトロは一人の人間が部屋に入ってきた。


「パトロさん。なんか用すか?」


 顔は整ってる。身長もあって手足も長い。ルックスだけなら人気が出そうな剣闘士だ。


 だが致命的に細い。


 俺なら1秒で戦闘不能にできるな。


「ふっ。お前にも見せておこうと思ってな。こいつが闘技場を腐らせた剣闘士だ!」


「あー? 確かに華がないおっさんっすね。弱そうだし」


 喋るたびにくちゃくちゃ音を鳴らしている。不快感に思わず眉を顰めた。


「本当に俺をクビにして、この男を担ぐつもりか?」


「なんじゃ! まだ文句があるのか!?」


「文句ってわけじゃないんだが……」


 以前のオーナーならこんな奴は歯牙にもかけなかっただろう。そもそも剣闘士として活躍する以前の問題だ。全く鍛錬が足りてない。


 候補生の方がまだ強そうだ。


「おいおっさん。いつまでも人に縋り付くのはダサいぜ? クビだって言われたらさっさと出ていかないとな」


「そうじゃ! さっさと出ていけレイン!」


 俺はため息をついた。


 仕方がない。ここまで言っても無駄なら、もうこれ以上は俺に出来ることはない。


 俺自身も100回の防衛の先に、目標を見失ってしまった。いい機会だったのかもしれない。


「レイン。装備は全部置いていけ」


「俺の金で買ったものだぞ」


「知るか。その金も闘技場から出ているものだろう。いいから言う通りにしろ!」


「……」


 そうして俺は長年愛用していた装備を脱ぎ捨て、剣闘士とは思えない格好で追い出されることになった。




 ――――――――――――――――

 


