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1-1 どうやら異世界転生したらしい

初投稿です。よろしくお願いします。

陽光が優しく降り注ぎ、柔らかな熱気が身体を包み込む。

そよそよとそよぐ風に草が揺れ、優しく頬を撫でていく。


あぁ、ここは天国か?

オレは死んだのかな?

確か、病院のベッドの上でもがき苦しんでいたはずなんだけど。


緒方雄介45歳。

妻の遙華(はるか)を10年前に亡くし、見事に闇落ちしたオレはラノベとアニメの沼にハマった。

遅咲きのオタクデビューである。

最初は最愛の女性を亡くしたショックに同情していた友人たちも年月が経つに連れてオレの変貌ぶりにちょっと引いていた気がする。

いや、後輩だけは「先輩、これおもろいんすか?」の言葉をきっかけにラノベを貸し出してやり、そこから一緒に沼ったんだけど。


遙華が最後に残した「私のことなんか忘れて幸せになってね」という言葉が今も胸に残っている。

申し訳ないが、忘れることはできなかった。

オタ活は幸せだったが、たぶん彼女のいう幸せとはちょっと違っていたのではないかと思う。


そんな日々を繰り返していたところ、仕事中に倒れて病院に運ばれた。

今にして思えば、確かに朝から体調が悪かったように思う。

だが、別に自殺願望があったわけではない。


高熱が出ている中、過酷な肉体労働をすれば「死んで異世界転生できるかな?」なんて思っていたわけでもない。

でも、結果的にそうなった。


あつい。

くるしい。

やばい。

これはしぬかも。


そんなことを考えていたところ、急にその苦しみが消えた。

そして、今に至るという訳だ。

オレはゆっくり重い瞼を開く。


「うわぁっ」


そして、1メートルぐらい後ずさった。

なんと、目の前には金髪碧眼で、透き通るような美肌の少女がずずいとオレの顔を覗き込むように見ていたからだ。


降り注ぐ陽光が、彼女の亜麻色の髪を透かし、黄金の粒子のように輝かせている。その髪は柔らかく波打ち、風が吹くたびにさらさらと光を散らした。


何よりも目を奪われたのは、その瞳だ。

吸い込まれそうなほどに深く、澄み渡った蒼穹(そうきゅう)の色。長い睫毛に縁取られたその大きな双眸は、驚きとも好奇心ともつかない無垢な光を宿して、こちらを真っ直ぐに見つめている。

頬には薄っすらと朱が差し、陶器のように白い肌とのコントラストが艶やかだ。


彼女が身に纏っているのは、華奢な身体には不釣り合いなほど堅牢な、蒼銀(そうぎん)の甲冑だった。

冷ややかな光沢を放つ金属のプレートが、肩や胸元、そして細い腕を覆っている。

しかし、その無骨さは彼女の可憐さを損なうどころか、むしろ少女の持つ「強さ」と「儚さ」を際立たせていた。

鎧の下から覗く純白の衣は、太股のあたりで大胆に切り込まれ、健康的な素肌を露わにしている。


精霊か、あるいは迷い込んだ戦女神か。

現実感を失うほど美しいその少女がオレの方を見つめていた。


「なんだ。失礼だな。人の顔を見てそんな後ずさるなんて」

高音で、ちょっぴり甘みを帯びた声が誰もいない草原に響く。

少女は明らかに不機嫌そうな表情を浮かべており、ぱっちりとした瞳を細くしながらこちらを睨んでいる。


「あ、いや、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど、ちょっとびっくりしちゃって」

必死で弁明しようとするが、すでに全力で後ずさってしまった後では言い訳も苦しい。


一体これはどういう状況だ?

キョロキョロと辺りを見回してみてもただ草原が広がっているだけで何もない。

空は雲ひとつなく晴れていて、広大な大地の真ん中にオレと彼女のふたりだけ。

しかも目の前の彼女はまるでCGで描いたかのような美しさとくる。

それだけで「あぁ、オレ、死んだんだな」と理解させるには十分だった。

であれば、今の状況はだいたい理解できた。


そう。

ラノベで読んだことがある。

死んだら綺麗な女神様が目の前にいて、大量のチートスキルを授けてくれると。

つまり、今はそういう展開になっているということだ。


テンプレ展開なのは少し面白みに欠ける気がしたが、自分がその恩恵にあやかれるのであれば悪くない。

奇を衒った結果、罰ゲームのような展開になるよりもずっとマシだ。


オレはいろいろと勝手に理解し、少し余裕も出てきたところで落ち着いて返答を返す。


「あぁ・・・それで、女神様はオレをどうするつもりなんですか?」


すると、彼女は不思議そうな顔で答える。

「ん?私はたぶん女神ではない・・・と思うんだが、違うのか?」

少女は首を傾げながらオレに質問してくる。


お互いに顔を見合わせながらしばし沈黙が流れた。


いや、どういうことだろう。

なんもわからん。

てか、なんで疑問系?

