1-9 月雫亭の少女ナタリー
エナージュとアウルのふたりと別れた俺たちは、まずは宿を探すことにした。
これだけ広い街だ。
どの宿をチョイスするかで今後の活動効率が大きく変わると言っても過言ではない。
最低条件として、活動に便利な立地である点は譲れない。
その上で、尚且つお手頃価格の宿が見つかれば言うことはない。
「どうせなら冒険者ギルドか正門に近い場所がいいよね」
「そうだな。その方が動きやすいだろう」
オレは自分の考えがソラと一致してることを確認し、往来を行き交う人に声をかけて冒険者ギルドの場所を確認した。
そして、まずはその付近まで歩いてみることにする。
幸い、冒険者ギルドはメインストリートからそれほど離れていなかったため、依頼を受けて門までの移動でげんなりするようなことはなさそうだ。
冒険者ギルドの場所を確認したオレは、今日のところは中に入らず付近の宿屋を探す。
メインストリートに向かい、来た時とは違う道を歩いていると、看板に「月雫亭」と書いている一軒の宿屋が目に入った。
どうやら食堂を兼ねているようで、看板の下に宿を示すベッドの絵柄と、食堂を示すナイフとフォークの絵柄が描かれた看板が一緒にぶら下がっている。
「あら、ウチのお客さん?」
オレとソラが並んでその看板を見ていると、背後から声がした。
振り返ると、ソラよりも少し身長が低そうな、可愛らしい女の子が立っていた。
小学6年生くらいかな?
子供がお手伝いしているのだろうか。
そんなことを考えていると、少女の目は急に冷たいものに変化した。
「今、ちっちゃい子供とか思ったでしょ」
腕組みをし、むむっと眉間に皺を寄せながら立つ姿は、どこからどう見ても「子供だと思ってバカにしないでほしいわ」と言い出しそうな小学生にしか見えない。
「私、来月から高等部に進学する15歳だからね」
そう言われた瞬間、時間が止まった。
いやいや、そういう妄想だよね。
そう思いながらオレは少女を改めて見る。
栗色ショートにぱっちりとした瞳。
丸顔で童顔という点も彼女の幼さを際立たせている。
ころころと変化する表情も含め、どれを取っても幼さを感じずにはいられない。
彼女は学校帰りなのか、学生服のような服装の上にローブを羽織っていた。
うーん。
どう見ても子供だよね。
てか、この顔どこかで会ったことがあるような・・・いや、見かけただけ?
でも子供と接したことなんてあの魔物解体のときぐらいだったか?
「ねぇ、君、どっかでオレと会ったことない?」
考えていたことが途中でまったく違う方向に飛んでいった結果、オレは目の前の女児に変な質問をしてしまった。
「は?何言ってるの?気持ち悪い」
ナンパと間違われた。
オレの中ではゴムボールを下手で投げるような超セーフティの質問のつもりだったのに、至近距離で硬球を豪速球で投げ返されるような返答をされてしまった。
おかしいな。なんかミスった?
そう思いながら自分の質問を思い返し、咀嚼する。
その結果、誤解というか、捉え方によってだいぶ気持ち悪い内容になっていたというか、明らかにオレの質問にちょっと引くというか。
「いや、そんなつもりなくて。てか、オレが子供をナンパするわけないだろ」
わたわたと慌てながら弁解しようとするオレを見て、今度はソラが何を勘違いしたのか
「ヴィクト。お前まさか」
と、あらぬ疑いを持たれてしまった。
ぐぬぬ。
そんなつもりじゃなかったけれどこのままそんなつもりはなかったと言い続けても状況は良くなりそうにない。
そればかりか、イケメン勇者が登場しなくても、オレの自爆でソラに嫌われてしまいそうだ。
ここは素直に謝っておいた方が得策なのだろうか。
だが、今謝ったらナンパを肯定しちゃうことになったりなるんじゃなかろうか?