 闘技場をクビになり、俺は旧友の家を訪ねることにした。昔に引退した剣闘士で、俺としては唯一の友人とも呼べる男だ。


「はいはい。誰だ? ってお前……レインじゃねえか!? 久しぶりだな!」


「久しぶりだなヴィンス。元気してたか?」


 旧友は快く俺を迎え入れてくれた。


「お前が家を訪ねてくるなんて初めてじゃねえか。噂は聞いてたぜ。100連勝! まさに闘技場の王だな!」


「あ、ああ。ありがとう……」


「どうした? なんかあったのか?」


「それがな……」


 俺はこれまでの経緯を伝えた。


「──なんじゃそりゃ!? 闘技場をクビぃ!? 引退試合も無しか!?」


「ああ。まあ、新オーナーのパトロとは折り合いが悪かったのは理解してたが、まさか追い出されるとは思わなかったよ。けど、いい機会だったのかもな」


 ヴィンスは口をぱくぱくと開閉している。どうやら酷く驚いた様だ。


「そ、それでどうするんだ?」


「どうするって何が?」


「いや、お前ほどの剣士がまさか剣を捨てるなんて言わないよな? 何かやりたいことはねえのか?」


「やりたいこと?」


 俺はヴィンスの言葉に考える。これからの事については自分でも無意識に考えない様にしていた様に思う。


 俺には闘技場しかなかったから、それが無くなって改めて自分の空っぽさに気づいた。


「そうだな……やりたいこと、見つからないんだよな。俺はヴィンスとは違って、器用じゃないから」


「何言ってんだよ! 技の剣闘士と呼ばれたお前が器用じゃなかったら俺はどうなるんだよ!」


 技の剣闘士。俺が闘技場で生き残るために、今までのセオリーを壊す形で技術を練り上げた末に呼ばれた異名だ。


 それまでは力の剣闘士と呼ばれる男が闘技場を席巻していた。同じことをしても勝てないと思い、俺は技術を磨いたのだ。


「剣に限って言えばな。だが、他のことはてんでダメだ。オーナーのパトロにも言われたよ。お前はつまらない剣闘士だってな」


「──そんな事ない!」


 突然高い声が部屋に響いた。


 声の主を探すと、それは階段を降りてきた女の子から発せられたのだと気づく。


「しゃ、シャル? いきなりどうしたんだ?」


 ヴィンスが彼女を呼んだことで、初めて名前を知った。


 どこかで見た顔だと思ったら、いつも俺の試合を見にきている女の子だった。


「レインさんはつまらない剣闘士なんかじゃない。誰がそんな事言ったの?」


「部屋に戻ってなさい……」


「嫌」


「シャルロット!」


「何よ! 私が挨拶したら困るってわけ!?」


 随分と強気な女の子だ。それにしてもヴィンスの家にいるということは。


「ヴィンス。お前の娘か?」


「……すまんレイン。決して悪い子じゃないんだ。ただ、剣とお前の話になるとどうしても融通が利かなくてな」


「どういうことだ?」


「俺が昔負けた力の剣闘士ダリオンを覚えてるか?」


「ああ」


 長年王者として君臨していた剣闘士だ。


「お前が俺の仇を取ってくれただろう?」


 仇か。当時は必死だったが、確かにヴィンスがダリオンに負けた時は怒りが湧いたのを覚えてる。


「仇討ちなんて、そんな高尚なもんじゃないぞ」


「倒れた俺に唾を吐いたダリオンに、そっくりそのままやり返してくれただろ? お前が何を言っても、俺たちにはそう見えたんだよ」


 そんな事もあったな。俺も当時は血気盛んだった。


「それからなんだ。シャルがお前のファンになっちまってな……」


「そうだったのか」


 シャルロットを見ると、顔を赤くさせて俯いてる。父親に暴露されたのが恥ずかしいのか。


「──シャルロット……いつも試合を見にきてくれていたな」


「は、はいっ……」


「剣術が好きなのか?」


「そ、そうです。わ、私、剣闘士になるのが夢なんです」


 驚いた。女の剣闘士もいるにはいるが、その数は決して多くない。体格や力でどうしても差がでるため、その分卓越した技術が求められる。


「そうか。頑張れよ」


「え……? 否定しないんですか?」


「する必要がない。夢ってのは本来自分勝手なものだ。それに、ヴィンスの娘なら才能はあるだろうからな」


 俺の言葉にシャルロットは目を輝かせる。


「よしてくれレイン。あんまり焚き付けないでくれ」


「ああ、すまん。お前からしたら心配だよな」


 俺は思わず笑ってしまった。俺にとってヴィンスは友人であると共に、優れた剣士だった。


 そんな男が今は娘の言動に振り回されているのを見て、面白くないはずがない。


「レイン。今日はうちに泊まっていけ。妻の使ってた部屋が空いてる」


「そういえば奥さんはどうしたんだ?」


「今は実家で療養してる。少し体調が悪くてな。まあ、気にするな」


「そうか……。わかった。お言葉に甘えよう」


 ヴィンスの家を見ると、お世辞にも裕福とは言いづらい。


 俺に何かしてやれることがあればいいのだが。



 ――――――――――――――――――



 翌朝、庭に出てみるとシャルロットが素振りをしていた。


 太刀筋は悪くはないが、どこか投げやりだ。


「精が出るな」


「あ、レインさん……おはようございます」


「おはよう。毎日素振りしてるのか?」


「はい」


 シャルロットは頷く。


「シャルロットはどうして剣闘士になりたいんだ? 俺がいうのもなんだが、危険だし、実入りもそこまでいいわけじゃないだろ?」


「あ……その」


 顔を赤くするシャルロット。


「?」


「私、レインさんに憧れているんです。あなたみたいな剣闘士になりたいんです!」


 目をつぶって叫ぶシャルロット。その声に思わず耳を塞ぐ。


「そ、そうか。ちなみに、剣を振り始めてからどれくらい経つ?」


「7歳の頃からなので、10年くらい?」


「毎日やってたのか?」


「はい。剣を振ってると、嫌なことも忘れられるんです」


 俺も同じようなことを思っていた。親もおらず、孤児としてオーナーに拾われた自分には剣しかないと思っていた。縋るように握った剣は、いつも俺に未来への希望を見せてくれた。


