降臨
ジョージが太陽系外星域探査に抜擢されたのは、とある夏の日の昼下がりだった。
日系アメリカ人二世である青年、ジョージ・新上は軍人として、数年前から外宇宙探査のための特殊訓練を受けてきた。来るべき人類の未来のためにとのふれこみだったが、まさか自分がその筆頭に抜擢されるとは……。まごうことなき吉報だった。
「聞いた話じゃ、外宇宙へはロケットなんかにゃ乗っていかないらしいぞ。軍が一世紀にもわたって研究してきたスターゲートをくぐっていくんだとよ。正式名称は〈次元渦動門〉っていうんだ。ああ、太陽系の外ってどんな世界なんだろうなぁ。俺はお前が羨ましいぜ」
同僚のマーク・晴海はそんなことを言いながらジョージの肩を強く叩いた。
◇
出発の日は瞬く間に訪れる。
任務開始の直前まで、ジョージ本人に知らされる情報は少なかったが、それでも青年にとっては胸躍らせるに十分なほどの冒険の幕開けと言えた。地球人類初の試みにして、大変な栄誉である。担当官を名乗るエドワード・スミスは、そんなジョージに向かってこのようなことを告げた。
「知っての通り、太陽系外域にはどんな脅威や過酷な環境が待ち構えているのか、その詳細は依然として判明していない。任務を快く引き受けてくれたキミには最高位の栄誉が与えられるだろう」
「光栄であります!」
「だが、そのためには『とある処置』が必要になる。未知の領域へ踏み入るのだからね。それ相応の準備が必要になるんだ」
「……今から新型宇宙服のテスト、でありますか?」
「まさか」
スミスは鼻で笑った。
「そんな機械的な手段で対応できるような世界ではないよ。必要なのは、いかなる過酷な環境にも耐えうる頑強な肉体と精神だ。なので、キミにはそのための手術を受けてもらうことになる」
「手術、でありますか……」
「恐れることはない。麻酔が効いている間に済むことだ。キミのご家族には相応の生活保証をしよう。そして――処置が終わった瞬間、キミは二階級特進を果たすことになる……」
おお、とジョージは思った。これでようやく故郷の家族に楽な暮らしをさせてやることができる。その為に自分は長年の軍役を続けてもきたのだから。
「承知しました。よろしくお願いします!」
ジョージの言葉を受け、スミスは白い歯を見せて笑った。
手術はさっそく開始される。
麻酔が効き、ジョージの意識は朦朧としてゆく。だが恐れはなかった。人跡未踏の世界への第一歩をしるす、その栄誉に酔いしれていた。
◇
目が覚めたとき、ジョージは巨大な装置の内側にいた。
巨大な縦穴だ。その最奥部に自分は立っていることが分かる
一面の暗闇で、己の認識すらしづらい状況だった。
(これが〈次元渦動門〉なのか……)
そんな不安をよそに、計画は開始された。
かの「レインボー・プロジェクト」と呼ばれた計画の結実である。
天才科学者、ニコラ・テスラの提唱した、テスラ・コイルを応用した電流仕掛けの装置の起動だ。かつて、「エルドリッジ号」という軍艦を利用して行われた次元転移実験もあったが、今回のそれは生身の生命体そのものを、別宇宙へと跳躍・移動させるというものに置き換えられている。
「ジョージ、キミこそ現代の『モントーク・ボーイ』なのだ」
スミスの声が聞こえた、気がした。
モントーク・ボーイとはジョージの知るところ、かつて火星へ送り込まれたとされる実験部隊員たちの愛称である。だが、今回赴く先は火星などではない。遥か遠くの、未知の領域――
電流が迸り、ジョージの肉体に光の槍が無数に突き刺さる。目の前がスパークし、瞬間的な衝撃が奔った。そして――
◇
再び目を覚ましたジョージが目にしたのは、赤く焼けただれた一面の荒野だった。
目的の星域に到達したのだろうか?
