第4話・互いの正義がぶつかって~掴んだ命の使い道~
第1章 静かな戦が開幕す
第4話・互いの正義がぶつかって~掴んだ命の使い道~
インスが意識を取り戻したのは事件から五日後。
本人は思っていたよりも時間が経っていたことに驚いていたが、正直、たった五日で意識を取り戻せたのは奇跡に近い。
そこから、食事、睡眠、身体を動かす訓練をして……と療養を続け、三日後には面会の許可が下りた。
大きな怪我はあらかた治療されていたとはいえ、無傷というわけでもなく、更に魔力切れの状態で無理やり魔力を奪われた結果の生命力の枯渇状態。
意識を取り戻し、療養を続けて、面会の許可が下りたとはいえ、まだ絶対安静。
体力や生命力が回復しきっていないので、魔法による治療で怪我を治すこともできないため、面会時間も「短くするように。」と通達されていた。
代わりに、日に数度診察に訪れるシリウムがインスからの事情聴取は少しずつ進めていて、落ち着いてきたことで分かったこともある。
同時にインスの方も、その後の他の面々の様子を知らされていて、昨日ようやく皇孫皇女であるジャンヌも起きられるようになったと聞いてほっと一安心していた。
「……は……?」
そんな折、ジャンヌの護衛騎士団長であるファン卿ディアスがアインに対して厳罰を望んでいると聞かされ、目を見張る。
「……なぜ……?」
その話をインスに伝えたのは見舞いに訪れたリオン。
この大陸では赤い髪色は忌み嫌われる。
理由は、神話に『赤毛の魔女』と記された、人間から魔族に転じた女呪師が、その魔法の力でもって様々な悪事を引き起こしたから。
魔法の使い手である呪師が管理され、監視されることになった原因でもあり、赤い髪色で生まれた子供は『魔女の申し子』だと言われて嫌われている。
髪色のせいで実の両親からは生まれて間もなく捨てられ、その後も何もしていないのに一方的に嫌われ、何かあればすべて「悪いのはお前だ。」とされてきたリオンは世をすねている。
拾って、保護してくれたクロードと、髪色など気にもせず付き合ってくれる相手にしか心を開こうとしない。
その、髪色など気にしない相手の一人がジャンヌであり、ジャンヌ経由で知り合ったのが同じく気にしないインスだった。
だから今日も、色々あって皇城から出られないジャンヌや、忙しすぎて来れないファンやクロードの代わりにリオンが見舞いに来ていた。
「ジャンヌを刺したからだと」
どことなく不満そうに、苛立たしさをにじませながら答えたリオンも、ファンが言うことはわかるが納得がいっていない。
そう、「ジャンヌを刺した。」と言う事実でもって厳罰を。
と言うのはわかるのだ。
けれど、それがアインの意思によるものではないのも知っている。
さらに、アインが自分たちの……それこそジャンヌの怪我も痕すら残さず治したということも。
だから納得はいっていない。
「……あいつ、前々からあのガキに対してなんか態度がおかしいとは思っていたけれど、そんなに殺したいのか?」
「リオンさん」
ぼそっと言うリオンを、咎めるように呼ぶ。
「けど、実際そうとしか考えられないだろ?」
「…………」
唇を尖らせて言うリオンに、今度は沈黙で返す。
確かにリオンの言う通り、ファンのアインに対する態度は、そうとしか思えない部分が以前からも度々あった。
具体的に言えばアインが初めて皇宮を訪れた日。
突然「妙な気配を感じた。」と言って、アインの姿を確認する前に剣を振り下ろした。
驚きながらもアインがかろうじて避け、すぐに護衛官としてアインに付いていたクロードが防衛に入り……
ファン自身も相手の姿に驚いて攻撃の手を止めたのが始まり。
それからも、会うたびに厳しい物言いや態度で接するばかりで、明らかに5歳ほどの子供に対するものではなかった。
いや、常に殺気立っていた。と言うべきか。
リオンもまた、人のことは言えない部分はある。
自分も、どちらかと言えばアインを嫌っているし、当たりは強い方だと理解している。
その理由が、クロードを取られたように感じるからという、我ながら子供っぽいものだということも。
それでも、だからと言って、「アインを殺してしまいたい。」と思ったことはない。
さっさと身元が分かればいなくなるのに。と思っている程度だ。
まあ、身元が分かったからと言って、アインがどこかに行ってくれるとは限らないのだが、それでも「死んでしまえばいい。」と思ったことはない。
「……私に、対しては……?」
「は?」
しばしの沈黙の後、そう問いかけてきたインスに、リオンは目を丸くして聞き返す。
「……だって、そうでしょう? いつもの『お忍び散策』とは違って、ジャンヌ様が魔族と相対し、お怪我を負われることになったそもそもの原因は、私でしょう?」
「何言って……お前はあいつに利用されただけだろう? しようと思って魔族のところに送り込んだわけじゃ……」
「同じでしょう?」
リオンの言を、途中で遮る。