「そうか。もう一度振ってみてくれ」


「え? あ、はい!」


 風を切る音が響く。心地いい音だ。真っ直ぐ、最短で目標を切る剣。


 伊達に素振りを繰り返していたわけじゃなさそうだ。基礎はできている。


「いい剣だ。だが、それじゃ人は斬れない」


「え……?」


 ショックを受けたような顔をするシャルロット。


「予備動作がわかりやすい。基本に忠実といえば聞こえはいいが、それはどちらかと言うと騎士の剣だな」


「騎士の剣……」


 大方、ヴィンスがそういう風に教えたのだろう。


「剣闘士はお互いに命をかける。死ぬことはそう多くはないと言ってもだ。一対一、横槍が入らない状況で、相手のことだけに集中する。基本的には後の先を狙ってな。ここまではわかるか?」


「はい」


「敵が振った剣を躱し、受け流し、体勢が崩れたところで打ち込む。皆がそれを狙っている。その状況で、お前が剣を振ったらどうなると思う?」


「……避けられて、斬られる?」


「そうだ。けど、お互いに剣を振らないとなったら、試合は進まない。観客も痺れをきらして罵声を浴びせるだろうな」


「じゃあどうすればいいんですか?」


 いい目だ。


「見せた方が早いだろう。木剣を貸してくれ」


「あ、はい」


 俺は受け取った木剣を構える。


 シャルロットに切先を向けて、ゆらゆらと動かす。


 そして、少し剣先を持ち上げる。


 シャルロットが動揺して飛び退いた。


「はは。いい反応だな。まあ、こういうことだ」


「今のって……」


「この通り。先手の剣には虚実が必要なんだ。ちなみに、あんなに大袈裟に逃げたらそのまま斬られるぞ」


「斬るために、フェイントをかけるって事ですよね?」


「ああ。これが一流の剣闘士同士だと、一瞬の間に何回も行われる。そして虚剣に後の先を取ろうとして、先手の剣に斬られるんだ」


「……すごい」


 シャルロットは俺のことをキラキラした目で見てくる。熟練の剣闘士でも難しいことを言ったが、理解力はあるようだ。


「本当の意味で理解するなら、実践を積むのがいいんだけどな。やっぱり一人で素振りするだけじゃ、実戦の戦い方は身につかない」


 やはり剣闘士になるなら早いうちから闘技場に所属した方がいいだろう。


 闘技場の中では仲間の剣闘士と稽古もできるし、木剣や、武器なしの試合も新米に組まれることがある。


 いや、だが、そもそも俺はなぜ剣闘士のことばかり考えてるんだ。もう俺は剣闘士ではないし、シャルロットの事も俺には関係ないはずなのに。


「あの……」


「ん?」


 一人で考え込んでいると、シャルロットが何かを決心したようにこちらを見た。


「レインさん! 私の、師匠になってくれませんか!?」


 俺は額に手を当てた。


 ――――――――――――――――――――



「ダメだ」


「どうしてですか!?」


「俺には弟子を見る時間もなければ、そんな資格もない」


「やりたい事がないって言ってたじゃないですか! それに資格なんて……私は他の誰でもないレインさんに教えてもらいたいんです!」


 どうやら昨日ヴィンスと話していたのを聞いていたらしい。


「いや、それでもダメだ。ヴィンスがなぜ剣闘士を引退したのかわかってるだろう?」


「それは……」


 ヴィンスは大怪我を負って引退した。それまで積み上げてきた功績や、名声。それら全ては負けた瞬間に失った。剣闘士としての価値、観客の人気。


 闘技場は非情な勝負の世界だ。


 もしもシャルロットが闘技場で怪我を負った場合、その責任を背負いきれない。


「剣闘士になりたいなら好きにすればいい。だが、俺が教えたお前がもし怪我でもしたら、俺はヴィンスに顔向けができない」


「……」


 泣きそうな顔だ。胸が痛むが、これは仕方のない事なのだ。


「騎士になるのはどうだ? わざわざ剣闘士なんて泥臭いものにならなくても、よっぽど安定するぞ」


「それじゃだめなんです……私は剣闘士になりたいんです。レインさんみたいな剣闘士になって、私も誰かに夢を見せたいんです」


「……」


 夢というのは自分勝手なものだ。だからこそ、その責任は重い。道半ばで消えていった剣闘士たちを今まで何人も見てきた。


「わがまま言ってごめんなさい。けど、いいです。レインさんが教えてくれなくても、私は剣闘士になります。そして、いつか闘技場の王者になってみせますから!」


 女性の王者はいまだにいない。つまり、史上初めての剣闘士が誕生することを意味する。


 俺が最年少で闘技場の王者になる事を夢見た時と、シャルロットが重なって見えた。


「はぁ」


 ため息が漏れた。


「──弱音は吐かないと誓えるか?」


「え……? は、はい!」


「泥に塗れる覚悟はあるか?」


「望むところです。私は、そんな剣闘士に憧れているんです」


 これは俺の負けだな。


「わかった。弟子、とまでは行かないが、剣闘を教えてやる。だが、一つだけ約束してくれ。俺が教えた技術は、闘技場で勝つための技術だ。自分の力を誇示するためのものじゃない」


