第4話・知らない悪夢《ゆめ》に躍らされ~想いは強く、空回る~
第2章 幻影と現実の狭間で惑う
第4話・知らない悪夢に躍らされ~想いは強く、空回る~
翌朝。
診察に訪れたシリウムはインスの顔色の悪さに一瞬口を閉ざす。
「……お前……」
「おはようございます」
呆れた声のシリウムに青い顔で微笑んだインスは何でもなさそうに挨拶をする。
その反応に溜め息を漏らす。
「……何があった?」
「別に……ちょっと、夢見が悪かったのか寝た気がしないだけです」
確認に、ちょっと視線を逸らして答えたインスは、内容を一切覚えていないので本当にそうなのかもわからない。
シリウムは大きく、深く溜め息を漏らした。
「……お前なぁ……」
「何ともありませんよ」
にこりと笑うインスに呆れて、もう一度溜め息を漏らす。
「……っ!?」
ツンと額を押されてインスは驚く。
「……何を……」
押されただけで弾かれたわけではないが、思わず両手で額を押さえて、若干恨めし気にシリウムを睨んだ。
「……どうしてもか?」
「どうしてもです」
確認にきっぱりと返す。
シリウムが肩を落とし、ちらりと入口に目を向けた。
振り返ったインスは、補助要員の神官が開けた扉の向こうにあるものを目にして軽く息を飲んだ。
「アインがいるのは最奥だ。歩いて行ける場所じゃないだろう?」
シリウムの声に、一瞬顔を歪める。
「……ありがとう、ございます……」
それから、柔らかな笑みと共に心からの礼を伝えた。
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主神殿の医務殿は、敷地のほぼ中央付近に存在している。
理由は、外部からの患者も、内部の患者もすべてを受け入れているから。
その医務殿は二つの棟に分かれていて、奥側が入院患者を受け入れている建物で、その中でも更に最奥に特別な治療室が存在していた。
インスが収容されていたのも重症患者用の病棟ではあったが、アインが治療を受けているのはこの最奥にある特別治療室。
搬送されてきた時には心肺停止してからそれなりに時間が経っていて、胸をナイフで刺されていて出血多量。
刺されてからもかなりの時間が経過していて、正直、蘇生の見込みはほぼなし。
それでも、医者として可能性がある限りは諦めることなどできるはずもなく……
神官としてはシリウムより上位で、医者としてはシリウムの次の腕前を持つ大神官のチェスパスにも協力を要請した結果、蘇生に成功。
手早く、しかし丁寧に手術を進め、この特別治療室に移されてから今日で九日目。
アインはまだ意識を取り戻さない。
ただ、幸い、その後悪化する兆候は見られず、少しずつ回復してきているのは分かっていた。
「……………」
けれど、シリウムが思っていた通り、インスには衝撃が大きすぎたらしい。
真っ白な顔で、呼吸を補助されて漸く息を保っているアインを見て、グラリと倒れかかった。
今朝、顔を合わせた時にも青かった顔色が、更に青ざめているのを見て溜め息を一つ。
「戻るか?」
一応問いかけるが、思った通り首を横に振られる。
「……近くに……」
掠れて、震えた声の懇願に「分かった。」と返して車椅子を押す。
アインの枕元に運んで、できるだけ近くに止める。
「……………」
そっと覗き込んだインスは、震える手でアインの小さな手に触れた。
瞬間ピクリと、ほんの僅か、動きが止まる。
思った以上に冷たくて、爪の先まで白くなっていて、思わず両手で包み込む。
「……インス……」
息が乱れて、喘ぐようになったのを見て取ったシリウムが再び声をかけるが、首を横に振って返事に変える。
「……アイン君……」
泣きそうな声でその名を呼んで、顔を覗き込む。
今は閉ざされた瞼の下の瞳は一見すると黒にしか見えない、深くて濃い神秘的な紫色。
治療の邪魔にならないようにと包まれている髪も同じ色で、透けるように白い素肌を彩る睫が辛うじて彩を添えていた。
精霊補助師の魔法で呼吸を補助されている筈のアインは、酷くうなされていた。
苦しげな息を繰り返し、時折微かな呻き声を漏らす。
ぽろりと眦から零れた雫がそのまま枕に染みて、一瞬ひきつけを起こした後に静かになった。
「……っ!」
