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ウンコ女

作者: 上代朝哉

 どこででもウンコをする女子が学年にいて困っている。嘘だ。別に困ってないけど汚くて嫌だ。そいつは本当にどこででもするから下校中とかに田んぼの畦道の真ん中で屈んでいたり、外で遊んでいると思いがけない路地で出くわしたりする。パンツを脱いで、スカートをたくし上げて、細長い分割されたウンコをこく。ホントに汚い。恥じらいとか常識がないんだろうか。僕達は「きったねー!」と騒いでからかい、逃げるのだが、そいつは何食わぬ顔で排便を続けている。し終わると、お尻をきちんと拭いているんだか拭いていないんだか、すぐにパンツを上げて立ち去る。


 そいつの名前は村中香奈。小一の時点でウンコ魔だったが、小二、小三、といつまで経っても変わらずに外でウンコをしていた。僕達も延々とからかって逃げていたんだけど、本気で汚いし意味がわからないので深く関わるようなことはしなかった。同様の理由かはわからないが、村中香奈がいじめられるというようなこともなかった。常軌を逸しすぎていて、どのような形であってもみんな接したがらなかったんだろう。


 しかし、四年生になると変化が生じた。けど変化したのは村中じゃなかった。村中は相変わらず外でウンコをしていて、小学生ももう折り返し地点を過ぎたんだからウンコは家でしろよとだけ僕は思ったが、思春期に入りつつある別の男子はそう思わなかった。ウンコをするためにパンツを下ろして屈んでいる村中の股間を、江崎が触る。がっつり触ったわけじゃないらしい。ピンポンダッシュみたいなものだ。村中がウンコを始めたのを見計らい、江崎がダッシュで近づき、指でタッチして逃げたんだそうだ。こんなことをするのは村中に非があるからなんだぞ、という意味合いの罵声を残して。「汚ぇんな。ほんなもん道ですんなや。子供じゃねえんやし。家でしろや」


 小四も充分に子供だと言われるかもしれないが、僕達は僕達なりに成長し、大人に向かいつつある自負があったのだ。村中だけがいつまでも野グソなんかをしている……。


 そのときはさすがの村中も「やめれま!」と怒鳴ったらしいが、やめなきゃいけないのはまず野グソであって、そういう点でもあんまり同情できない。小四の村中はさらに進化を遂げていて、人の家の傍とかでも平気でウンコをした。具体的に言うと、玄関の戸の真ん前にしてあったり、花が枯れて土だけになった鉢の上にしてあったりだそうだ。悪意がなきゃそんなことできないし、股間をピンポンダッシュされるくらいじゃ罪は清められない。だから江崎なんかも調子に乗るんだろう。


 そしてとうとう、僕んちの前でされる。されるというか、秋の休日、友達の家へ遊びに行こうとして外に出たらいた。うちに停めてある車の前で踏ん張っていた。車が発進するときに右のタイヤでそれを踏ませようという意思が見え隠れする位置に村中の尻があった。あ!と思ったが、声は出ず、明るい茶色の棒がぽとりと車庫の地面に設置される。僕は瞬間的にカッとなり、ずんずんと歩き、村中の肩を掴む。村中はバランスを崩して尻餅をつく。丸出しのお尻は冷たい地面に触れるどころか既に出されていたウンコをも潰すが僕は知らない。「おめえ、人んちで何しとんじゃ!」


 尻餅をついたまま、村中が僕を見上げる。「ここ、菊谷の家やったんか。ごめん」


「ごめんじゃねえわ。俺の家じゃなかったらウンコしてもいいわけでもねえし。外でウンコなんてすんなま!」

 けっきょく僕の台詞も江崎とあんまり変わらないのだが、みんな言いたいことはひとつなのだ。外でウンコをするな。


「ごめんなさい」と言って村中が泣くので僕は逆に怖じ気づく。今まで目撃されても平気の平左でウンコをしていたのは、直接怒られなかったからか。怒鳴られれば、そりゃ小四の女子なんだから泣くよな……。


 僕は仕方なく友達がウンコを漏らしたということにして、親に言って村中の下半身を自宅の風呂場で洗ってもらう。村中の野グソ伝説は婿鵜町では有名だったのでたぶん親もこいつがそうだと気付いていただろうけど、何も言わずに洗ってくれた。初めて親に申し訳ない気持ちになった。