「はい!」


 姿勢を正し、元気良く返事をするシャルロットを見ると、思わず笑ってしまう。


 一度止まった時間が、動き出した気がした。



 ――――――――――――――――



「そうか……シャルロットが」


 ヴィンスは思っていたよりも驚かなかった。


「すまない。最初はそんなつもりじゃなかったんだが」


「まあ、あの子は子供の時からレインの事ばっかり話してたからな。今日の試合はいつもより調子が悪そうだったとか、今日は新しい技を使ってたとか」


「……俺のせいってことだよな」


 思わず頭を掻く。


「まあ、そうだな。けど、責められねえよ。同じ剣闘士だった俺でさえ、あの時のお前を見て震えたんだ。父親としては情けねえが、憧れたのがお前でよかったよ」


 自嘲気味に言うヴィンスに、俺は首を振る。


「俺はお前を追いかけていたんだ。双剣のヴィンスは、あの頃最も勢いがある剣闘士だった。お前は魅せ方も上手かったしな。憧れていたよ」


「嬉しい事を言ってくれるじゃねえか。今日はやけに口数が多いな?」


「はは。そうかもな。俺にはやっぱり剣しかないのかもしれない。お前とシャルロットには悪いが、少しワクワクしてるんだ」


 ヴィンスは笑う。そして、棚を開けると、布に包まれた何かを差し出してくる。


「お前にやるよこれ。引退試合の後にオーナーから貰った剣だ」


「……いいのか?」


「剣は剣の本文を果たすべきだ。あの子に教えるなら、お前も剣くらいは差しとけ」


 受け取った包みを外すと、中には装飾が施された剣が出てきた。


 儀礼用に見えるが、きっと実戦でも使える剣だろう。


 高価なものの筈だ。今まで売らずに取っていたくらい大切なものなのに、それを俺に託してくれるのか。


「ありがとう。ヴィンス」


「餞別だ。その代わり俺の娘を頼んだ。どうせ俺が言っても聞きはしねえからな。お前が教えてくれるなら安心できる」




 ――――――――――――――――――――



 シャルロットに稽古をつけるために、まず最初にやったのは俺に剣を向けさせる事だった。


 対人の稽古をあまりやってない人間は、人を打つのに躊躇が入るためだ。


 だが、シャルロットは俺の予想に反して、物怖じせず打ち込んできた。


 これは剣闘士に必要な闘志が備わっている事を意味する。


 次に、シャルロットの性格を調べるために、実戦形式で木剣の打ち合いをした。


 その結果わかったのは、シャルロットは先に仕掛けるのを好む好戦的な剣闘士ということ。


 それに加えて、俺の予想を遥かに超える才能があるということだ。


「はぁ……はぁ……。つぎ、お願いします」


「少し休憩してもいいんだぞ」


「いえ。もう少しだけ」


 もう少しだけ、はあと少しだけになり、そしてもう一回に変わり、最後にもう一度、と日が暮れるまで剣を振り続けた。


 これは長年素振りをしっかりやりこんできたのも関係しているのだろうが、大多数の人間には備わってない力だ。


「疲れていても脇を開けるな。お前の剣は速度が命なんだ」


「は、はいっ……!」


 呼吸も荒く、大量の汗をかいている。


 辛い筈だが、投げ出す気が微塵も感じられない。言う事を聞く素直さもあるし、太刀筋は日に日によくなっている。


 そうして、俺は自分でも気づかないうちに、彼女の成長をどこまでも見守っていたいと思うようになった。



 ――――――――――――――――――――




 気づけば二ヶ月の時が経ち、シャルロットは初めて見た日とは別人のような動きをするようになった。


 元々土台はあったのだが、まさかここまで成長するとは思わなかった。


「師匠?」


 目を見張るほどの成長に固まっていると、シャルロットが上目遣いに聞いてくる。


「その呼び方はやめろと言ったろ? レインでいい」


「嫌です。師匠は師匠ですから。あ、師匠も一番弟子は私だけですからね?」


「俺なんかの弟子になっても、何もいい事はないぞ」


「なんでそんな事言うんですか……?」


「俺は所詮、闘技場では必要とされない剣闘士だ。いくら王者とは言っても、興行である以上、人気商売という側面がある」


「そんなっ……!」


 自分のことの様に悔しそうな表情のシャルロットを見て、つい苦笑する。


 今のシャルロットは剣闘士の中でも相当な上澄みだ。女性ならではのしなやかな体捌きと的確な攻撃は、まさに目を見張るほどである。


 そろそろ闘技場で剣闘士として登録してもいいかもしれない。


 そんなふうに思っていた翌日、問題が起きた。



 ――――――――――――――――――


「レイン!」


「どうしたヴィンス?」


「シャルロットを見てないか!?」


 慌てながら部屋に駆け込んできたのはヴィンスだった。まだ早朝の時間だ。


「部屋にいるんじゃないのか?」


「……こんな置き手紙があったんだ」


 手紙を見ると、そこにはこう書かれていた。


『師匠の剣は間違ってないと、私が証明します』


「まさか……」


 ──闘技場にいったのか?


 俺はすぐに外に出る準備をした。


「な、なあ。レイン。お前は、どこに行ったのか知ってるのか?」


「すまんヴィンス。必ず連れ戻す」


 シャルロットは確かに成長した。だが、まだ至らない点もある。


 それが最初に素振りをしていた彼女に教えた虚実の剣だ。


 嘘が嫌いで真っ直ぐな性格の彼女は、剣にも嘘をつけなかった。


 時間をかければ習得は出来るだろうが、試合をするにはまだ早い。


「くそっ……! 早まるなよシャルロットっ」




 ――――――――――――――――



 俺は全財産を持って闘技場に走った。


 いざとなれば、この金を使ってシャルロットの試合を中断させるつもりだった。


 闘技場につき、観客席にいる人波をかき分けていく。


 その時、観客席がどよめいた。


「な……」


 遅かった。シャルロットが剣闘士としてステージに立っている。


 対戦相手は誰だ?


