プロローグ:著者 リヒテルシュタイン・ファシマリミア
ようこそ、妖精と繋ぐ魔術の世界へ。
突然だが、亡国の呪い、と呼ばれるものをご存じだろうか。
何の話を、と首を傾げる者もあれば、知っている、と胸を叩く人もいるかもしれない。知っている者は認識に相違がないかの確認にしてもらい、ここでは知らない者のために少しだけ補足を添えながら改めて書かせていただこう。
今よりおよそ千年は昔の話だ。以下、まずは吟遊詩人の詩を引用させていただく。
遥か昔 汝の祖母が語りし夜よりも遠く 古の国の詩
まばゆい黄金の国 栄華を極めた王国 生きとし生ける全ての者が幸福なり
満ち足り 笑顔で 歌い 踊り 愛を囁く
聡明な王 優しく 厳しく 民を導き 尊敬を集め 国照らす太陽
美しく愛しい王妃 愛らしく賢い王子王女 王自身 満たされ
されど 人の欲 恐ろしく 暗く 儚い
満たされた人々 さらなる豊か目指し 奪わん
かつて、黄金の国と呼ばれた美しい国があったという。その国の名は実のところ残ってはいない。では、なぜそこに国があったことがわかるのか、と疑問に思う者もいるだろう。後述するので少しだけ待っていただきたい。
吟遊詩人の詩のとおり、聡明な王が治めていた国は自国の民に豊かさをもたらし、繁栄を約束していた。けれど、豊かさを求める人の心に際限はなく、もっと、と求めるその手は他国へ伸びたのだろう。無ければ奪う、それは今の世でも繰り返される人の醜い本質の一つだ。
吟遊詩人の詩は、この後に様々な説や逸話を繋げて工夫を凝らし歌い紡がれている。そこに一石を投じる形となるのだが、この書物もまた、一つの御伽噺と考えてもらっていい。
さて、そんな黄金の国と亡国の呪いがどう繋がるのか。結論から述べてしまえば、黄金の国は、今は亡国の呪いと呼ばれるそれで、一夜にしてその姿を消したのだ。トレジャーハンターたちはその黄金を求め、考古学者たちはその真実を求め、私のような符術師は秘密を求めて、その王国を探し求めていただろう。
今回、私がこうして書を認めるに至ったのはある出会いがあったからだ。とった覚えのない弟子だと言い張る一人の青年が、その存在と命を懸けて語ってくれた物語が、私にはどうしても嘘だとは思えなかった。彼は私のことを師匠と呼び、親愛の籠った眼差しで、寂しそうに語ったその言葉に、私は真実を見たような気がしたのだ。
シュラルと名乗った青年は、黄金の国と亡国の呪いについてこう語った。
師匠、黄金の国はあったよ。みんな幸せそうで、毎日がお祭りのような騒ぎで、あちらこちらで花が舞っているんだ。でもその陰で光を奪われた人たちがいて、全ての人が幸せになることは、できないんだと知った。
亡国の呪いもあったよ。どうしようもない感情をどうにかして伝えようとして、なりふり構わず命を懸けて、そんな悲しい呪いだった。あんな大きな国を一瞬で消し去れる呪いを、俺は初めて見た。でも、俺は守れたかな、できたかな。今も答えがわからないよ。
今、私は黄金の国があったとされる森の付近に居を構えている。それは昔から私の一族がここで暮らしていたことが理由だが、さらにはこの土地を守れと我が家に伝わる約束事があったからだ。いつの日か真実を語る者が現れる、それまでここに血を継いでいかねばならない、と。私が青年を信じたのはそれも一因だったのだろう。
私は、青年にここには守るべき何かがあるのか、ある人はここに【黄金の国】があったと言った、と伝えた。青年はそれを正しいと言い、ここから、ここまで、と抉り取られた山を指差し、詳しく話してくれた。
諸君、こうして書くということは、場所を知らせるということだ。だが、なぜ知らせるのかはよくよく理解したまえ。青年はこうも続けた。
黄金の国はもう、どこにもない。けれど、あった事実は消えないから、歴史に残り、痕跡がある。千年の間に黄金は奪いつくされ、奪われた側が取り戻し、ここに残るのは悲しい感情の残滓だけ。ごめん、こんな秘密も真実も、師匠は自分の手で探したかったよね。
私の性格をよくわかっている様子で青年は叱られるのを覚悟で言ったのだろう。その姿がいじらしく、私は暴かれた真実が、なぜかどうでもよくなってしまったのだ。ただ、私はいくつかを尋ねた。亡国の呪いとはなんだったのか。本当に存在したのか。そして、それはどこに消えたのか。どう解かれたのか。
青年の寂しそうな笑みが忘れられない。私は、今もそれをどう書き記していいのかがわからない。
だが、誰かに知っていて欲しい。あの青年がその小さな肩に何を背負ったのか。運命に翻弄され、それでも歩み続けたその軌跡を。
青年が呼んだ【隠れん坊の呪い】をこの著書の題とする。
リヒテルシュタイン・ファシマリミア著
―― 第一章 第一節より抜粋 ――
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