「……むしろ、私ができたのは、場所の可能性を伝えることだけでした……」
続けた声が、苦みを宿して揺れた。
アインのように、自分で傷つけて、その傷を癒したわけではない。
危険のただなかに送り込む原因となって、確実ともいえない場所を辛うじて伝えただけ。
罪の重さで言うのなら、インスの方が上だともいえるだろう。
どちらも、意図的に危険にさらしたわけではなく、結果だけ見れば助けにもなっている。
「……なのに、なぜ……?」
「いや。……オレに聞かれても……」
リオンにわかるはずはない。
それはインスも分かっている。
けれども今、聞くことができるのはリオンだけで、だから問うともなしに言っているだけ。
「おい。リオン」
「「……!?」」
低く押し殺すような、怒りを滲ませる声に、呼び掛けられたリオンだけではなく、インスも驚いて肩を揺らす。
病室に入って来たのはシリウム。
その表情は穏やかだが、目が一切笑っていない。
「……お前……余計なことを話したな?」
がっしりとリオンの肩を掴んで、顔を近づけて恫喝するように言う。
「いや……別に……」
「そう仰るということは、ゾナール神官長もご存じだったと言う訳ですか?」
しどろもどろと言葉に詰まるリオンに代わって、どことなく冷ややかな声音でインスが確認する。
「なぜ、教えて下さらなかったんですか?」
続けて問いかけるインスに、リオンから手を放して向き直ったシリウムは無言で見返す。
「……え……と……」
「リオン。お前はもう帰れ。見舞いに来たやつが患者の心労増やしてどうする」
居心地悪そうに頬を掻くリオンを見ないままで告げたシリウムに頷いて、さっさと退散する。
リオンが部屋から出ていくのを待って、シリウムは大きく息を吐いた。
「私がこの件をお前に伝えなかったのは、さっきリオンに言ったように患者の心労を増やさないためだ」
そして、その結果が思わぬ時にバレたという現状。
「ファン卿が厳罰を望んでいるのはアインに対してだけだ。望んでいる。と言うよりも、一人主張している。と言った方が正しいが……」
そこまで聞いて、インスが軽く目を見張る。
「気づいたな? そう。皇宮側からも、神殿側からも、アインに対する厳罰を求める声は出ていない。むしろ、アインがいなければ誰一人助からなかった可能性もあるという見方の方が多い」
実際に、アインがアーグに操られてジャンヌを刺すことがなかったとしても、圧倒的な実力差で追い詰められていたジャンヌたちがアーグに競り勝てたとは思えない。
それは、ファンからも、クロードからも、一応、リオンやジャンヌからも報告された内容から判明している。
インスが意識を取り戻した後の事情聴取からも、それは変わりない。
だから今回。皇宮側も神殿側も、アインを罪に問うつもりはない。
それ以前に……
「……アインは、まだ意識が戻っていないしな……」
「……………」
ぽつりと、呟くように言ったシリウムに無言で返す。
事件から八日。アインはまだ意識を取り戻す様子がない。
いや。正確に言えば、兆候とも思える部分は見受けられた。
時折、ひどくうなされて、苦しそうにしている。
そういった反応が見られることからしても、少しずつではあっても回復に向かっているのだろうと思われている。
だが同時に、意識を取り戻したとして……
「アインが、正気を保っているかはわからないが……」
皮肉げに告げたシリウムに言葉を返せない。
その可能性は、他の誰よりもインスが理解していた。
無意識に手を握りこむ。
爪が掌に食い込んで、その痛みに気づいて力を緩める。
「……アイン君に……罪を、背負わせてしまったのは……私なのに……」
俯いたインスの唇から、苦しげな声が零れる。
同時に、「なぜ?」と強く思う。
アインの何が気に入らないのかは知らないが、ファンがこれほどまでにアインを敵視する理由。
そう、嫌っているとか、危険視しているとかのレベルを超えて、敵視しているとしか思えない。
ぎりっと、無意識に唇を噛んで……
「っ!?」
「噛むな。全く……」
突然シリウムに顎を掴まれ、顔を上げさせられる。
呆れた声で言いながら、驚いたインスの口になにかを突っ込んだ。
「……んっ!?」
いきなりのことに反射で口を閉じたインスは、口内に広がる甘みに目を丸くする。
「……お前も、ファン卿も、リオンも……まだまだ子供だな……」
苦笑を浮かべたシリウムを無言で睨みながら、口の中に入れられた飴を転がす。
存外大きな飴を突っ込まれて、言葉を返せないのが少し不満だ。
しかも、おそらく何かの薬が入っている。
薬を嫌がる子供向けの飴だった。
「……アインは、そんなお前たちよりも、もっと子供なんだな……」
フッと零れた呟きに、インスも眉を寄せ、目を伏せる。
「……クロードは、神殿護衛官だ……」
改めて言われて、首を傾げた。
そんなこと、わかりきっていることなのに。一体何が言いたいのか?