「若き新王者マルコに挑むは、今日登録の剣闘士シャルロットです!」


 解説の声が響く。


 マルコだと? パトロが連れてきた奴か。しかも王者だと。


「破竹の勢いで王座を手にし、今日が初防衛となる戦いです。その相手に、あの双剣ヴィンスの娘であり、元王者レインの弟子でもあるシャルロットが名乗りを上げました」


 観客席は熱狂の渦だ。倍率を確認すると7.8倍だった。誰もシャルロットが勝つと思っていないらしい。


 それよりも、たったの二ヶ月で王者だと。どんな手を使ったんだ。


 いや、オーナーであるパトロが後押しをするというなら、それも可能なのか。


 そもそも、今日登録したばかりのシャルロットの試合を組むとは、本当にパトロは金儲けに目がないらしい。


 剣闘士をどれだけ馬鹿にしているのか。


「──」


 試合が始まった。マルコは余裕ぶった表情で剣を肩に担いでいる。


「はっ!」


 耳を凝らすと、シャルロットの息を吐く声が聞こえた。


 そのままマルコに肉薄していき、大上段から素早い一撃を繰り出す。


 マルコは余裕ぶっていたが、思っていたより鋭い攻撃に慌てて防御する。


 そのまま防戦一方のマルコ。


 シャルロットは逆に攻勢を強め、剣の回転も益々上がっていく。


 まさか、このまま勝ってしまうのでは──。


 そんな期待が過った時、急にシャルロットが後ろへ飛び退いた。


(なんだ……?)


 マルコは下卑た笑いを浮かべる。ニヤニヤと口角を釣り上げながら、あらぬ方向に視線を向ける。その先にはオーナーのパトロがいた。


「なんでっ!?」


 シャルロットの思わず漏れたような声が耳に届く。注意深く観察すると、どうやらシャルロットの剣に亀裂が入っている様だ。


 確かにシャルロットは力強い斬撃を何度も繰り出していた。だが、それに対してマルコは防いでいただけで、計算して剣の耐久性を削っていた素振りはない。


(まさかっ……細工したのかっ!?)


