第1話・皇宮呪師の帰還~悪夢の海で瞑る翳~
終 章 ムゲンの護り人
第1話・皇宮呪師の帰還~悪夢の海で瞑る翳~
それから数日。
アインへの睡眠対策は惨敗を更新していて、さすがにそろそろ限界。
毎晩、無理やり薬で眠らせているので、身体的には休めても精神的には疲労が蓄積してしまっている。
試した初日の結果から、この状況は予測できていたので、早めに神殿上層部間での話し合いは行われていた。
けれどやはり結論としては、アインを皇宮側の呪師寮に移籍させることはできない、となり。
制度上、皇宮呪師であるインスを神殿に置くこともできない、となり……
堂々巡りしたまま数日が経過してしまっている。
「……は……?」
そんな折、インスが殺されかけた。
という情報と共に担ぎ込まれてきた。
いや。正確に言うのなら、担ぎ込まれたというより、インス自身が同行していた護衛官に言って主神殿の医務殿に来た、と言うべきか……
ただどちらにしろ、殺されかけたことに違いはなかった。
「……お前ら、何やってるんだよ……?」
インスの治療の傍らで、別の魔法を受けているのは皇宮護衛官のステール=ベルン。
三十一歳の若手護衛官で、実力の高さから高位の皇宮呪師に付くことが多く。
……中でもインスに付いていた時に色々と極秘事項をジャンヌの口から聞かされてしまい……
関連する任務にインスが参加する際の護衛官としてほぼ固定されてしまっていた。
「仕方ありませんよ……。私も予測しきれませんでしたし……それに、念のために用意して頂いた護符のおかげで、こうして生きて帰って来られていますし」
インスに回復魔法をかけつつ、呆れた様子で言ったシリウムに対して、インスは少し顔を顰めながらもあっさりと返す。
「お前なぁ……」
その返答にますます呆れる。
そうはいっても、到底看過できる事件ではない。
「とにかく、この件は皇宮側に持ち帰って報告すべき内容で、神殿側が口を出せるものでもないでしょう?」
「その結果、神殿側に負担がかかりすぎるなら当然抗議は入れるぞ?」
「そこは当然でしょう。ただ、私にできるのが皇宮側への報告と言うだけです」
にこりと笑って見せたインスを見て顔を顰める。
口の中だけで「こいつ……」と吐き捨てるが、それでこちらに被害があるわけでもなし。
好きにさせることにした。
「とりあえず。二人共今日は神殿側で待機だ。皇宮には伝令しておく」
溜め息を一つ。
手当てを終えてぐったりする二人に対してはっきりと宣言した。
怪我の治療を魔法で行ったインスはもちろん。
別の事情で疲労困憊のステールも皇宮に帰すより、このままここで休ませた方が早い。
二人もそれは理解しているので、特に反論もせずに受け入れ、それぞれ病室に案内される。
向かった先は個室の並ぶ一般病棟で、隣り合う部屋をあてがわれた。
先にステール、その隣。
一番奥の部屋を示されて、インスはわざわざシリウムが案内してきた理由を確信する。
近づくにつれて顔色の悪くなっていたインスに、無言で静かにと合図し、軽くノックしてから扉を開く。
そこはアインにあてがわれている病室だった。
「アイン。今夜の添い寝役だ」
どういうことかと、無言で睨むインスに何も告げぬまま、シリウムは病室に入り、アインに声をかける。
「……ぇ……?」
開いた扉の向こうにインスの姿を見て取って、目を丸くしたアインはしばし呆然と見つめ、ぎこちなくシリウムを見る。
「こんばんは。アイン君」
「こんばんは?」
とりあえず抗議や説明を求めるのはあとにして、にこりと笑って声をかけたインスに、アインは首を傾げながら返す。
病室に入って、アインの傍で膝をつき、目を合わせた。
「今日はちょっと主神殿の医務殿に泊まることになりまして、ご一緒させて頂きますね」
「……ぁ……」
ふわりとほほ笑んで、そっと手を差し出してきたインスの言葉に、アインは掠れた吐息を零し、泣きそうな顔で笑顔を返す。
「はい……よろしくお願いします」
「はい」
インスの手にそっと、遠慮がちに右手を乗せたアインに頷いて、ゆっくりと立ち上がったインスは改めてアインがいるベッドに腰を下ろした。
やり取りをしている間にも補助要員の神官らが準備を整えていて、まずは先に夕食となる。
「じゃ、また明日の朝、様子を見に来る。ゆっくり休め」
