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ハイドアンドシーク ー亡国の呪いー  作者: きりしま
第一章:魔術の国 ロズヴァリル王国
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第四話:羽の枚数

ご覧いただきありがとうございます。


 リディリアに符の字を習い、あくどいその顔を見ながらシュラルは師匠の言葉を思い出した。


『いいかい、シュラル。妖精との付き合い方は複雑なようで単純、簡単なようで難しい。相手が何を大事にするかをよく知っておかなくてはならないよ』


 師匠は食事の席でいつもいろいろと話してくれた。苦みのある草のスープ、体に良いからと食べさせられていたがいつまでも好きになれなかったそれを前に、師匠の声を聞くのは好きだった。ゆっくりと子守唄を歌うような柔らかい声はシュラルを救ってくれた音だ。何を大事にするか、と繰り返せば、そう、と笑みが返ってくる。


『彼らの多くは好奇心旺盛で、それでいて誇り高い。言い方を変えれば我が儘で傲慢、自分が虐げられることを許さない。虐げられることが許せないのは、人も、シュラルも同じだろう?』


 こくりと頷けば、うん、と確認できたことを満足してか師匠がまた微笑む。


『だから、上手に乗せなさい。符術の効果は妖精の心に左右される。命令するのではない、頼むんだ。さぁ、その力を見せてやろう、とおだてなさい』


 そんな方法でいいの? と問えば、師匠は目を細めて頷く。その言葉に半信半疑だったが、なるほど妖精はそれでいいのだと理解した。閉じ込められたことに苛立ち、暴れることに大賛成な様子にリディリアもまた師匠の言う分類の妖精なのだとわかった。ただ、問題は自分の方だ。ここから逃げ出すには相手を正しく傷つける必要がある。符術は、当たれば相手を殺せる力だ。命中力は練習だけではなく、自分の覚悟のなさだということもわかっていた。死ぬわけにはいかない、やるしかない、とペンを走らせていれば、ぺたりとリディリアの小さな手が頬に触れた。


「シュラル、怖いの?」


 緑色の透明な目に見つめられてドキリとした。笑っていた表情の下を見透かされ、シュラルはさらに強がって笑った。


「怖くなんてないよ、いや、不安ではあるけど」

「大丈夫よ! このリディリア様がついてるんだから!」


 自分よりもはるかに小さい妖精に励まされ、肩から力が抜けていく。ここから出るためにはやるしかないのだ。踏み込んだのは自分なのだから。どこまでの付き合いになるかわからないが、リディリアを憧れの符術師に会わせてあげるためにも、上手く使わなくては。


「はいはい、じゃあ頑張って書きますよ」

「うむ、そうしなさい! でも、どうやって暴れるの? 人間が怪我するのよね?」


 根は本当に優しいのか、それとも世間知らずなのか、リディリアはこてりと首を傾げてシュラルを覗き込んだ。シュラルは書きあげた符を見せながら話した。


「相手の武装がわからないから、とりあえずこの小屋を土の力でひっくり返して逃げ道を作る」


 それから、外に出て襲われるようならば風の力で斬り裂き、火を放って逃げる、というかなり乱暴な作戦を小声で伝えた。もし村民が一か所に集められているならば火を放つ場所は考えなければならない。だが、生存している可能性もまたシュラルには未知数、今は考えないことにした。通りすがり、村人を助け出そうという正義感を強く持ち合わせてはいなかった。それよりも、一所に留まることの不味さがシュラルを急がせた。シュラルは同じ場所に()()()()()()()()()のだ。

 火の符が四枚燃え尽きたところで十分な数の符が書き上がった。窓から差し込んでいた微かな明かりはついに消え去り、遠い場所でパチパチと薪の燃える音がした。家の中で火を起こすならわかるものを、明らかに外で、となれば、予感は当たっているのだろう。篝火の音だ。

 シュラルは袖で口を覆い、何度か深呼吸をした。学んだことは形にできている。あとはそれを実行に移すだけだ、と自身を鼓舞し、まず一枚、符を指に挟んだ。


「リディリア、村を真っすぐ突っ切って、そのまま走っていく。危ないから出たらすぐに空に上がって、俺を追ってきて」

「わ、わかったわ」


 空にとぶ、上から、とリディリアはぶつぶつとデモンストレーションをして強く頷いた。


「符に依りて(ことわり)の大地、姿現さん、土よ(ガイア)!」


 符がぼろりと腐り落ちる。一瞬驚くが、これでいい。大地の恵みは生きものを腐らせることもまた、役割なのだ。一拍おいてズゴゴ、と足元が揺れ、小屋全体が軋んでいく。手のひらで土を掬うように傾いていく小屋に押し潰されないよう、もう一枚。