 パトロを見ると、にやにやと笑みを浮かべたまま髭を撫でつけている。


 おかしいと思った。これまで何度もこんな事をしてきたのだろう。マルコという剣闘士の人気を得るために、虚構の王者を作り上げるために。


「腐ってやがるっ……!」


 試合は一転して、シャルロットが防戦一方になった。手に持つ剣を労わりながらでは、思い切り攻撃することなどできない。


 そんなシャルロットに笑いながら剣を叩きつけるマルコ。


「シャルロット!」


 遂に彼女の剣が折れる。


「くっ……」


 だが、彼女は諦めなかった。闘技場での決着はどちらかの戦闘不能だ。


 シャルロットは中ほどから折れた剣をマルコに投げつけ、その腹に蹴りを放った。


「いてえじゃねえか……このクソ女っ!」


 足を掴まれ、地面に引き倒されるシャルロット。そして、何度も蹴られ、シャルロットはその度に呻き声を上げる。


 観客は暴力に熱狂していた。蹴られ、殴られ、痛めつけられるシャルロットを見て、指笛を吹いた。


 思わず握り込んだ手のひらに、血が滴る。


「……すまん。爺さん。この闘技場は、もう終わりだ」


 俺は呟き、観客席を乗り越えてステージに近づく。


「ハッハア! 死ねクソ女!」


 最後に振り下ろされたマルコの剣、それを鞘から引き抜いた剣で止めた。


 金属同士が擦れ合い、火花が散る。


「あ……? なに邪魔してんの? てか、誰かと思ったらあの時のおっさんかよ!」


 マルコは苛立ちながら言う。


 俺はそれを無視して、シャルロットの容態を確認した。


「ご、ごめんなさい師匠……私、負けちゃいました」


 度重なる打撲によってところどころに青痣がある。口の端も切った様で、赤い血が滲んでいた。


 ──。


「大丈夫だ。何も心配はいらない。よくやった」


「う、ううっ……!」


 悔し涙を流すシャルロットを抱えて、俺は観客席へと歩いていく。


 そして一人の観客に言った。


「すまない。この子を少し見といてくれるか」


「あ、ああ」


 俺はシャルロットを預けて、剣を引き抜く。


「パトロっ!」


 こんなに怒りのままに誰かの名前を呼ぶのは久しぶりだ。


「な、なんじゃ! う、うるさいぞレイン!」


「飛び入りだ。許してくれるよな?」


「なんじゃと……? 貴様はもう剣闘士じゃないのだ! そんなことが許されると思っとるのか!?」


 それを聞いて、俺は持っていた袋を掲げる。


 本来はシャルロットの試合を中断させるために持ってきた金だったが、この際だ。


 俺は観客全員に聞こえる様に声を張り上げた。


「全員聞け! ここに俺の全財産がある! マルコとシャルロットの試合は倍率が7.8倍で間違いないな!?」


 俺の言葉を黙って聞いている観客たち。


「──これまで王者として稼いできた全財産を自分に賭ける! 俺は引退試合もまだなんだ! 新旧王者の戦いが見たくはないか!?」


 観客は一瞬の静寂の後、大地を震わせる様な歓声を上げる。


「何を勝手なことをっ……!」


「無礼講だ。あんたも賭けたらどうだ? 大好きなマルコとやらに」


 俺がそう言うと、パトロは顔を真っ赤に染めた。


「まあ、いいんじゃないすか? パトロさん。そもそも俺がこんな時代遅れのおっさんに負けるわけないっしょ?」