動揺するオレの雰囲気を察したのかナタリーがつんとした表情で
「これに懲りたら私にちっちゃいとか幼児とかいわないこたぁぁぁいっ」
突然頭を抑えてうずくまる少女。
見ると、ちっちゃい彼女の頭におじさんのゲンコツが直撃していた。
「コラ!ナタリー。店の前でお客さんに何してんだ!さぁさぁ、おふたりさん。中へどうぞ」
彼はこのお店の店主のようで、娘に厳つい表情で折檻した後、急に表情を和らげて俺たちを中に案内してくれた。
まるで般若が福の神に変化したかのような、それはそれは見事な変貌ぶりであった。
娘にゲンコツなど、昭和の頑固ジジイのような教育を令和の世の中でやると虐待とか言われそうだが、この世界ではこういった親子関係が普通なのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えつつ、なんか宿の選択間違ったかもという一抹の不安を抱えたまま入店した。
店内はすでにかなり賑わっていて、冒険者と思われるガタイのいいオッサン達が早くも木製の樽型ジョッキを片手にぐびぐびとビールのような飲み物を飲んでいる。
オレとソラはホールを通過して奥の宿用のカウンターに佇む女将さんと思われる女性のところまで進む。
ナタリーと呼ばれた少女はホールで親父さんのお手伝いを始めていた。
どう見ても実家のお手伝いをしている女児だ。
お店のお客さんは「ナタリーちゃん今日もお手伝いかい?エライねぇ」と言いながら娘のように扱っている。
「ふたり、同部屋で宿泊したいんですけどいくらですか?」
オレが聞くと女将さんは少し怪訝そうな顔をしたが、特に質問が返ってくることはなかった。
「1泊銀貨4枚で朝食付き。夜は含めるなら1人大銅貨1枚だよ」
どうやら朝と夜の食事付きで大銀貨1枚で宿泊できるらしい。
何軒も回った訳ではないので相場は分からないが、Eランクの達成報酬から考えるとかなり良心的な気がする。
「じゃぁ、食事付きでとりあえず10泊お願いします」
オレはいつまで宿暮らしになるか分からなかったので、ひとまず10泊をお願いして大白銀貨を手渡す。
現在の手持ちを思うとそこまで余裕があるわけではないが、この後ギルドでアウルの護衛依頼の報酬が入れば多少の余裕はできるし、これからもギルドで依頼を受ける予定なのでまったく問題ない。
女将さんから部屋の鍵を受け取ったオレは部屋に入ると装備を外してベッドに寝転がった。
「はぁ〜」
と大きなため息を吐いていると、隣のベッドにソラが腰掛けるのが見えた。
「護衛任務はどうだった?」
オレの完全に気を抜いた姿を見て、微笑みながらソラが問いかける。
「こんなに気が抜けないとは思わなかったよ。道中の魔物はもちろん、街中で襲われる可能性もゼロじゃないからずっと気を張ってなきゃいけなかった。何も気にせず眠れるのがこんなに幸せとは思わなかったよ」
返答を聞いてソラはうむっと頷く。
「そうだな。それに気づいたのなら十分だ」
「いや、ソラが最初の宿で部屋の話をしてるのを見て街の中も安全じゃないって思っただけだよ」
エナージュにマジかこいつみたいな顔をされながら「観光旅行に来てるんじゃない」と言ったソラの言葉でオレは護衛任務に対する認識を改めた。
オレは護衛によるプレッシャーから解き放たれた開放感を胸に天井を見つめる。
「ソラも今日はゆっくり休むといいよ」
「そうだな。久しぶりに眠るとするよ」
あまりに自然に返されたソラの返答の意味を考えながらしばらく沈黙が流れる。
が、その言葉の意味を理解した瞬間、ま、マジか!と思いながらソラの方を向いた。
すると、彼女はベッドに横たわって静かな寝息を立てていた。
それは初めて見た彼女の眠っている姿だった。
彼女の背中を見ていると、この小さな背中で今までどれほどのものを背負ってきたのだろうと思う。
少しでもソラが落ち着いて眠れるように何かできないかな?
そう思ったオレは魔法陣の基礎を使ってできそうなことを考え始めた。
どんなものがいいだろう。
例えば、敵が近づいてきたら分かるサーチのようなものはどうだろう。
異世界チートの中でも収納や鑑定と並んで使えるスキルのひとつと言える。
火は使えない。
土も除外だ。
使えるのは風か水か。
あと、収納魔法のように頭の中にイメージできるのが闇魔法の効果だとしたら、サーチ的なものも闇魔法の要素でできるかもしれない。
いや、でも結界にしろ回復にしろ、基本的に魔法陣の中で起きる事象だ。
サーチだと外に広げる感じになるからできないのか?