「符に依りて(ことわり)の土、壁として姿現さん、土壁よ(テラ)!」


 ざらりと砂に帰す符と同時、自身を包むように土が手を被せ倒壊した壁や柱から守ってくれた。そっと、馬も、山羊もそれに飲み込まれ、シュラルとリディリア以外はそのまま大地へと還った。ずしゃぁ、と重い土の波を全身に受け、砂を吐く。最悪だ、やらかした。土壁が自分の足元を掬って創られたために臭いものが背中に浴びせられている気がした。ぶるぶると頭を振って帽子に乗った土を払う。ばたばたと足音が聞こえ、夜の闇、篝火の明かりの中で黒い人影がいくつもこちらに駆け寄ってきていた。


「野郎、やりやがった!」

「頭はまだか!」


 やはり盗賊なのだと確信を得て、空に飛びあがったリディリアを確認し、符を構えた。


土よ(ガイア)!」


 土が波のようにひっくり返り、駆け寄ろうとしていた男たちが土塊に飲まれていく。悲鳴と怒号が聞こえ、鈍く輝く剣の腹に近寄るなと土壁を作る。


「シュラル! こっち!」


 闇空の中で描かれる明るい緑色の水彩画、シュラルは方角を確認して駆け出した。


風よ(アニマ)


 自分ではない誰かの声で符術が使われた。咄嗟に土壁よ(テラ)を叫び返し、符が手元で砂になる。風圧、かまいたち、それらが土壁にバツンッとよくわからない音を立ててぶつかり合い、シュラルは帽子を押さえて転がった。建てた壁が風からずれていたらしい、風圧にごろごろと硬い地面を何回か転がり、全身が砂にまみれて痛かったが、素早く帽子を確認した。破損はない、自分の体に巻いてある呪符も無事だ。吹き飛ばされた、危なかった。シュラルはほぉーっと息を吐いてから事態を思い出し、符を握り締めて立ち上がった。


「意外と符術を使えるのだな、駆け出しだろうというので、少々見誤っていた」


 しゅぼ、と炎の符術が発動する音がして、その人物の顔が照らし出された。上等なローブを身に纏う初老の男。肩には二枚羽の妖精が乗っており、ニヤニヤとシュラルを眺めて口元を歪ませている。妖精の好む宝石をネックレスにしてキラキラと輝かせており、男はこちらを睥睨していた。シュラルは符を構えて失笑を浮かべた。


「符術師が、盗賊?」

「盗賊? いいや違う、我々は商人だ。そうだろう?」


 男が軽く後方を振り返って問えば、ガラの悪い笑い声が上がり、明らかに馬鹿にしてきてくれる。空で心配そうにうろちょろしている緑色の水彩画に少しだけ冷静になった。師匠、お願いします、守ってください、と胸中で呟き、符を握る手の震えを、握り締めることで押さえた。


「何が商人だよ、村を乗っ取って?」

「いやいや、何を言う。彼らはここの村人だ。山羊を飼い、馬で田を耕し、森で狩りをすることの無駄を理解し、私の商売を手助けしてくれているのだ」

「身包みを剥ぐ、それは盗賊だろ! だいたい、子供はどうした!」

「若いな、青いな、その手に持った力も理解せず、情けないことだ。風よ(アニマ)

土壁よ(テラ)!」


 バゴッと音を立てて現れた土壁に風がぶつかる音がした。土は削られ、抉られ、最後はシュラルの前でぼろりと崩れ落ちた。風圧が頬に届く。強い、妖精との連携か、とシュラルは次の符を構えた。


「そういう青い符術師が私は大嫌いだよ。風よ(アニマ)


 再び土壁で耐える。耐えることはできても、これでは八方塞がりだ。シュラルは焦りを覚えた。男は深い溜息をついて符をひらひらと指の間で躍らせた。


「妖精と契約のできる若者は貴重だ。妖精をよく理解していて、また契約を持ってくる。どうだね青年、今契約している妖精を私に差し出さないか」

「どうしてそんなことをするのか、理解できない」

「簡単な話だ。妖精は売れる」


 シュラルの心にリディリアの怯えが伝わる気がした。羽を毟った後の酒漬けを想像したのだろう。


「どこに売るんだよ、好事家?」

「違う、国だ」


 え、と、これには口が開いた。ここ、ロズヴァリル王国は符術師(ドール)呪術師(ゼノ)を優遇してはいる。それは妖精の力を借り、(まじな)いなどをもって病の治療に役立てたりと知識があり、それを生かす知恵があるからだ。だからこそ王国は王都に情報を集める。だが、その中に妖精の売買はなかったはずだ。シュラルは隣国からここまで来ているので、この国の住民ではない。それでも、事前に情報は仕入れている。再び風よ(アニマ)が聞こえ同様の手段で防いだ。