違うのか?

とか言われても知らんがな。

こちとらさっきまで死にそうな・・・というか文字通り死ぬレベルの苦しみを味わって天に召されたところなのだ。

急に目の前に現れた可愛らしい女の子に見つめられ、10年ぶりくらいにドキドキしちゃっているというのにそんなん言われても困る。

てかマジでかわいい。


そう思いながら体を起こすと、オレの首から何かがだらりと垂れた。


あれ?

オレ、首飾りなんか着けてたっけ?


そう思いながら目をやると、革紐の先端に破損して半分くらいしか残っていないプレートがぶら下がっており、何か文字のような物が刻まれている。

見たこともない文字だ。

それなのに、何故か読むことができた。


なんだろう。

ネームプレート?


そこには「ヴィクト」と書いてあった。

名前。

オレの名前?

オレは緒方雄介であってヴィクトなんちゃらではない。

だが、ヴィクトなんちゃらさんの身体に入ってしまったらしい。


確かに、ネームプレートを触る手も、その向こうに見える足も、どう見ても緒方雄介45歳のものではなかった。

書かれている文字は日本語でも英語でも、アラビア語でもない。

鏡がないため顔は確認できないが、今の姿はたぶん10代の少年だ。

冷静に考えてみたら先ほどからかけられる言葉も、自分の口から発している言語もまったく聞き覚えがない。


ふぅっ

ヴィクトは軽くため息を吐く。


あぁ、これが流行りの異世界転生ってやつか。

オレじゃなくてもいいのに。

よりにもよってなんでオレなんだろう。

ふつうに死なせてくれればよかったのに。


そんなことを思いながら顔を上げる。

不思議そうに、そして、ちょっぴり不安そうにオレを見つめてくる少女。


「き、君の名は?」

沈黙を続けるオレのことを不思議そうに見つめている彼女に名前を問う。

その名前が気になったとは言え、まさか、好きだった映画のタイトルをこんなところで口走ることになるとは思っていなかったが、チャンスがあれば言ってみたかったのも事実。


「私はソラ・・・そう呼ばれていた気がするのだが違ったか?

ここ数年の記憶が曖昧でな。なんで今ここにいるのかもさっぱり分からん」


ソラと名乗った少女は昨日ごはんってハンバーグだっけ?くらいのテンションで自分の名前をオレに聞いてくる。

だから知らんがな。

しかも記憶喪失って。

オレもこの身体の主のことはまったく知らないのに。


実は、オレにはこの少年の記憶がまったくなかった。

てか、普通こういうのって主の記憶を持ったまま緒方雄介の記憶が上書きされるんじゃないんか?

さっき危惧していた罰ゲームのような展開に頭を抱えたくなる。

とりあえずオレのことを転生させたまだ見ぬ神様に心の中で悪態を吐いた。


てか、こいつの記憶もないし、どうすればいいんだ?


オレは記憶が転げ出てこないものかとぶんぶん頭を振ってみる。

だが、くらくらしただけで何も成果はなかった。


「どうしたんだ?まるでこの世の終わりのような顔をしているぞ」

ソラは怪訝そうな表情でオレを見ている。

ころころ表情が変わっておもしろい。

きれいな人ってどんな顔してもかわいいからずるいよなぁ。


「いや、すまん。オレも記憶喪失でな。このネームプレートに書かれているヴィクトという名前以外、何も分からん」

オレの言葉を聞いてソラはあからさまに残念そうな表情を浮かべてため息を吐いた。


「なんだ。使えないな」

「いや、お互い様だろ」


ソラの暴言に被せ気味にツッコミを入れる。

知らない場所に記憶喪失のふたり。

どうすればいいのかも分からない。

もしかしていきなり詰んだ?


「ねぇ。おなかすいた」


混乱しているオレをよそに、少女はお腹をさすりながら言う。

だが、オレは食糧なんて持っていない。


「ソラはオレが食べ物を持っているように見えるのかな?」

ちょっぴり意地悪な質問をぶつけてみると、ソラは小首を傾げる。


「さっきまで全裸で転がってたのに持ってる訳ない」

その言葉にオレは固まった。


「ぜ、ぜぜ、全裸?」

情報が渋滞しすぎてもはや処理しきれない。

今のオレは服を着ている。


あれ?てことはもしかしてこのネームプレートも他人のもの?