こわごわと己の手を見てみる。よくある宇宙服の類は身に着けていない。代わりに目に飛び込んできたのは、漆黒の鱗に覆われた手のひらであり、指の先には鋭い爪が弧を描いて存在していた。
(なんだ、これは)
自らの肉体をまさぐると、そこに視えたのは手のひらと同じ黒い鱗に覆われた体表の感触だった。
おまけに視野がいやに広い。地面から数十メートルの高さにある。ちょっと背を伸ばせば地平の果てまで見渡せそうなほどだ。それは、彼の身長が異常な高数値を示している現実を物語っていた。
(……ドラゴンの中に俺はいるのか?)
その考えに至るのにさしたる時間はかからなかった。
背中には、空を飛ぶためのものであろう二枚翼が生えている感覚がある。
大地を踏みしめる脚部は強靭で、かつ図鑑で見た恐竜のごとく折れ曲がってもいた。
そして尻尾の存在だ。
長大なそれは赤い大地にふり降ろされ、周囲の土砂を無惨にえぐっている。
全体として恐竜のそれに似ているが、むしろファンタジー物語などでおなじみの「ドラゴン」――そうとしか表現できぬ威容がある。
ジョージは吼えた。
◇
青年が悟った真実――それは、異星生命体への脳移植だった。
スミスが告げた手術とはこのことだったのだ。
過酷な外宇宙環境にも耐えうる肉体とはドラゴンのことであり、おそらく軍は事前に〈次元渦動門〉のテストを兼ねて、この巨大生物を何らかの形で捕獲していたのだろう。そしてその内部にジョージの脳が移植された。そうに違いなかった。
(スミスのやつ――!)
スミスの言った「手術を終えた瞬間に二階級特進を果たす」とは、つまりこういうことだったのだ。
(人間としての俺はすでに死んだのだ。なにより……)
周囲を見渡しても、〈次元渦動門〉らしき装置はない。あれは一方通行のものに過ぎなかったのだろう。言ってみればジョージとは、ドラゴンへの生体脳移植のテストベッドであり、〈門〉の有用性を試すための部品に過ぎなかったのだ。
なぜ自分なのか?
湧き出るのは絶望と怒りだった。
あらゆる呪詛を吐き出すも、それらは言葉にならぬ巨獣の咆哮となるばかりである。肉体の奥底から湧き出る怒りは熱いマグマになり、やがて口から溢れ出る。荒涼とした大地がさらに焼けただれた。それが数えきれないほど繰り返された。
◇
それからいったいどれほどの時間が流れたのだろう。
かつてジョージであった巨獣に、もはや時間の概念は残っていなかった。
地球からの通信も、あると思われた後続部隊の到着もなかった。
ただ、無常に時間だけが過ぎ去っていった。
あるとき、巨獣がたたずむ赤い世界に異変が起きた。
惑星の死だった。
ブラックホールの接近によるものだったが、そんなことは巨獣の知り得ないことだ。消滅してゆく世界の断片にまみれたまま、かつてジョージと呼ばれた獣だけが、その意識を研ぎ澄ましている。
ブラックホールのもつ超重力に呑まれてなお、かれの肉体は不変であり、それを成し遂げているのは故郷であった地球への望郷と、己を騙した祖国への純粋な怒りだった。
果てしなき時空の流れのはてに、獣は新たな世界へ吐き出される。
神の導きか、もしくは運命なのか、それはわからない。
或いはホワイトホールという時空の出口に到達したと言えるのかもしれない。
ジョージの目指す先には、青く輝く小さな惑星があった。
◇
その青い惑星――地球には、まだ生まれたばかりの島国があった。
遥かのちの世で「日本」と呼ばれることになる弓状列島である。時空を超えたジョージがたどり着いたのは、そんな世界だった。
大地に降り立ったかれは、今までの怒りを思う存分ぶちまける。そこが祖国であろうとなかろうと……もはやかれを止められるものはいない。
振るう尻尾は山々を砕き、口からの熱線で肥沃な大地を焼いた。そのたびに、体表にまとわりついている赤い世界の破片が飛び散った。
朱い砂塵をまき散らしながら国土を蹂躙する荒神……
日本の人々は、そんなかれを朱き砂の王――すなわち、朱砂王と呼ぶようになった。
私なりの『ゴ●ラ』がやりたかったのです(笑。