 マルコが言うと、パトロは落ち着きを取り戻したように笑みを浮かべる。


「ふんっ。いいだろう。マルコにも箔がつくというものだ。唯一残った金まで失って泣きついても知らんからな!」


 俺を指差しながら叫ぶパトロ。


「待たせたな。マルコだったか」


「おっさん。目立ちたいのはわかるけど、このやり方は流石にダサいと思うわ。弟子が負けたからって、ルール無視して挑んでくるなんてさ」


「その割には嬉しそうじゃないか」


「はっ。そりゃそうだろ。どこに行ってもおっさんのせいでいつまでも俺を王者として認めねえ頭の硬い奴がいるからな」


 つまり、まだ俺を闘技場の王者だと思ってくれている観客がいたのか。


 確かに、観客席を見渡すと、少し前とは違った風に見えた。


 あの時は全員が俺の敗北を望んでいると思ったが、実はそうでもないらしい。


 俺が自分で、そういうふうに思い込んでいたのだろうか。


 息を深く吸い込む。


「シャルロット! 見ていろ!」


 それだけ言い、俺はステージに上がる。


 久しぶりの感覚だ。対戦相手がいて、戦うことで価値を示すというのは。


 俺は剣をマルコに向ける。


「お、なんだ? 勇んでた割に慎重じゃねえかよ」


「……」


 マルコは自分に向けられた切っ先を見ながら、ニヤニヤと語る。


「さっさと来いよ? 俺がむかつくんだろ? お?」


 マルコは典型的な後の先を取る剣闘士だ。相手に攻撃を仕掛けさせ、それを挫く。シャルロットとの試合を見ていたが、その体格に見合った腕力はあるようだった。


 俺は剣先を揺らしながら、マルコの一挙手一投足に集中する。


 そして、マルコがまた口を開きかけた瞬間、つま先を少しだけ動かした。


「っ!」


 マルコがそれに反応して、重心を後ろ足に乗せるのが確認できた。


「ふっ!」


 息を吐き、剣を大上段から振り下ろす。


 マルコの反応は遅れ、防御のために剣を持ち上げるが遅かった。


 俺の剣が、マルコの持つ剣ごと、顔面を縦に切り裂いた。


「あ、あぁぁぉあ!?」


 鮮血と共に悲鳴を上げ、折れた剣を放って悶えるマルコ。


 熱狂していた観客が静まり返り、俺は血を払って剣を鞘に収めた。


「わ、わたしの剣闘士がっ……」


 膝をついて現実逃避しているパトロを睨みつける。


「ひぃっ!? や、やめてくれ!」


 それだけでパトロは土下座するように蹲り、ガクガクと震え始める。


 剣闘士から本気で殺気をぶつけられた経験など、パトロにあるはずがない。


 俺は静まり返っている観客席に向かって叫ぶ。


「不正だらけの剣闘士に金をかける馬鹿共! これでわかっただろ!? この闘技場の王者は俺だけだ!」


 俺の発言を聞いてパトロは青ざめた表情を浮かべる。


 徐々に観客のざわめきが大きくなり、一人、また一人と口々にパトロに罵声を浴びせる。


 俺はそんなパトロを尻目に、観客席から俺を見つめるシャルロットの元へと歩いて行った。



 ――――――――――――――――


 シャルロットを背中に背負いながら、俺は闘技場を後にした。


 賭けによって山のように膨れ上がった財産は、後日支払われる運びになった。


 あの闘技場はもう客を呼べないだろう。古巣とも呼べる場所が潰れるのは忍びないが、どちらにせよパトロが運営するなら遅かれ早かれだ。