「青年、賢く生きることをお勧めしよう。君にも分け前は与えてやろうとも」

「子供はどうした」

「そんなに気にすることか? 彼らには王都で高い教育を受ける機会、飢えることのない食事が与えられている。それもまた、この商売の契約だ」


 だから、この村には女子供が少ないのだということか。いいかい、シュラル、と師匠の柔らかい声が聞こえたような気がした。


「もしこの村を通るのが符術師じゃなかったら、どうしてたんだ?」

「通行料は頂いているよ」

「やっぱり盗賊だろ!」


 風に襲われ、土で防ぐ。思った通りかもしれないです、師匠。


『もし、符術師に襲われたのなら、その手数を数えなさい。威力をよくよく観察しなさい』


 契約した妖精の羽の種類と枚数によって、できることは限られてくる。トンボ羽の二枚、それは一つの力に特化している可能性を思い至らせた。隠している可能性はあるが、風が得意で、炎は苦手な可能性がある。もし得意ならば篝火に頼るよりも、シュラルが小屋の中でそうしたように符術を利用した方が早い。

 リディリアを手放したところで、解放される保証はない。シュラルは叫んだ。


「リディリア! 駆け抜ける! いいか!?」

「いいわよシュラルー!」


 空からの明るい声に背を押され、シュラルは符を構えた。


「馬鹿な奴だ、その身に着けた宝石類も置いていってもらおう。死ねば不要だろう?」

「お断りだ。怪我したくなかったら、そこを退いてくれ!」


 ふわっ、と緑色の水彩画が一筆を描くようにシュラルの頭上で円を描いた。

 じりじりと周囲を取り囲まれ、シュラルは緊張から息が荒くなるのを感じた。初老の男はやれやれ仕方ない、というかのように肩を竦め、間髪入れずに符術を何枚も扱ってみせた。


風よ(アニマ)炎よ(イグニス)

土壁よ(テラ)! 土壁よ(テラ)!」


 風に炎を合わせることで大きな火炎となってこちらへ向けられた赤いものに、土壁を二枚置いてやり過ごす。小さな苦手を相乗効果で大きな力に変える。工夫ができていて符術に慣れている。出し惜しみをしている場合ではないな、と符を指に挟み、叫んだ。


「その身に抱きし冷たき血を、地上に現わさん。土よ(ガイア)水よ(ネロー)!」


 向こうが合わせ技を使うならこっちだって使う。水車がある村ならば、水は沁み込んでいる。ずごご、ざばぁっと大地が割れて水が噴き出す。困惑と悲鳴、初老の男の、なんだと、という驚きの声がして相手の炎が水に飲まれた。これを土の符術で防ぐなり返すなりしてこないことは、相手の手札が風と火である可能性をさらに高めた。


水よ(ネロー)! 土壁よ(テラ)!」


 蛇のようにくねった水が篝火を襲い消していく。駆け出したシュラルの行き先に立っている男たちもその水で流し、自分が走る道は土壁で覆う。


「クソガキが!」


 風よ(アニマ)炎よ(イグニス)、と再び声がして、眼前に自身の影が広がる。背後に大きな熱と明かりがそこにあることを知りながら、シュラルはそちらを見ずに符をばら撒いた。


水よ(ネロー)! 水よ(ネロー)!」

「違うわシュラル、(アニマ)を使うのよ!」

風よ(アニマ)!」


 リディリアの声に符を撒いて叫べば、前からシュラルを避けて風が吹き抜けていった。向けられていた炎の風が押しやられ、その熱が背後を焼いていくことに気づいた。村を出るかどうかというところで息を切らせながら振り返れば、そこにあったのは火の海だった。

 人間の悲鳴が響いていた。数少ない、世話役だった女の金切り声も、先程シュラルのことをその道に誘った男の声もした。ふわりと肩にリディリアが腰掛け、ふふん、と笑った。


「たかだか二枚羽で私に勝とうなんて、夢でもそんなことはあり得ないわよ」


 シュラルはその言葉にゾッとしたものを感じた。今目の前で燃え盛るその炎に何かを感じることはなく、リディリアはただ、二枚羽が自分に楯突いたことが許せなかったのだ。リディリアが四枚羽であってよかったと思うと同時、人間とは感覚の違うそれにわかってはいたが衝撃を受ける。悲鳴と苦鳴が続く炎に背を向けて、シュラルは疲れた体を押して再び歩き始めた。この炎が森を焼かないことを祈った。


「どこかで体洗わないとね、シュラル、臭いわ」

「……わかってるよ」


 腐った土を背に受けて、自分でも異臭は気になっている。村にしても街にしても、入る前に整えなくては宿も断られてしまうかもしれない。とにかく安全な場所に辿り着いたら少しだけでもいい、眠りたい。妖精と契約して早々、たった一日で二度も不運に見舞われたシュラルは、もしかして、リディリアは不幸を連れて来る、呪いの妖精なのではないかと疑ってしまった。いや、それはないか。


 ――いつか、手痛いしっぺ返しがくるぞ。


 呪われているのは自分の方なのだと、シュラルはまるで何かの叱責から身を守るように帽子の縁を両手で掴んだ。


 

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