じゃぁオレはヴィクトなんちゃらじゃない?

ん?よくみたら上着が後ろ前じゃん。


オレが服の後ろ前を直し、ネームプレートに目をやっていると、ソラも同じものに目線を移した。


「そのネームプレートは最初からしていたからお前のもので間違いないぞ。それ以外は何も身につけていなかったから風邪ひいたらいけないと思ってそっちの馬車にあった服を着せた」

オレが混乱していると、ソラはそう言って指をさした。

そこは土が大きく隆起し、向こう側が見えなくなっている場所だ。


彼女の言葉にオレの頭の中にあった羞恥心が霧散する。

馬車がある?

オレは慌ててソラが指差した方に駆け出した。


その場所に近づくにつれ、隠れていた景色が少しずつ開けていく。

そのたびに、進む足取りはゆっくりになっていった。


むわっとした嫌な匂い。

そして、1人、また1人と増えていく、地面に転がった血まみれの死体。

そして、隆起していた地面の影に倒れている馬車を見つけると、完全に足を止めた。


馬車は破壊され、横倒しになっている。

周囲にはそこかしこにこの馬車の持ち主や従者と思われる死体が見るも無惨な姿で転がっていた。

身体は腕や足が変な方向に曲がっていたり、体の一部がなかったり、ひどいものはバラバラになっていたり、ほとんどが原型を止めていない。


「うっ」


グロテスクな光景に思わず口元を押さえてうずくまった。

幸いだったのは、オレも空腹だったようで吐くものがなにもなかったことだ。

気持ちは悪いが何も出てこない。

だが、こんな凄惨なものは映画でしか見たことがない。

それが現実のこととして目の前で起きていることで胃の中がぐるぐるとかき混ぜられたような気持ち悪さに襲われた。


「これは、ソラがやったわけじゃないよな?」

まさかオレの服を奪うためにそんなことをするとは思えないが、念のために聞いてみる。

すると、ソラは首を横に振った。


「見つけた時にはすでにこうなってた。多分魔物にやられたんだと思う」


まもの?


またしても聞き慣れない言葉が出てきた。

だが、心の中ではやっぱりいるよなというつぶやきが聞こえる。

異世界には魔物がつきもの。

とは言え、オレは魔物に出会ったこともないし、自分が倒せるとも思えない。

武器もないし魔法も使ったことがない。


「魔物ってそんな頻繁に出てくるのか?」

不安になってソラに聞いてみると、彼女は少し考える素振りを見せる。

顎に手を当ててムムッとしている姿もやっぱりかわいい。


「頻繁ってわけじゃないけどまぁ、そこそこ出会う可能性はあると思うかな」

彼女はオレとは違って特に恐れたようすはまったく無く、歩いてればクロネコマークのトラックはそこそこ見かけるよねくらいのテンションで言う。

だが、出会ったら最後。

たぶんオレは死ぬだろう。


なにしろ、馬車の周りに転がっていた死体は馬車の護衛だろう。

鎧を着て、武器を持っていたと思われるしたいがいくつもあった。

つまり、戦うことを生業としている者が敵わなかった相手なのだ。

逆立しても自分が勝てる未来が見えなかった。


「ねぇ、ヴィクト、ちょっとごめんね」

怖気付いているオレを横目にソラはそう言うと、オレをひょいと抱えて馬車の方に駆けていく。

数メートルある岩からぴょんと飛び降り、馬車の傍にヴィクトを下ろすと、馬車の中に入った。

軽業師も驚きの声をあげるレベルの身軽さだ。

驚きのあまり呆然としていると、彼女はすぐに出てきた。


「じゃぁ、行くよ。ここから離れないとすぐに死体を漁りに次の魔物が来ちゃうから」

ソラはそう言ってオレの手を引く。

原野には、馬車が通ることでできたのだろう、一本の道があった。

その道を徒歩で進んでいく。


「あの馬車は襲われたばかりだったのか?」

オレの質問にソラはこくんと頷いた。

「たぶんそう。最初の魔物にやられて餌になった。しばらくすると血の匂いを嗅ぎつけて次の魔物が来る。明日か明後日には死体は骨だけになるし、馬車の荷物も通りがかった人に奪われる。