うーん、でも火の魔法は魔法陣から敵めがけて飛んでくし。
考えれば考えるほどまったくカタチが思い浮かばない。
例えば、水を感知するような魔法があれば、人の体は半分は水でできていると言われているのでいけるのではなかろうか。
そう思っては見たものの、それを魔法にする魔法陣がまったく思いつかない。
もっと勉強せねば。
今の自分にできることはない。
イメージは明確なのにどうしていいかすら分からない。
もっと魔法陣のことを知りたいなぁ。
そんな漠然とした思いを抱きつつ、自分だけの力ではこれ以上先に行くことは難しいことを実感する。
ソラが起きたら聞いてみようかな。
そんなことを思いつつ、ふぅっと一息吐く。
日が沈み、気温がグンと下がってくる。
ヘルツェンライゲンではよく外で野宿なんてできたもんだ。
「さむっ」
温かいものが欲しくなったオレは、少しお腹がすいていたこともあって食堂に行くことにした。
部屋の鍵をかけて階段を降り、1階の食堂に入ると相変わらず多くの人で賑わっていた。
「あれ?お連れの綺麗な人は?」
オレの姿を見つけると、ナタリーが問いかけてきた。
「あぁ、すぐに寝ちゃったからオレ一人だ」
そう答えると、彼女は奥のテーブル席に案内してくれた。
そして、オレにメニュー表を手渡すと
「一応どのメニューを頼んでもらってもOKだよ。ドリンクも1杯まで料金内だからぜひ頼んでね。あと、お連れさんの分は後で用意するから部屋に持って行って」
そう言って一度席から離れた。
だが、オレはこのあたりの食にはまったく詳しくない。
メニュー表を開いてはみたものの、全く分からない。
そんなオレの姿を見て、すぐにナタリーが駆け寄ってくる。
よく周りが見えているところを見ると、毎日いろいろなことを気にしながら仕事に取り組んでいる彼女の姿勢が垣間見える気がした。
「どうしたの?字が読めないとか?」
開口一番、そう問われたオレは、軽く首を横に振った。
「字は読めるんだが、どんな料理なのかが分からない」
そう言ったオレの事情を察したのか、一つひとつどういった料理なのか説明してくれた。
それを聞いて、オレはビッグボアのステーキとスープを注文した。
「ところでナタリーさん?」
オレが彼女に問いかけると
「ナタリーでいいよ。見た感じ歳もそんな変わらないでしょ?」
と答える。
オレは彼女の言葉に従って
「じゃあ、ナタリー、ちょっと聞いてもいい?」
と再度言い直した。
「なに?多分会ったことはないと思うよ」
と、昼間の返答を事前に返されてしまった。
「あぁ、それはもういいよ。ほんとごめんて。いや、学生さんみたいだったから魔法陣に詳しかったりしないかなと思って」
オレはひとまず謝罪をした上で、最近のめり込んでいる魔法陣について質問してみた。
「あー。中等部は魔法の講義はないんだ。高等部からは選択で詠唱魔法と魔法陣魔術の講義が受けられるからちょっと楽しみなんだよね」
そう答えてくれた。
「へぇ。そうなんだ。ちなみに他にはどんなことを学んでるの?」
と聞いてみたところ、彼女から返ってきたのは国語、算数、歴史、社交、戦闘といったところだった。
彼女が通っているアルティア学園というところはクロスベルクの中でもかなり上位の学園らしく、学生の多くが貴族らしい。
そのため国語、算数、歴史については全員が同じように学んでいるが、社交になると貴族はお茶会や貴族の礼儀作法、ダンスなど、貴族として必要なことを学ぶ。一方の平民は商人、職人に必要なものを教わり、高等部からは本格的に選択授業として細かいことを学ぶようになるらしい。
戦闘については貴族は上に立つ者として戦術的なことを学ぶ者も多い。平民と貴族のうち戦術よりも実戦を選んだものは剣や槍などを使った実戦の演習を行う。
「そっか。よく分かったよ。ちなみにそのアルティア学園以外で魔法陣魔術を学ぶとしたらおすすめはあったりする?」
オレの問いにナタリーは少し考えながら首を傾げる。
「そうだなぁ。なくはないけどやっぱ一番はアルティア学園だと思うよ。毎年帝都の他の学校と対抗戦をやってるけど、アルティア学園が負けることはほとんどないからね。
まぁ、でもアルティア学園の生徒は詠唱魔法が使える人が多く、他の学園は少ないからなぁ。魔法陣魔術を使わざるを得ないという状況だから、魔法陣魔術を使いたいならほかの学校でもいいのかな」
そんなことを言って首を傾げるナタリー。
実際、彼女は他の学校には通ったことがないので実態は分からないそうだ。
オレがナタリーにお礼を言うと、彼女は「また気になったらなんでも聞いてよ」と言って他のお客さんの方にてててっと駆けて行った。
「おまたせ。ビッグボアのステーキとサラダ、あと温かいお茶だよ」
そう言って彼女は注文した食べ物を届けてくれた。
「あと、私、高等部の魔法陣魔術の先生知ってるから聞きたいことあったら聞いてあげるよ」
ナタリーの突然の言葉にオレはちょっと考える。
