第1話・虚無なる檻に囚われて~祈りは深く、ぬくもり宿し~
第3章 君の還りを希う者
第1話・虚無なる檻に囚われて~祈りは深く、ぬくもり宿し~
暗い。
深い深い闇の底で、ふわふわと浮かんでいるような、何もかもが曖昧で、何も感じられない。
体の感覚も、ぼんやりとして、はっきりとしない頭も、何も考えることができなくて、それをおかしいとも気づけない。
時折、高波に攫われる様に、嵐のような何かがある気もするけれど……
それも、通り過ぎてしまえば分からなくなって……分からなくなったことにも気づけないまま。
(……………)
更にまれに、他にも何かが起こっているような……
聞こえてくるような……
何も変わらない、何もわからない暗闇の奥底に、何かが微かに訪れて……
それに気づく事もできないままに、消えていく。
本当に、何もかもが曖昧で、時間の感覚さえもなくて、ないことにすら気づかなくて、おかしいとすら思えなくて……
そんな時がずっと、ずうっと、ずいぶん長い間続いていた。
続いていたのだと、気づいたのはどれくらい経ってからだったのか。
ぼんやりと霞みがかった意識が、不意に闇の底から浮上する。
ほんのりと、指先にぬくもりが触れて……
触れたことに初めて気づく。
それも、またすぐに分からなくなって、けれども今度は、分からなくなったのだと分かった。
そこからは、ごくたまに闇の底に起こる変化に少しずつ気づけるようになってくる。
そうすると、酷く、嫌な事が、怖いことがたくさん、たくさん繰り返されて……その断片が少しずつ積み重なって、じくじくと痛みが、残るようになっていく。
(……アイン君……)
あまりにもたくさん繰り返されて、断片しか残らないのに、それがあまりに多すぎて、「もう嫌だ!」と心が悲鳴を上げるたびに、何かが微かに聞こえてきた。
それが、誰かの声だと気づいたのはいつだったか……
声がするたびに、ほんのりと指先に振れるぬくもりに、必死に縋って、縋って、気づくと少し、闇が薄れていた。
そうしたら、薄れた闇の世界は狂いたくなるくらいの地獄だった。
何度も、何度も、繰り返されていたのはこれだと。気づいてしまう。
自分が、躊躇ったせいで……
自分が、間違ったせいで……
たくさんの人を、傷つけて、苦しめて、死なせてしまう……
みんな、みんな、大事な人だったのに……
自分なんかよりもずっとずっと……
ぽろぽろと、零れる涙も枯れ果てて……それでも終わらぬ悪夢の海に、囚われ続ける。
「……ごめんなさい……ごめ、な……さ……」
うわ言のようにひたすらその言葉を繰り返す。
いっそ、「本当に狂えてしまえたら……」とも思うが、同時にそんな風に逃げる事すら許せなくて……
ただただ繰り返される悪夢に堕ちる。
(……アイン君……)
けれど、そうして汚泥の底に沈みそうになるたびに、ほんのり触れるぬくもりが、包み込むような優しい声が、そっと、引き上げてくれるから……
その声が聞こえてくる間は、ぬくもりに気づけるうちはと、必死になって縋りつく。
気がついたら、ぬくもりが触れてくるのは指先だけではなくなっていて、聞こえてくる声が呼びかけだと分かって、薄れた闇の地獄の先に、かすかな光が見えてきて……
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インスがアインの様子を初めて目にしてから、既に六日。
事件から半月が経過しても、まだアインは目覚めないまま。
どうやら、皇宮の方でも何かがあったようで、ファンどころかクロードもリオンも、誰も神殿の方には訪れない。
いや、正確に言うのなら、クロードとリオンは神殿の敷地内にあるそれぞれの住まいに戻ってきてはいるようだ。
けれど、医務殿にインスやアインの様子を見に来る余裕まではないようで、一度、皇宮護衛官であるステールが上役に命じられて様子を見に来ただけ。
詳しいことは聞けなかったが、五年ぶりに目覚めたジョーン皇子に何かあったようで、ジャンヌがまた色々と騒いでいるらしい。
そちらのことも気にはなったけれど、自身もまだ本調子とは言い難く、退院の許可が下りないためか説明してはもらえなかった。
代わりに、教皇であるステラから正式に許可を得て、インスは毎日アインの様子を見に病室を訪れていた。
