第3話・皇宮呪師は目覚めて告げる~交わる罪の根源に~
第1章 静かな戦が開幕す
第3話・皇宮呪師は目覚めて告げる~交わる罪の根源に~
体が、重い……
波間に揺蕩うような朧げな意識の下で、ぼんやりとそのことを認識する。
一体、何がどうなっているのか……思考が全く纏まらなくて、暫くぼーっとその揺らめきに身を任せる。
何か、音が聞こえたような気もするが、はっきりとは認識できない。
そのまま、またいつの間にか深い闇の底に沈んで行って……それを何度繰り返したのか分からない。
どれくらい時間が経ったのか、不意に周囲が明るくなったように感じた。
「……ラント呪師……?」
そっと、声をかけられて、インスはぼんやりとしたまま視線を動かす。
若い女性の神官呪師が、覗き込むようにして自分を見ていることに暫くしてから気づく。
「……こ……こ……は……?」
声が、思うように出なくてインスは驚いた。
一音一音を、震える息の下で絞り出す。
「主神殿の医務殿です。……お水です。飲めますか?」
答えながら神官呪師は一度誰かに視線を向けて頷き、それから吸い飲みをインスの口元にあてがう。
ゆっくりと流し込まれた水を、少量ずつ飲み込んで、飲むうちに少しずつインスの意識もはっきりしてきた。
水を飲んでいる間に、誰かが部屋から出て行ったことにも気づく。
おそらく、先ほどこの神官呪師から合図を受けた者がどこかに知らせに行ったのだろう。
「……ジャンヌ様、たちは……?」
「ご無事です。あなたがお伝え下さった、皇都西の廃離宮に向かった救援部隊と共にご帰還なさいました」
まず、最初にジャンヌたちの安否を確認したインスに神官呪師はそう答える。
答えに、ホッと、息を吐く。
「……では、アイン君も……」
続けて、自分と共に連れ去られたアインの安否も確認するが、今度はすぐに答えが返ってこない。
「………。……アインは……」
ほんの数瞬。口籠って、それからやっと、答えかける。
「アインはまだ寝てるよ」
「「……!」」
答えたのは部屋にいた神官呪師ではなく、たった今知らせを受けてやってきた医呪神官長のシリウム。
インスも神官呪師も驚いて言葉を飲み込む。
ベッドに寝かされたままのインスに歩み寄ってきたシリウムと神官呪師が場所を代わり、手早く診察が行われる。
「気分は?」
「大丈夫だと思います」
上体を起こされて、あちこち確認されながら、質問に答えていく。
「……あの……」
「……アインはまだ寝ている。アインのことよりも先に、お前からは聞かなきゃならないこともある」
問いかけようとしたインスを遮るように、そう告げたシリウムは助手として付いてきた神官呪師らに指示を出し、部屋から全員を外に出した。
「……ゾナール神官長?」
「……お前がアインと一緒に皇宮の医務殿から消えた後、ジャネット皇女の部屋に現れるまでに何があった?」
真っ直ぐにインスを見据え、問いかける。
軽く息を飲んだインスは、一度大きく息を吐いてあの日、何が起こったかを話し始めた。
時間をかけて、途中、休憩を挟みつつ、インスからの話を聞き終えたシリウムの表情は、暗い。
思ってもいなかった情報。
アインが、攻撃魔法で三人も子供を殺していた。
状況的に見れば、致し方のない状況。
子供たちは蠱毒の呪いにかけられていた。
しかも、条件として、まず最初にインスを殺すこと。
その後は「自分たちで殺し合うように。」とされていて、結局は最後の一人までもが命を落とした。
しかも、そうなれば『呪いの素』ともいえる『呪詛の種』を生成していただろう。
呪いの素になる……ということは、その魂までもが闇に染められ、消費されるということ。
その状況から子供たちを救うためには、蠱毒の呪いを解くか、呪いの魔法にかけられた者同士での殺し合いが行われることがないように、第三者が先に殺して、その魂を解放すること。
呪いをかけたのが子供たちを集めた魔族・アーグの時点で解呪の白魔法をもってしても呪いを解くのは不可能。
その上、そこに居たのは白魔法が使えない皇宮呪師のインスと、まだ見習いでしかないアインの二人。
そうなると、インスができるのはなるべく早く、そして苦しまないように子供たちを殺して魂を解放してあげること。
けれどその時、インスはアーグによって魔法で拘束されていて、さらに魔力が回復していなくて枯渇気味。
そんな状態で無理やり発動させた魔法では十三人全員を殺しきることができなくて……
魔法の発動範囲から外れ、生き残った子供が三人。
元より、蠱毒の呪いにかけられているせいで攻撃することしかできない状態ではあったが、自分を殺せる存在としてインスを認識した子供たちも積極的にインスに襲い掛かり……
アーグに、「インスが生きている間に、子供たちが全員死んだら、インスを皇城に帰してやる。」と言われていたアインは、今まさに子供たちがインスを殺そうとしたところに飛び込んできて、蠱毒の呪いでインスの命を狙う子供たちに向かって、鎌鼬を放つ風の精霊魔法を使った。