「……アインを保護したのもあいつだから、ずっと気にかけてはいる。それこそ、リオンが嫉妬するくらいに……」
今度は二人そろって苦笑してしまう。
確かに、リオンのアインに対する態度は、クロードを取られそうになって嫉妬しているようにしか見えない。
そしてそれに、おそらく本人も気づいているのだろう。
だから、本当にまれに、アインを気にかけるような言動を取る時もある。
先ほど、ファンがアインに対して厳罰を望んでいることをインスに伝えたように。
「けれど、クロードは神殿護衛官なんだ……場合によっては、クロードがアインを殺すことになる」
「……………」
言われて、目を伏せる。
それが、護衛官の務めである以上。
万が一、アインが意図的に魔法で悪しき行いをしたり、暴走させてしまった場合、殺すことでしか止められないとなれば……その時アインに付いていた護衛官がアインを殺して事態の終息を図るしかない。
その『護衛官』がクロードになる可能性は……正直高い。
それくらい、アインの秘めたる力は高く、いざと言う時に止められる護衛官が限られている。
「……あの子は迷子の子供なのに……誰も、居場所にはなってやれない……」
立場的に、そうすることが許される者が誰もいない。
少し寂しげに呟くシリウムに、インスも無言で俯く。
誰も、誰一人として、アインの絶対的な拠り所にはなってあげられない。
そして、アイン自身も、それを理解している。
だから、最初に出るのが謝罪の言葉で、人に物凄く敏感で、絶対に弱音を見せようとしない。
誰かの邪魔にならないこと。
誰の迷惑にもならないこと。
少しでも、何かの役に立て。
そうでなければいけないと、思い込んでいる。
それが分かるから、指導役になっている神官や呪師たちはアインをできる限り気にかけ、そこまで自分を追い詰めなくてもよいのだと、何度も伝えてきた。
インスもまた、皇宮呪師としてアインの実技指導の担当教官に指名されたのち、それに気づいた。
他の指導役の者たち同様に、インス自身も何度も伝えてきた。
けれども、アインの口から出るのはいつだって、「ごめんなさい。」と「大丈夫です。」だ。
催促するように促せば、「ありがとう。」も口にはするけれども、それは本人が納得して言っている言葉ではない。
それでも、口にできないよりはマシだろうと思うから、インスは何度かアインにその言葉を口に出させるように仕向けてきた。
他の指導担当者がどうかは知らないが、自分がしてきたことは理解している。
なら……
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少し休むように言い置いて部屋を出て行ったシリウムを見送って、漸く小さくなってきた飴を砕く。
(……私が、少しでも、アイン君を支えてあげられるのなら……)
心の中だけで、そっと考える。
あの子を追い詰めてしまったのは自分だと分かっているから。
そして、他の指導担当者よりも、一番年齢も立場も近い。
(……ファン卿が、なぜこれほどアイン君を敵視するのかはわかりませんが……)
ファンが、一方的にアインを敵視するというのなら。
自分は逆に、持てるすべてでアインを守ろう。
(……させませんよ……あの子は……)
そこから先は、まだ心の中でも言葉にはしない。できない。
けれど、今、この瞬間に、一つの道が定められたのだと。
インスは他の誰にも知られずにひっそりとそれを悟る。
飴に含まれている成分だろうか。
急に眠気が襲ってきて、インスは素直に横になる。
目が覚めたら、アインの様子を見せてもらおうと。
こっそり心に決めながら、まだ明るい日差しの下で眠りについた。
第1章第4話をお読みいただきありがとうございます。
自分の過ちを認め、その上で「あの子を守る」と決めたインス。
彼が口にした「立場も近い」という言葉には、同じ呪師として、そして同じく過酷な運命に翻弄される者としての強い共感が込められています。
一方で、シリウムが語った「クロードがアインを殺すことになるかもしれない」という護衛官の残酷な現実。
誰もアインの絶対的な味方になれない中で、インスの決意がどう物語を変えていくのか……。
次回からは第2章がスタートです!
※次回、一部残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
【本編はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。ぜひチェックしてみてください!
【読者の皆様へのお願い】
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【第1弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
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ノリト&ミコト