自分の治療が優先。との厳命の下なので、夜はちゃんと自身の病室に戻る。
食事も、睡眠も、時には日中にも仮眠を取って、体の調子を整え、機能訓練もちゃんと受けて、その合間、できるだけ長くアインの傍に付いている。
本当に、眠っているアインの顔を見ていることしかできないけれど……
うなされている時には手を取って、少しでも落ち着いてくれるようにとそっと、撫でて、時折、声をかけてと。
そのくらいしかできないけれども、少しずつ、少しずつ、アインの様子が変わっていくのが分かった。
長い時間病室に押しかけているから、アインの怪我の状態も、本当に、何の奇跡が起きたのかは分からないけれど……
今、アインが生きていて、眠ったままではあっても息をしているのが不思議なほどなのだと、嫌でも理解させられた。
この時ばかりは、自分が神官呪師であれば。と一瞬本気で悔しくなったほど。
精霊魔法だけならば、神官呪師でも皇宮呪師でも使える。
けれど、その使い方は全く違っていて、皇宮呪師の使い方はどちらかと言えば攻撃的なもの。
黒魔法を使うほどではなかったり、むしろ精霊魔法の方が向いている場合に魔物を倒す時や、何かを破壊する時。
あるいは、雨を降らせたり、火を熾したりといった使い方ばかりで、同じ魔法を使っても、効果の及ぼし方が違いすぎる。
例えば、呼吸を補助するのに使う魔法。
これは、精霊魔法で空気の流れを操って、患者に負担をかけないように、人工的に呼吸をさせる。
同じ『空気の流れを操る魔法』を皇宮呪師が使う時は、繊細な呼吸の調整などではなく。
空気の塊をぶつけたり、相手の動きを妨げるために、対象の周囲の空気の流れを止めたりするような感じになってしまう。
同じ魔法が使えることと、その使い方が一致しない良い例で、よほどの事態でなければ皇宮呪師が神官呪師の精霊魔法の使い方をすることはない。
よほどの事態と言うのは、例えば討伐任務中に大勢の怪我人が出て、後方支援の神官呪師だけでは手が足りなくなってしまった場合。
手の空いている……空いている者が残っているかは別として……
魔法のコントロール力に定評のある皇宮呪師が一時的に代行する可能性がある。と言う程度。
実際、そんな状況になったら、即時撤退なので、魔力が残っている皇宮呪師は殿として駆り出されることになるだろう。
分かっていても、思わず手を出しかかって、その時病室に詰めていた神官呪師に押さえ込まれてしまった。
説明されるまでもなく頭ではわかっているのだ。
けれど、皇宮呪師が命の現場ではこんなに無力なのだと、ちゃんとは理解できていなかった。
強制的に口をふさがれて、薬で眠らされたのだとあとから気づいて頭を抱えてしまう。
思わず暴れてしまったせいで、治りかけだった傷が悪化して、しこたま怒られたのも苦い思い出だ。
ステラに言われていたように即時監禁措置にならずに済んだのは、機能訓練が進んでいたおかげだろう。
そうでなければ今頃ベッドに縛り付けられていたかもしれない。
そんなやり取りがあったのも、もう数日も前のこと。
昨日から、アインの様子に明らかな変化が見えて、今日ばかりはと無理を言ってインスは朝からずっと、アインの病室に入り浸っていた。
うっすらと、瞼を持ち上げたアインが、見るとはなしにぼんやり一点を見つめて、また眠る。
意識ははっきりしていないようだし、目が覚めたわけではなく、眠りと覚醒の狭間で時折瞼を開きかけているだけ。
それでも、それまでピクリともしなかった瞼の動きに、気づいた時から、周囲の緊張は最高潮まで高まっていた。
第3章「君の還りを希う者」が始まります!
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
ついにアインに微かな覚醒の兆しが見え始めました。
闇の底で彼を支えていた「ぬくもり」と「声」。
ただひたすらにアインの無事を願うインスの祈りは届くのか!?
そして意識を取り戻したとして、それはインスの知っている『アイン』のままなのか……。
続きは明日の投稿をご覧下さい!!
【本編はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
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ノリト&ミコト