馬車の中には食べられそうな食料もあった。これは収穫」

ソラはそう言って誇らしげに食べ物を取り出した。


マジか。

彼女が言っていることが正しければ、やっていることを咎めることはできないのだろう。

緒方雄介の記憶が残っている自分としては、倫理とか人道とかモラルとか、そういったもので自制が働くため死者の物を奪うようなことはしない。

可能であれば自分が首から下げているような身元が確認できるようなものを回収したり、死者の遺体を埋葬したりもするだろう。


だが、実際には死体など埋葬していたら自分も魔物に襲われて餌になる危険性が跳ね上がる。

食事を奪ったことだって、自分たちが生き延びるためだと考えれば必要なことだ。

現にオレも空腹故にソラから差し出された食べ物に口をつけずにはいられなかったのだから。

あんな凄惨な場所を見て、吐きそうなくらい気持ち悪かったけれど、しばらくすると空腹の方が勝ってしまった。

それくらい、今のオレはいろいろ限界に近かった。

いったいどれくらいの間寝てたんだろうか。


「あと、これ」

食事が落ち着くと、ソラは荷物から一振りの剣を取り出した。

「ないよりはあった方がいいから」

その言葉で剣を受け取る。

ずしりと重いが、片手でも持てなくはない。

鞘から抜いてみると先ほどの戦いでは抜かれることもなかったのか、ぬらりと輝く美しい刀身が露わになった。


「ありがたいけど、こんなもの持っててもオレは戦えないぞ。ソラが持ってた方がいいんじゃないか?」

オレの言葉にソラは首を振る。

「そんなナマクラ使わない。私にはこれがある」

そう言って右手を横に差し出すと、どこからともなく剣が姿を現した。


「え?」


150センチくらいのソラの身体の3分の2くらいはある剣。

刀身は赤く光を放っていて、昼間なのに動かすとその剣の幻影が見える。

振り回しやすいようにするためか、剣幅はそれほど太くない。

どちらかと言うとサーベルとかエストックの部類だろうか。

突きと斬りの両方に対応できる両刃の剣だった。


「大体の場合は私一人でヴィクトを守れると思うが、さすがに群れで襲われると難しい。だから、念のためだ」

ソラは大真面目な顔でそんなことを言うが、正直自信はない。

自慢ではないが緒方雄介はそれほど運動が得意ではない。

もちろん、運動音痴というほどではないという自負はある。

だが、それは体育の授業でやったサッカーやバスケなどのことだ。

やったこともない剣道でとりあえず竹刀を渡されて経験者と向き合った場合、秒殺される自信がある。

この世界での戦いはそういうことを意味する。

RPGの初期モンスター、ゴブリンですら戦闘の経験者である。

つまり、今、戦えと言われてもそれは死ねと同義ということなのだ。


目を覚まして初日で死亡なんて勘弁してほしい。

できれば魔物は出てこないでくれ・・・。


オレは心の中で神に祈り、残りの道のりをびくびくしながら歩くしかなかった。

神様にはさっき悪態をついてしまったばかりなので聞き入れてもらえるとは思えないが。


「なんでソラはオレのことを助けてくれるんだ?」

原野を歩きながら、すでに1時間以上が過ぎただろうか。

まったく変わらない景色に少しげんなりしてきたオレは、疑問に思ったことを聞いてみた。


ソラにとってオレは正直お荷物でしかないはずだ。

彼女はオレのことを最悪死んだら死んだでしょうがない程度に思っているとは思うのだが、それにしてもあのまま放置して自分だけで移動した方が面倒がなくて良かったと思う。

まして、全裸で転がっているオレに服を着せて起きるのを待っているとか普通ではない。

考えると恥ずかしくて身悶えしそうになるが、死ぬことを代価に考えるとありがたいとしか言えない。


「特に理由はない。生きてたから助けただけ。それに、私には記憶がないから後で記憶が戻った時ヴィクトが知り合いとかだったら寝覚めが悪くなるしな」

淡々と話すソラを見ていれば、オレに対する特別な感情がないことは分かる。

本当にたまたまいたから助けた程度のものに違いない。

それでも、オレにとってはそれが救いでしかなかった。

まぁ、彼女も記憶がないと言っていたし、多少の心細さはあったのかもしれない。

旅の道連れはないよりはあった方が心強いだろう。

それがたいして役に立たない男であったとしても。

そう結論づけ、ひとまず自分を納得させることにした。


「それはそうと、これってどこに向かってるんだ?」

馬車道なので歩いて行けばどこかに辿り着けることは分かっている。

だが、この草原は恐ろしく広い。

歩けど歩けどまったく先が見えない。

無限ループしているのではないかとすら思えてくる。


「ここはおそらくミカ平原。ヴェルダ帝国とミスティレル王国の中央に跨る大平原だ。そして、太陽の位置から察するに私たちは西へ向かっている。つまり、このまま進めばヴェルダ帝国に入るだろう」