「「わかりました。おやすみなさい」」
軽く手を振って退室を告げるシリウムに、インスとアインは同時に返し……
一瞬、全員の動きが止まった。
「……声、揃ってるぞ? お前ら?」
喉の奥で笑って言うシリウムに、アインはちょっと肩を竦めて俯き、インスはむしろ鮮やかな笑みを向ける。
「さっさと戻られては? お忙しいでしょう?」
「嫌味か……」
途端、顔を顰めたシリウムは目を丸くして硬直している周囲に動くよう、合図を出し、今度こそ退室する。
見送って、インスとアインは二人そろって食事を始めた。
ここ数日、ずっと食欲も落ちていたアインが、インスに話しかけられながら少しだけ嬉しそうに、楽しそうに食事を済ませ。
一緒のベッドで横になって眠るのを見守る部屋付きの神官たちの表情は、あまり変わらないように見えて明らかに安堵していた。
彼ら、彼女らは神官呪師であったり、呪師ではない神官であったりと様々ではあったが、一貫して医療現場で患者の世話を担当するものとしての高い矜持を持っている。
それは、神への誓約であり、己への誓い。
助けられる者には、迷わず救いの手を差し伸べよ。
慈愛の心を持ち、等しく命を尊ぶべし。
なすべきことを、なせるように整えよ。
献身は他者のみならず、自身に対しても向けるべし。
その結果、救われるものを確実に救うこととなる。
医務殿に配属される神官たちの宣誓。
そうは言っても、忙しい上に緊張を強いられる現場。
さらに、神官たちの表情一つで患者やその家族らが混乱し、事態を悪化させないとも限らない。
だから、医務殿の神官たちはあまり表情を変えないように気を付けている。
それでも、わかる者にはわかるというのはどこでも同じ。
インスも、シリウムや部屋付きの神官たちの様子から、最近のアインがどんな状況に陥っていたのかを大体察していた。
何の説明もなく連れてこられたのは若干不満ではあるが、ステールも居たし、見ればわかるという妙な信頼もあったのだろう。
実際、アインの顔を見た瞬間に状態の悪さは理解できた。
その上で、シリウムが告げた『添い寝役』。
もうこれだけで確信できる。
だからインスはわざとアインを抱きしめるようにして横になり、眠るまでの間、ゆっくりと頭を撫でる。
インスの胸元に、無意識にか頬を摺り寄せたアインは、目を閉じて、静かにその鼓動に耳を傾けた。
「……インス、さま……」
「……はい」
吐息のような呼び掛けに、小さな声で答える。
「……ありがとう、ございます……」
「……っ……」
そう告げたアインはもうほとんど眠りかけていて、おそらく自分が何を口にしたのかも気づいていない。
うわ言のようなものでしかないのだろうが、ほんの一瞬。
インスは息を飲み、身体を強張らせた。
すぐに力を抜いて、何事もなかったように撫でるのを続ける。
アインも、部屋付きの神官たちも気づくことはなく……
その夜はただただ静かに、穏やかに更けていった。
終章 第1話をお読みいただきありがとうございます。
アインの限界、そしてインスの命懸けの(?)帰還。
神殿と皇宮、それぞれの思惑や制度の壁を越えて、ようやく二人が同じ夜を過ごすことができました。
シリウムの「粋な計らい」も光りましたが、何よりインスの腕の中で、ここ数日の緊張から解き放たれていくアインの姿に胸が熱くなります。
無意識に漏れた「ありがとうございます」という言葉が、インスの心にどれほどの衝撃を与えたのか……。
言葉にできない想いが、静かな夜の中に溶けていくようです。
さて、いよいよ明日、番外編第1弾「皇宮呪師は護りたい!」は完結を迎えます。
悪夢の海を彷徨うアインに、インスが差し出す「光」とは。
そして、二人が選ぶ「代償と贖罪」の先にある未来とは――。
最後まで、彼らの行く末を見守っていただければ幸いです。
明日の最終話で、またお会いしましょう!
【本編はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。ぜひチェックしてみてください!
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【第1弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