 その流れで村中と部屋で遊ぶことになったが、女子となんて遊んだことがないし、村中となんてもっと遊んだことがない。話したこともない。僕は友達の家へ行くつもりだったんだけど……と思うけどあきらめた方がよさそうだった。


 仕方なく「なんでウンコするん?」と訊く。訊くなら今しかない。


 すると村中は「人間やしウンコするに決まっとるやん」と言葉尻だけを捉えてきてムカつく。さっきまで尻を汚していたクセに。


「お前がなんで外でウンコするんか訊いとんじゃ!」


「そ、そんな怒らんといてや……恐い」


「く……」急にしゅんとなるな。やりづれえな。「わかったわかった。ごめん。ほんで、なんでウンコするん?」


「したくなるんやもん」


「ほんなもん家でしてこいや」


「家におるときはしたくならんのやもん。外におるとしたくなる……」


 なんだ、それは。「ほしたら外で遊ぶなや」


 家にいろ。っていうか村中は友達がいないから外で遊んでいるというよりはただ徘徊しているようにしか見えない。


「家にずっとおったら、便秘んなる」


「はあ?」

 なに? 家の中だと絶対に便意が来ないってこと? そんなことある?


「保育所の頃、家のトイレがずっと壊れとったんや。お母さんらはどっかのトイレにしに行っとったみたいやけど、私は外でしとったさけ……なんか外でしか出んくなったんや」


「そんなもん、外でウンコしたくなったら家まで走って戻れや」


「間に合わん。漏れてまう」


「わからんが。間に合うかもしれんやろ」


「無理や」


「…………」こんな押し問答していても時間の無駄なんだろう。「ほしたら、それはいいとしても、人んちの前とかでするなや。みんな迷惑しとるんやぞ」


 自分で言って気付く。そうだ。こいつはわざと人が困りそうなポイントにウンコをしているんじゃないか。外じゃないとウンコできないとか便秘になるとか、嘘だな。


 村中は信じられない言い訳をする。「そこでせないかんみたいな気になるんやもん」


「なんじゃ?それは。そんなふんわりした感じで、お前は人の車の前とかでウンコするんか? 人が困ると思ったらできんやろ普通」


「ホントやもんー」とまた村中が泣く。


 泣けばいいと思いやがって、と僕は憤るが、生きてきて女子を泣かしたことのなかった僕は、ただ女子に泣かれるだけで弱る。


「ほしたら少しずつ改善してけや」と僕は言う。


「かいぜん?」


「うん。少しずつまともになれや。まずは外におってトイレしたくなったら、できるだけ家に戻るようにしろや。ほんでも途中で漏れそうになったら、仕方ないし人目につかんところでするんや。それを続けて、家まで戻れる回数増やせ」


「……家に戻ったら出んくなるかもしれん」


「まずは試せや。ホントに出んくなったらそんとき考えれや。わかった?」


「はい……」


「自分で考えれんくなったら俺に相談すればいいし」などと僕は言っている。なんか勢いで。


「うん。ありがとう……」と涙を拭う村中は少し可愛らしくて……そう……だから江崎も触ろうとするのだ。気持ちの悪い女子が汚いウンコをしていても間違っても誰も触りに行かない。そうなのだ。ウンコさえしなければ村中は可愛いのに。もったいない。ウンコ癖がなくなればモテるようになるだろう。ただし、小学校時代の同級生以外で。僕達は死んでもこんなウンコ女とは付き合えない。


「江崎に触られたくもないやろ?」


「うん。あいつ、気持ち悪いぃ……」


 お前も気持ち悪いんだよと思いつつ「ほしたら俺が守ってやるさけ、俺らがおるときにウンコしたくなったら俺に言えや」なんて請け負っている僕は自分の気持ちがよくわからなくて、これが村中の言う『そこでせないかんみたいな気になるんやもん』と同じなのかと考えると、クソと思う。ままならない。

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家のトイレ事情からヒロインの外での行為が習慣化されたと知り、彼女への防御意識が芽生えました。恐らく成長していく度にヒロインのその習慣は変化していき、彼女を保護する位置に回りだした主人公さんもお手本とな…
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