まるで他人事のように語るソラ。

しかし、まさか現在地や目的地がはっきりしているとは思わなかった。

だが、彼女の態度は徹底して無関心だった。

目的地に着いたらオレは置いていかれるだろう。


「そっか。じゃぁ、そこで・・・」

オレがそこまで言ったところでソラは急に歩みを止めた。

急変した態度にオレも言葉を止める。


空気が変わった。

明らかに何かに警戒する仕草に、オレの緊張も高まっていく。

ソラから受け取った剣に手をかけながら周囲を見回す。

急に心臓がバクバクとなり始め、手足がガタガタと震える。

きっと今、自分の顔を鏡で見たらとんでもなく情けない顔をしているだろう。

だが、ソラの方を見ると、彼女はある程度察しがついているのか、一点の方向だけを見つめていた。

彼女の手には先ほど見せてもらった赤い剣が握られている。

それはつまり、これから戦闘が起こることを意味していた。


悪態を吐いたことは謝る。

だから、頼むから来ないでくれ。

オレは神様に謝罪しながらもなんとか震える手足が動くかどうかを確認する。


程なくして、原野の方から複数の生き物が接近しているのが見えた。

「フレイムジャッカルか。5体。いや、6体か」

四本足で走って来たそれは、大型犬よりもさらに二回りくらい大きい。

ライオンや虎よりはちょっと小さいくらいのサイズだろうか。

赤い体躯に黒の縞模様。

どういう原理なのかは分からないが、尻尾の先がメラメラと燃えている。

口からは鋭い牙が二本生えていて、こちらを獲物と捉えてカチカチと音を鳴らしていた。


「だ、大丈夫だよな」

あんなのに襲い掛かられたらあっさりと押し倒される。

あんな牙で噛みつかれたら一瞬で骨まで砕かれてしまうだろう。

オレは迫り来る死の恐怖に背筋を凍らせ、それでも腰を抜かさないようになんとか耐えながら剣を抜き放った。

刀身が頼りなく揺れている。

いや、オレの手がガタガタ震えているため、剣が真っ直ぐ立たないのだ。

それでも、なんとか抵抗を・・・。


決死の覚悟を決めているオレを見てソラがフッと笑う。

そして、次の瞬間その姿が消えた。


ギャンッ


一瞬遅れてフレイムジャッカルの鳴き声が聞こえ、あっさりと首が切り落とされていた。

「ほえ?」

緊迫した戦闘の最中、自分でもびっくりするような間抜けな声が漏れた。


まるで瞬間移動のように目の前に現れ、最初の一体を瞬殺したソラに生き残ったフレイムジャッカルが明らかに動揺しているのが分かる。


その後も襲いかかってくるフレイムジャッカルをまるで踊るように倒していく。

ソラの身体がひらりと舞い、赤い剣影が揺らめくと、1体、また1体とフレイムジャッカルがスライスされた。

「すすす、すげぇぇ」

オレがその動きに見惚れ、感嘆の声をあげていると、気がつけばすべてのフレイムジャッカルが死体に変わっていた。


すべての敵を倒し終えたソラは剣を消すと自慢げに胸を張った。

「どうだ。私はちゃんと使えるだろ」

「ごごごごめんなさいっ!生意気言ってさーせんしたー」

オレは自分への使えない発言にお互い様と言い放った1時間くらい前の自分を心の中でぶん殴りつつ、ソラにスライディング土下座をする。

「うむ。わかれば良い」

平身低頭するオレの姿に満足したのか、彼女はそう言って誇らしげに頷いた。


「とりあえずヴィクトが弱っちいのが分かっただけでも収穫だった」

目的地に歩を進めながらソラは何故かちょっと安心したようだった。

「いや、まったく戦っていないから実力は分からんだろ」

ティラノサウルスに立ち向かうアリぐらいの存在なので虚勢を張るにも相手が悪いことはわかっているのだが、オレだって本当はこんな美女を守れるような存在でありたいとは思っているのだ。

実際には美女に守られるだけの存在に成り果ててしまっているのが辛すぎる。


「確かに実力は分からん。だが、戦いの時に震えていたら実力は発揮できない。万が一実力があったとしても負ける」

あっけらかんと言い放ったソラの言葉に反論できず、オレは「ぐう」と声が漏れる。

とは言え、気のせいかもしれないがソラの態度がなんとなくではあるが軟化したようにも見える。

まったくの無関心が1ミクロンくらい動いたくらいのものだとは思うけど。


オレはおそらく街に着くまでだろうと思われる関係を、今は楽しむことに決めた。

最後までお読みくださりありがとうございます。

次回は街にたどり着きます。

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