 夕暮れの中、ゆっくりと歩きながら俺は口を開いた。


「すまなかった」


「……どうして謝るんですか?」


 剣闘士の世界は綺麗事だけじゃない。金が絡めば、人の欲望はとどまることを知らない。


 今日のように、オーナーと剣闘士がグルになって対戦相手を嵌めるのは予想できた事だった。


 剣闘士に憧れるシャルロットに、そういう一面について説明できてなかったのは、俺の責任だ。


「嫌になっただろ。俺のせいだ」


「嫌になるって、何がですか?」


「剣闘士だよ。勝負の世界は汚い側面もある。お前がそういうのを嫌っているのを知っていたから、あまり説明したくなかったんだ。失望しただろ?」


 シャルロットには綺麗なものだけを見てほしかった。剣闘士が、鎬を削りながらお互いの存在をぶつけ合う、そんな美しい姿だけを。


 今日の俺は怒りに支配され、剣筋も悪かった。相手がマルコじゃなく、もっと強い剣闘士だったら無様に負けていたかもしれない。


「いえ。私は師匠に失望なんてしませんよ。むしろ、今日もっと好きになりました」


 後ろでコロコロと笑うシャルロットの声に、俺は思わず振り返った。


 そして、その際に唇が当たってしまった。


「あ」


「え……? あ、え」


 なんてことをしてしまったんだ。シャルロットは剣闘士を目指しているとは言ってもうら若い女性だ。


「す、すまないっ」


「いえ! い、いいんです! あ、いいっていうか、構わないというか!」


「ど、どういうことだ?」


「い、いや。そういえば、今日の師匠はかっこよかったです! 教えてもらってから、初めて師匠の虚実の剣を見ました!」


「あ、ああ。そうだな。お前に見せてやろうと思って、つい」


「本当に凄かったです。あれが、本当の先手の剣なんですね」


 シャルロットは剣について語り始めるといつも通りの様子に変わった。


 よっぽど剣が好きなんだろう。


「ああ……お前なら、俺よりもっと上手くやれるようになるさ」


「本当ですか? それじゃ、これからも教えてくださいね!」


「勿論。あ……けど、まずヴィンスに説明しないとな……結局、怪我をさせてしまったわけだし」


「もう! そんなのいいんですよ! 確かに卑怯な手で負けてしまったのは悔しかったですけど、そのおかげでかっこいい師匠が見れたんですから!」


 首に腕を回してくるシャルロットに、俺は思わず歩き方を忘れてよろめく。


「はは……ありがとうな……シャル」


「シャ……ル? え? 今なんて言いました?」


「あ、いや、なんでもない」


「もう一度呼んでください! ほら!」


「さっさと帰って怪我の治療しないと。あんまり暴れるな」


「もう!」


「はは」


 俺は遠くの空を見た。太陽は沈み、月が後を追いかける。


 一度は戦う意味を失い、剣が手から離れた。


 なのに、それを取り戻してくれる子がいるなんて思わなかった。


 きっとシャルと出会わなければ、今でも観客は全員敵だと思っていたはずだ。


 そしてそんな彼女は、きっとこれから偉大な剣闘士になるだろう。


 闘技場で戦い続けてきた日々が新しい物語を紡ぐのならば、俺の歩んできた道にもきっと意味はあったのだろう。


 今はそう思えた。


 

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