聞きたいことはあるのだが、どう言えばいいのか分からない。
「そうだなぁ。水のある場所を調べるような魔術があるかどうか聞きたい」
考えた結果、思いついたのがこれだった。
オレが言うと、ナタリーはグッと親指を立ててくれる。
「おっけー。まかせといて」
「うん。よろしく」
オレのお願いに満足したのか、ナタリーはスキップするかのようなテンションで席を離れて行った。
届いた料理はめっちゃ美味しかった。
ビッグボアのステーキは特に格別で、ナイフを入れた瞬間、まるで湧き水のように肉汁が静かに滲み出てくる。
この上質な油の溶け方は、一般的な猪肉とは明らかに一線を画している。
香ばしく焦げた焼き面は薄く飴色に輝いていて、口に運ぶと野生の獣特有の濃厚な香りが広がる。
そして、その奥には繊細で甘い旨味が潜んでおり、噛めば噛むほど深みが増し、舌の上でゆっくりとほどけていく。
さらに特徴的なのが、ビッグボア特有の森の草木の香り。
まるで森を吹き抜ける風のように爽やかな後味が重厚な肉の旨味を最後にすっと洗い流してくれる。
まさに、力強さと上品さが共存する、一度食べたら忘れられない一品と言えるだろう。
そして、褒めるべくは一緒に添えられているスープ。
ビッグボアのステーキとの相性が抜群で、ほろ苦い野菜の味がステーキの甘味を引き立て、まさに自然そのものを食しているような満足感を得られる。
まさか街の食堂でここまで美味しい味に出会えるとは思わなかった。
「どう?おいしい?」
たぶん美味しそうに食べていたのだろう。
その顔を見て、ナタリーがドヤ顔で問いかけてきた。
「あぁ。最高だ」
オレは親指を立て、笑顔を返す。
「当然だ。父さんの料理は帝国一だからな」
ナタリーは腰に手を当て、えっへんと書いてあるような態度を見せる。
そういう態度をとるから小さい子供だと思われるのではないかと思うのだが。
「あんたまたなんかよからぬことを考えたでしょ」
こいつのセンサーどうなってるんだ。
心を読む魔道具でも使ってるんか?
一瞬でオレの心を読んだナタリーにちょっぴり驚愕しながらも
「あ、いや、ナタリーが思うようなことは考えてないと思うけど」
と、適当にはぐらかす。
彼女もいちいち突っ込むつもりはないらしく、
「そう?まぁいいや」
と言ってすぐに他のお客さんの方に行ってしまった。
オレも含め、時間があればお店のお客さんとコミュニケーションを楽しんでいる。
その姿はまさに看板娘ってやつだなと感心させられた。
ちなみに、彼女に食材であるビッグボアについて聞いてめいたところ、クロスベルク周辺に出現する大きな猪の魔物なのだと教えてくれた。
それほど強い魔物ではなく、討伐ランクで言うところのDランク程度らしい。
特に肉が美味しく、簡単に手に入るため庶民には馴染み深い食材として浸透しているそうだ。
と言っても、かつての日本のように畜産業があるわけではない。
まぁ、仮にあったとして魔物の畜産とかあり得ない訳だが。
だから冒険者に狩猟の依頼がよく出ているらしい。
もしかするとこれからギルドで「月雫亭」からの依頼でビッグボアの討伐を見掛けることがあるかもしれない。
身体は温まり、食事にも満足したオレは、ソラの食事を持って自室へと戻った。
彼女は相変わらず可愛らしい寝顔ですやすやと寝息を立てていたので、食事をテーブルに置いて何度も読んだ本を広げる。
護衛依頼中にアウルがくれた魔法陣の本だ。
道中でもずっと読んでいて、現時点ですでに三周くらいしている。
以前にギルドから魔法陣の入門書を借りたことがあるが、それよりも少し上級の本だった。
今回の護衛依頼を受けて思ったことだが、ソラもエナージュも強すぎてオレが立ち入る隙がない。
剣では絶対に勝つことができない壁を感じる。
だが、魔法陣魔術は戦闘には不向きだ。
かといって、強化などの補助魔法もかなり相性が悪い。
というか、仮にそういうものがあったとしても魔法陣を完成させるまでの間に戦闘が終わっている。
だから、とにかく本当に出番がないのだ。
この際、剣でも魔法でも良い。
もう少しソラの役に立ちたかった。
それなのに、どうすれば彼女の役に立てるのかが分からなかった。
現状、剣の稽古ではソラに直接相手をしてもらうことすら叶わない遥か高みに彼女はいた。
魔法の方は、彼女はまったくのノータッチだが知識は持っている。
そのため、聞けばいろいろ教えてくれるのだが、決して必要とされるレベルではない。
まとまらない考えと思うように強くなれない自分の不甲斐なさで頭が混沌となってきた。
これではまともな考えなどできるはずもない。
読んでいる本の内容もほとんど頭に入ってこない。
マイナスばかりが先行する自分が嫌になりつつ、思考を巡らせていたオレは気がつけば意識を手放していた。
お読みいただきありがとうございます。
幼女ナタリーはちっちゃいって言われると怒ります。
次回はいよいよ帝都の冒険者ギルドで依頼を受けます。