「大丈夫だ」
思わず息を飲んだインスの肩をシリウムが押さえる。
振り返って自分を見たインスに視線を合わせ、繰り返す。
「大丈夫だ。薬が効いて、深い眠りに入っただけだ」
ゆっくりと、言い聞かせるようにして伝えると、少しの間緊張していたインスの体から力が抜ける。
「……いつから、ですか?」
ほっと、息を吐いたインスの問いかけに軽く片眉を跳ね上げた。
「……確か、二日くらい前からか?その前は何の反応も示していなかったから、これでも回復の兆候と見ればマシな方だ」
何を聞きたいのかを少し考えて、思い至ったところで答える。
確かに、悪夢にうなされて苦しそうであるのはいただけないが、それが分かるようになってきたのは回復の兆しがあるから。
そう考えれば、まだマシとは言える。
とはいえ……
(これだけ長い間、悪夢にうなされ続けているのもよいとは言えないがな……)
インスには気づかれないように心の中でだけ付け加える。
シリウムの返事を聞いて頷いたインスは、既にアインに向き直っているので気づくことはないだろう。
それからしばらくの間、静かに時が過ぎて、精霊補助師が呼吸を補助する魔法をかけ直したところでインスは再びシリウムに顔を向けた。
「……」
「駄目だ」
「……まだ、何も言っていませんが?」
口を開きかけたところを遮られ、インスは少しむくれた様子で文句をつける。
「これ以上は駄目だ。今日は戻るぞ」
「でも……」
「お前がいても、アインがよくなるわけじゃない。むしろ、お前がいると手間が増える」
正論を突き付けられても無言で睨むだけ。
そうはいっても、車椅子に乗せられて、それで漸くここに連れて来て貰えているインスがどれだけ抗議したところでシリウムが強行すれば運び出されて終わり。
それも分かっているから、恨めし気に見つめる事しかできない。
シリウムはこれ見よがしに溜め息を漏らした。
「とりあえず、今日は戻る。お前も、悪化させたら目も当てられない」
言われて、グッと詰まる。
確かに、今のままではただ眺めていることしかできなくて……
それでなくても、皇宮呪師であるインスは神官呪師とは違って治療の手助けはできないのに、自分が体調を悪化させた結果、アインを見ている者たちの目がこちらに向いて……
さーっと、インスの顔から血の気が引く。
このまま、無理にここに残らせてもらって、自分のせいでアインの体調変化を見落とす事態になったら、最悪アインが命を落としてしまうかもしれない。
その可能性に、気づいてしまったら、これ以上ねだることなどできるはずもなく……
「戻るぞ……」
「……………」
柔らかな声音で告げるシリウムに、力なく頷いて、インスは最後にもう一度アインを見て、そっと、頭を撫でて、その日はそのまま病室に戻ることになった。
第2章第4話をお読みいただき、ありがとうございます。
ついにアインとの再会を果たしたインス。
ですが、待ち受けていたのは「悪夢」にうなされる少年の姿でした。
シリウムの厳しい正論に押し黙るインス。
彼もまた、アインを失う恐怖と戦っています。
二人はそれぞれ、どのような「罪」と向き合っていくのか。
そして、アインが目覚めたとき、その瞳には何が映るのでしょうか。
次回、第5話。第2章最終話です。
本年も応援ありがとうございました。
明日の第5話にて、第2章は一つの節目を迎えます。
元日も22時にお会いしましょう!
【本編はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~
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【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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【第1弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
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ノリト&ミコト