まだ、五歳ほどの……記憶のない、身元不明の、保護されたばかりの子供が半ば強要されて命を奪い取った。
これが、アインではなく、もっと年長の、それこそ、討伐訓練に参加可能となる十五歳以上の子供であったのならば、ここまで表情を曇らせることはなかった。
「……アイン君を、止めきれなかったのは、私の罪です……」
「そうはいっても、もしそうなっていたらお前は……」
苦い顔で漏らすインスに、シリウムも苦り切った表情で口籠る。
もし、インスがアインを止めきっていたら、インスは今、ここにはいなかっただろう。
重い沈黙が消毒と薬の匂いが充満する病室に落ちる。
「……アインは、仮死状態で運び込まれた」
「……ぇ……?」
ゆっくりと、重い口を開いたシリウムの言葉に、目を見張ったインスの口からは掠れた吐息が漏れる。
唇が、「なぜ?」と音もなく刻んだ。
「奴に体を操られて皇女を刺した後、どうやってかその傷を癒したらしい。ジャネット皇女だけじゃない。呪いの魔剣で傷を負わされて動けなかったファン卿も、神剣に暴走されて疲労困憊だったリオンも、戦闘の余波で疲労が蓄積し軽傷を負っていたクロードも、全員が傷を癒され、疲れを癒された……けれどそのせいで、奴はアインを危険視したのか、持たせていたナイフをアインの胸に刺した」
ヒュッと、息を飲む。
一瞬にして目の前が真っ暗になって、グラリと揺れた上体をシリウムが抱き止め、ゆっくりと横たえる。
「……アイン、くん……は……」
「……さっきも言っただろう?まだ寝ている。と……お前も、見た目から推測できるほどの重傷は負っていなかったな? アインか?」
問いかけられて、頷く。
今まさに子供たちがインスを殺そうとしたところに飛び込んできたアインがインスに回復魔法をかけた。
本来であれば、そんな状態のインスに回復魔法などかけたら、体力が足りなくて回復しきる前に命を落とす。
けれどその時発動された回復魔法は、ジャンヌたちの傷や疲労を癒した時同様、インスに一切の負担をかけることなく、酷い怪我のほとんどを癒しきった。
だから、皇城のジャンヌの部屋に送られたインスは凄惨な状態にしか見えないのに、その状態からは考えられないほどの軽傷しか残っていなかった。
顔を顰めたインスは思わず唇を噛む。
シリウムはその口に指をねじ込み、強引に開かせる。
「噛むな。それでなくても、お前も死にかけで運び込まれているんだ。せっかく治療して、意識も戻ったというのに、医者の前で余計な怪我を作ろうとするんじゃない」
言われても、グッと歯に力を入れてしまう。
流石に、シリウムの指を噛むわけにはいかないという理性が働いているので、先ほどまでよりは力を入れることもできないけれど。
「とにかく。お前もまだ絶対安静だ。一応皇宮側には報告せざるを得ないが、まだしばらくは面会も断る……アインが目を覚ました時、お前が寝込んでいるようじゃ、話にならない」
事務的に、淡々と告げたシリウムは最後にそう付け加えてインスを見下ろす。
軽く目を見張ったインスから力が抜けたことを確認して指を抜く。
「……助かり、ますか……?」
「まだわからん。だが、こっちはそれを信じて治療を続けている」
呆然とした問いかけに、きっぱりと答える。
ほうっと、一度大きくインスは息を吐いた。
「一度に色々と話し過ぎて疲れただろう。休んでいろ。食事の準備ができ次第起こさせる。ちゃんと食事もして、また寝て、少しずつでも体を回復させろ」
「……わかりました」
立ち上がったシリウムに、ぎゅっと目を閉じてインスは頷く。
そのまま、インスが身体からも力を抜いたのを確認して、シリウムも看護要員の神官呪師と交代して部屋を出た。
インスがもたらした、アインの新たに発覚した『重い罪』に頭を悩ませながら。
第1章第3話をお読みいただきありがとうございました。
インスの口から語られた、廃離宮での出来事。
アインが振るったのは救済の力か、それとも破滅の刃だったのか。
癒されたはずの身体に刻まれた、消えない罪の記憶。
「助かりますか?」というインスの問いに、シリウムはどう応えるのか。
【本編はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
【ミニコラム掲載中!】
活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。ぜひチェックしてみてください!
【読者の皆様へのお願い】
「面白い」「続きが気になる!」と感じていただけたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマーク、感想をいただけますと、連載を続ける何よりのエネルギーとなります。
また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【第1弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
――――――
ノリト&ミコト




